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第二十八話 謝罪
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「心より、お詫び申し上げます」
スピネル様が自分に向かってかっちりと頭を下げる。
サラサラの彼の薄い金色の髪が夜の光にキラキラと反射をした。
「いえ、謝らせたいわけではないですわ」
「ええ、貴方はそういう人ですからね……」
そうですね、確かに安易に謝ることは貴方の努力に対して失礼だ、と、苦笑いとわかるような笑みを浮かべ、スピネル様はその整えられた髪をくしゃりと手で握りつぶす。
「あの後のことを覚えていますか?」
「え、ええと?」
なんだっけ。
「……あの時、ステラ様は笑ったんです。私の言葉に。誰にも私にそんなことを言ってくれる人はいなかった。ありがとう、と。……だから私は……貴方が私の言葉の真意を見抜いて、その上であえて私の無礼を無視して、許してくださっていると思っていました。――思い込んでいました」
ああ、そうだった。思いだした。しかしスピネルの方がよく覚えているような気がする。しかし。
???
真意って何だろう。
許すって??
「許すもなにも、無礼ってどれでしょうか?」
スピネル様から受けた無礼は多すぎて、どれを指しているのかわからなくなる。
初対面の時だって、挨拶もロクにしないで王族の私に話しかけている時点で無礼なのだし。
「貴方の容姿を貶めるようなこと、ですかね。それと私が引き受けざるを得なかったと言ったこと。王家と今さら縁を繋ぐ必要はないというのは事実ですけれど」
「うーん、それ、怒ることですか? 一般的な客観的判断でしょう?」
なんで、ブスって言われることで、私が傷ついていると思うのか。実際、私が傷ついているように思えるの?
確かにいい気持ちはしないけれど、そういう対応される方が見てくれ悪い人間には人権ないから落ちこめと言われているみたいで腹が立つ。私の感情を勝手に決めつけないでほしい。
こほん、と咳払いをして仕切り直すように彼に言う。
「じゃあ、ちゃんと悪いことを言ってる自覚があったスピネル様は、なんであんなことを私におっしゃったんですか?」
「……貴方に、嫌われようとしたんです」
「なんでそんなことを?!」
「子供じみた、大人達への反抗、でしょうかね。貴方を怒らせ貴方から婚約を破棄してもらおうと思いまして」
……それを聞いて、私も相当無鉄砲と言われるけれど、彼の方が上だと思ってしまった……。
身分を考えたら確かにこちらからしか婚約破棄はできないけれど、そこであえて王族侮辱罪をかぶろうとするなんて。
なんて強引な方法を選んだのだろう、当時の彼は。自分の立場も顧みないほど、そんなに婚約破棄したかったの!?
しかし、それなら結果的に私のしようとしてたことは間違ってなかったらしいのが我ながらすごいと自画自賛してしまった。
「ならなんで、今、婚約解消しようとしないのです?」
今なら私のせいにして婚約解消できてお得なのに。
「あの頃とは事情が変わりましたから」
「事情?」
「そうです」
その事情ってなんだろう……私の知らない国内の政治事情の変化でもあったのだろうか。
社交もあまりしないでいたので古い情報しかなく、噂レベルの水面下の探り合いのようなはっきりしないことは知らないのだ。
そういう何やかやでもって、今のスタイラス家と王家は手を繋がなくてはいけないのだろうか? もしくは母のリーダルト家とか?
よくわからないが、色々と勝手に想像を巡らせてしまう。
なんかいつも大変な人だなぁ。可哀想に。
そう思ってまた、彼に同情してしまったのだけれど。
「姫、私のために色々と尽力くださってありがとうございます。ですが……私は、私から貴女への婚約解消を願い出ません。しかし貴方が私を夫とも認められないという理由も理解できるつもりです。大聖母の職を願うのは、貴方が私を思いやってくださった上での行動なのでしょう?」
「え?」
「だから、猶予期間をくれませんか?」
「は? 猶予?」
スピネル様は、どこか憔悴したような顔をしていたが、きっと私の方に向き直る。
「大聖母職の復帰を行い、いつでも譲位できるように尽力いたします。いつでもステラ様が大聖母職を得られるように。私のことがどうしてもまだ、貴方の夫に値する人間だと思えなかったら、その時は大聖母をお望みください。私は黙って身を引きます」
どうしてそうなった。
ちょっとどこをどう考えてスピネル様がそう考えたか、思考の筋道と辻褄を説明してほしい。
「私と貴方が結婚しなくてはいけないらしい事情?が存在?しているらしいことは理解しましたが……意地とかはってませんか?」
「はってませんよ。なんかいつも私は姫に誤解を与えてばかりですね」
スピネル様がどこか疲れたような笑顔をこぼして、私を見下ろした。
自分から一歩しか離れたところにしかいないのに、そのスピネルはひどく遠い気がした。今まで以上に。そして、今までよりずっと大人びて見えて。
「それも当たり前ですよね。だって私たちはお互いのことを、ほとんど何も話してないまま来てしまったのだから」
ざぁっ……。
吹いてきた風が木立の葉擦れを起こす。
「私は貴方を分かっているつもりだったけれど、最初から分かっておりませんでした。だからこそ今、私はもっと、貴方を知りたいと思っています。この四年間、書物を見ている貴方の横顔しか私は見てなかったのですから」
彼は明かりのあるところから一歩下がり、闇が濃くなった夜の場所へと移動する。
そうすると彼の表情はいっそうわからなくなった。
「それでは今日のところは失礼します」
そのままスピネル様は踵を返し。
去っていく彼の後ろ姿を、それが見えなくなるまで私はずっと見送っていた。
スピネル様が自分に向かってかっちりと頭を下げる。
サラサラの彼の薄い金色の髪が夜の光にキラキラと反射をした。
「いえ、謝らせたいわけではないですわ」
「ええ、貴方はそういう人ですからね……」
そうですね、確かに安易に謝ることは貴方の努力に対して失礼だ、と、苦笑いとわかるような笑みを浮かべ、スピネル様はその整えられた髪をくしゃりと手で握りつぶす。
「あの後のことを覚えていますか?」
「え、ええと?」
なんだっけ。
「……あの時、ステラ様は笑ったんです。私の言葉に。誰にも私にそんなことを言ってくれる人はいなかった。ありがとう、と。……だから私は……貴方が私の言葉の真意を見抜いて、その上であえて私の無礼を無視して、許してくださっていると思っていました。――思い込んでいました」
ああ、そうだった。思いだした。しかしスピネルの方がよく覚えているような気がする。しかし。
???
真意って何だろう。
許すって??
「許すもなにも、無礼ってどれでしょうか?」
スピネル様から受けた無礼は多すぎて、どれを指しているのかわからなくなる。
初対面の時だって、挨拶もロクにしないで王族の私に話しかけている時点で無礼なのだし。
「貴方の容姿を貶めるようなこと、ですかね。それと私が引き受けざるを得なかったと言ったこと。王家と今さら縁を繋ぐ必要はないというのは事実ですけれど」
「うーん、それ、怒ることですか? 一般的な客観的判断でしょう?」
なんで、ブスって言われることで、私が傷ついていると思うのか。実際、私が傷ついているように思えるの?
確かにいい気持ちはしないけれど、そういう対応される方が見てくれ悪い人間には人権ないから落ちこめと言われているみたいで腹が立つ。私の感情を勝手に決めつけないでほしい。
こほん、と咳払いをして仕切り直すように彼に言う。
「じゃあ、ちゃんと悪いことを言ってる自覚があったスピネル様は、なんであんなことを私におっしゃったんですか?」
「……貴方に、嫌われようとしたんです」
「なんでそんなことを?!」
「子供じみた、大人達への反抗、でしょうかね。貴方を怒らせ貴方から婚約を破棄してもらおうと思いまして」
……それを聞いて、私も相当無鉄砲と言われるけれど、彼の方が上だと思ってしまった……。
身分を考えたら確かにこちらからしか婚約破棄はできないけれど、そこであえて王族侮辱罪をかぶろうとするなんて。
なんて強引な方法を選んだのだろう、当時の彼は。自分の立場も顧みないほど、そんなに婚約破棄したかったの!?
しかし、それなら結果的に私のしようとしてたことは間違ってなかったらしいのが我ながらすごいと自画自賛してしまった。
「ならなんで、今、婚約解消しようとしないのです?」
今なら私のせいにして婚約解消できてお得なのに。
「あの頃とは事情が変わりましたから」
「事情?」
「そうです」
その事情ってなんだろう……私の知らない国内の政治事情の変化でもあったのだろうか。
社交もあまりしないでいたので古い情報しかなく、噂レベルの水面下の探り合いのようなはっきりしないことは知らないのだ。
そういう何やかやでもって、今のスタイラス家と王家は手を繋がなくてはいけないのだろうか? もしくは母のリーダルト家とか?
よくわからないが、色々と勝手に想像を巡らせてしまう。
なんかいつも大変な人だなぁ。可哀想に。
そう思ってまた、彼に同情してしまったのだけれど。
「姫、私のために色々と尽力くださってありがとうございます。ですが……私は、私から貴女への婚約解消を願い出ません。しかし貴方が私を夫とも認められないという理由も理解できるつもりです。大聖母の職を願うのは、貴方が私を思いやってくださった上での行動なのでしょう?」
「え?」
「だから、猶予期間をくれませんか?」
「は? 猶予?」
スピネル様は、どこか憔悴したような顔をしていたが、きっと私の方に向き直る。
「大聖母職の復帰を行い、いつでも譲位できるように尽力いたします。いつでもステラ様が大聖母職を得られるように。私のことがどうしてもまだ、貴方の夫に値する人間だと思えなかったら、その時は大聖母をお望みください。私は黙って身を引きます」
どうしてそうなった。
ちょっとどこをどう考えてスピネル様がそう考えたか、思考の筋道と辻褄を説明してほしい。
「私と貴方が結婚しなくてはいけないらしい事情?が存在?しているらしいことは理解しましたが……意地とかはってませんか?」
「はってませんよ。なんかいつも私は姫に誤解を与えてばかりですね」
スピネル様がどこか疲れたような笑顔をこぼして、私を見下ろした。
自分から一歩しか離れたところにしかいないのに、そのスピネルはひどく遠い気がした。今まで以上に。そして、今までよりずっと大人びて見えて。
「それも当たり前ですよね。だって私たちはお互いのことを、ほとんど何も話してないまま来てしまったのだから」
ざぁっ……。
吹いてきた風が木立の葉擦れを起こす。
「私は貴方を分かっているつもりだったけれど、最初から分かっておりませんでした。だからこそ今、私はもっと、貴方を知りたいと思っています。この四年間、書物を見ている貴方の横顔しか私は見てなかったのですから」
彼は明かりのあるところから一歩下がり、闇が濃くなった夜の場所へと移動する。
そうすると彼の表情はいっそうわからなくなった。
「それでは今日のところは失礼します」
そのままスピネル様は踵を返し。
去っていく彼の後ろ姿を、それが見えなくなるまで私はずっと見送っていた。
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