上 下
39 / 43

第三十七話 兄妹 1

しおりを挟む
「ステラ……仕事に就くつもりあるなら、いいかげん希望だしてくれないか?」
「ごめんなさい……」


 痺れを切らした特士担当調査室のトップからお叱りを受けてしまった。
 修道院希望は正式に取り下げたのだが、その後で希望がなかなか出せなかった私の元に、とうとう王宮から苦情が来たのだ。
 単にカルマリンお兄様が、仕事から逃げるついでに私のところに顔を出して、催促を受けているだけだともいうが。
 そのカルマリンお兄様はだらしなく椅子に座って、蜂蜜色の髪を掻きあげながら、お茶請けの焼き菓子をむしゃむしゃ食べている。その兄の紅茶をタイミングよくつぎ足しているのはミレンディアだ。
 私はその前でうなだれていた。

「色々迷っていて、決めかねてて……」
「贅沢な悩みだなぁ」

 そういわれればぐうの音も出ない。彼視点からしたらそうだろう。
 王族で、しかも嫡男として生まれついた以上、他の選択肢など選びようがなかったのだから。
 この国で、カルマリン王太子以上に職業どころか他の選択の自由もない人はいないだろう。
 彼に比べたら自分は王女の立場だったとしても、まだ自由だった。
 
「確かにさ、お前は自分の才覚でもって特士という資格を得たよ? でも、俺みたいに最初からその受験すらできない人間だっているということを覚えていてくれよな」
「……そりゃそうですけど……」
「冗談だよ……なんか、お前、無駄にナーバスになってない?」

 最初から受験する考えすらないからな? と反省した表情の私に、兄の方がオロオロしだした。
 しかし兄は冗談ぽく言っていたが、そう思っていてもおかしくないのだ。
 強固な、血による継承となっているこの国の王位は男子の子供が優先して相続となる。

「まー、お前の受験の時ですら俺も父上も反対してたんだけどね。スピネルだけが賛成してたんだよな」
「え? スピネル様と婚約して国内にとどまることが決定してたから受験できたってことではなくて?」
「受験勉強自体が姫がするには過酷すぎるレベルだって知ってたから、無理だから止めろとも言ってたんだよ。でもスピネルがやらせてみろって」

 スピネル様から聞いていたのと話が違う、知らない事実が現れた。
 彼は私と婚約破棄する意志はなかったのに、合格したら私が裏切るかのように婚約破棄を言い出したものだから噴飯ものだっただろう。
 なんとなく申し訳ない気分になった。私がそう思っていたところに。

「なんつーか……ごめんな?」

 なぜか兄が謝ってきた。

「何がですか?」
「俺が余計なこと言ったせいで、お前らを余計にこじらせちまったみたいなんでさ……」

 なんのことだろうと思って話しを聞いていたら、どうやら大聖母職の凍結のことらしい。
 兄の言葉もスピネル様の政治的後押しの一因だったときいて、その事実より兄の誤解の内容の方にあきれ返ってしまった。

「もう気になさらないでください」

 こじらせる以前にこじらせるような関係も、二人の間になかったのだから。
 これもある種の結果オーライみたいなものなのだろうか。
 しかし、兄の顔は晴れない。何かを言いたそうな、聞きたそうな顔をしている兄だったが、諦めたのか、はぁ、と大きく1つため息をついた。

「お前って、ほんとにいつも何も言わないな。なんでそうなったかとかもさ……」
「はい?」
「もういいよ……じゃあ、お前ってスピネルとどうすんの? 結局このまま結婚してもいいのか?」
「……それに関してはもう収拾がつきましたし。スピネル様が婚約解消するおつもりがないなら、そのまま結婚するしかないでしょう?」

 それに、相手に何か思惑があるみたいだし。
 よくわからないなら、このまま黙って状況を見ているしかない。

「そうじゃないよ。じゃあ、お前はスピネルのこと、好きなわけ?」
「お兄様?」

 なぜ結婚することと、好きがイコールで繋がるような言い方をしているのだろう。
 平民のリベラルタスが言った時はまだ納得いったけれど、相手が生まれた瞬間から自分の婚約者となった人がいる兄は、私以上に結婚に夢を見ることができないはずなのに。

 兄の考えがわからなくて首を傾げた。兄は私のその様子を見て、ああ、うう、と頭を掻きむしっている。

「ちゃんと、スピネルのことを男として見て、生涯を共にできるって思えるのか? 将来浮気しちゃったーとか、そういうのは後で考えるとしてもさ」

 なんかとんでもないことを言われた気がする。
 兄にとって、結婚した人が浮気するのはさておいてもいいことらしい。

 先ほどまでお菓子を貪り食っていたのに、唐突に真剣な顔をされるから困る。どこか遠いところを見ているような目で言っているが、何を考えているのだろうか。

「俺はさ、王になる未来を持っている。皆、俺の後ろに王冠を見ている。王とは全ての民に対して相手が臣だ。だからこの国の誰もが俺が命じれば従わざるを得なくなっちまう存在だ。そんな相手となんてまともな恋愛しようとしてくれる人間はいないんだよな。でもさ、お前は違うだろ? 王族といってもお前は対等の相手として結婚できるし、望めば臣籍にだって下れる。そんなお前がさ、王女だから誰かを好きになるのを諦めるとか、そういうのってもったいなくない? 王太子としてしか生きれない俺からしたら、自分の気持ちを無視してどーすんのって思う」
「お兄様……」

 それなら同じ王族であり、自分と同じ立場の婚約者である隣国の姫君……エルザ様と恋をすればいいだけなのに。
 隣の国の方だというのに生まれつき躰が弱く、まだ一度もお会いしたことのない王女だ。
 兄は私にこんなことを言うのに、自分にはそんな可能性があり得ないというような言い回しをしている。
 自分はまだ幼いという婚約者の彼女を、愛するつもりがないのだろうか。

「婚約期間ってさ、まだ結婚してないんだから、ある種のお試し期間じゃねーの? だからさ、お前は自分が幸せになるための結婚をしろ。お前だけじゃなくて、シルヴィアにも俺、同じこと言ったんだからな? ほんとに嫌ならやめちまえばいーんだ」
「王命での婚約を?」
「ダメ元って言葉知ってるか? とりあえずダダをこねる。それでうまくいったら儲けもの」

 ふざけたように兄が笑う。

 違う言葉だけれど本質は同じようなことを、どこかで自分も言ったことがあるような気がする。
 あの時、初めて彼……スピネル様と喧嘩をした日。

 自分と結婚したくないはずのスピネル様が、チャンスを掴まないことを腹立たしく感じていた。
 その時にスピネル様に言ったことは『選ぶものは少ないかもしれないけれど、納得できるように戦え』ということだった。
 兄がいうのは、彼を受け入れると決めたのなら、自分をも変えろということなのかもしれない。

 それは、スピネル様が『不満があったら言え、直せるところは直す』といったのと同じなのだろうか。

 ――私は正直なところ、まだそういうことを、ちゃんとわかっていない。


「……お兄様と私、似てますね」
「兄妹だからじゃないか? 片親しかつながってないけど」

 そう言ってお互いの顔を見つめる。
 男だからだろうか。昔は正妃様に似ていると思っていた兄は、今はどことなく父王の面影が見える気がする。
 歳をとって顔立ちが変わってきたのだろう。
 ということは、父によく似ていると言われる私も兄に似ているのだろうか。

 自分がどのように人から見られ、そしてどのような未来を過ごすべきかを幼い時から意識している王太子。
 どこか飄々として軽い人だと思うこともあったけれど、やはりしっかりしているなぁ、と尊敬の念を抱きつつも、王国の帝王学はちゃんと実っているようだと失礼な安心もしてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなければ。

月見 初音
恋愛
大国クラッサ王国のアルバト国王の妾腹の子として生まれたアグネスに、婚約話がもちかけられる。 しかし相手は、大陸一の美青年と名高い敵国のステア・アイザイン公爵であった。 公爵から明らかな憎悪を向けられ、周りからは2人の不釣り合いさを笑われるが、アグネスは彼と結婚する。 結婚生活の中でアグネスはステアの誠実さや優しさを知り彼を愛し始める。 しかしある日、ステアがアグネスを憎む理由を知ってしまい罪悪感から彼女は自死を決意する。 毒を飲んだが死にきれず、目が覚めたとき彼女の記憶はなくなっていた。 そして彼女の目の前には、今にも泣き出しそうな顔のステアがいた。 𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷 初投稿作品なので温かい目で見てくださると幸いです。 コメントくださるととっても嬉しいです! 誤字脱字報告してくださると助かります。 不定期更新です。 表紙のお借り元▼ https://www.pixiv.net/users/3524455 𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】異国へ嫁いだ王女は政略結婚の為、嫌がらせされていると思い込んだが、いつの間にか幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
オティーリエ王女は幼い頃は誰とでも分け隔てなく接していた心優しい少女だった。しかし八歳から始まった淑女教育や政略結婚の駒とされる為に様々な事を学ばされた為にいつの間にか高慢で負けず嫌いな性格に育ってしまった。常に王女らしくあれと講師の先生からも厳しく教育され、他人に弱みを見せてはいけないと言われ続けていたらいつの間にか居丈高で強気な性格となってしまう。 そんな王女が、とうとう政略結婚の駒となり、長年確執のあった国へと嫁がされる事となる。 王女は〝王女らしい〟性格である為、異国では誰にも頼らず懸命に生活していこうとする。が、負けず嫌いの性格やお節介な性格で、いつの間にか幸せを掴むお話。 ☆現実世界でも似たような言い回し、人名、地名、などがありますがまりぃべるの緩い世界観ですので関係ありません。そのように理解して読んでいただけると幸いです。 ☆ヨーロッパ風の世界をイメージしてますが、現実世界とは異なります。 ☆最後まで書き終えましたので随時更新します。全27話です。 ☆緩い世界ですが、楽しんでいただけると幸いです。

愛しの貴方にサヨナラのキスを

百川凛
恋愛
王立学園に通う伯爵令嬢シャロンは、王太子の側近候補で騎士を目指すラルストン侯爵家の次男、テオドールと婚約している。 良い関係を築いてきた2人だが、ある1人の男爵令嬢によりその関係は崩れてしまう。王太子やその側近候補たちが、その男爵令嬢に心惹かれてしまったのだ。 愛する婚約者から婚約破棄を告げられる日。想いを断ち切るため最後に一度だけテオドールの唇にキスをする──と、彼はバタリと倒れてしまった。 後に、王太子をはじめ数人の男子生徒に魅了魔法がかけられている事が判明する。 テオドールは魅了にかかってしまった自分を悔い、必死にシャロンの愛と信用を取り戻そうとするが……。

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。

iBuKi
恋愛
私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた婚約者。 完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど―― 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。 ――魅了魔法ですか…。 国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね? 第一皇子とその方が相思相愛ならいいんじゃないんですか? サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。 ✂---------------------------- カクヨム、なろうにも投稿しています。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

処理中です...