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第二十五話 ハーブティー
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「姫、発言を許していただいてもよろしいでしょうか」
「なにかしら?」
二人でむっつりと私の宮のある鈴蘭の塔へ歩いていれば、ロジャーが話しかけてくる。
彼は自分からあまり話しかけてきたりはしないのだが、どうしても聞きたいことでもあったのだろうか。
鼻の眼鏡をカタカタと揺らし、くるくるした濃い茶金の髪を指でもてあそびながら、じっとこちらを見つめている。
「先ほどの話ですが、一番目の恋愛感情を持つことに意味を持たないということはわかりました。しかし二番目のスピネル様が姫を好きにならないとわかっているとはどういうことなのでしょうか……いえ、姫はどうしてそう思うのですか? スピネル様が姫を好きにならないと思っていたからこそ、婚約解消をするために帝国最高試験を受験されたのですか?」
一息に質問をされてしまった。
それに対して、どこからどうやって答えるべきかと思って悩む。
四年前のスピネル様との初めての出会いの時に言われたことを話したのは、二人の侍女だけだ。
だから、私がどのようにスピネル様に対して思っているかを彼は知らない。
そして、もちろんスピネル様が私をどう思っているのかも。
自分をまっすぐに見つめるロジャーを見つめ返した。
彼との仲は私が物心がつくかつかないかの頃から始まっている。
試験に関する勉強の手配はほぼロジャーにさせていたし、初期は学問の手ほどきを彼から受けた。
それなのに、主である自分の真意を今まで知らされてなかったことにショックを受けているのだろうか。
しかし、言えることと言えないことがあるし、王族として育つ自分はそれを特に意識せざるを得ない。
「ちょっと違うけれど……大まかにはそうなるわね」
しばらく沈黙をしてから、ゆっくりそう返した。
スピネルが自分を好きでもないからこそ、受験を決意した。うん、それは間違いではない。しかしそれが最大の理由ではないだけだ。
「では、もしスピネル様が姫のことを好きでしたら、どうなさるんですか?」
「そういうもしもは嫌いなのよね……」
どうしてあり得ないというのに、そんなもしもを前提に話すのだろう。時間の無駄ではないだろうか。
「もしそうだったとしたらですよ?」
「さぁね、結婚するだけじゃない? ……どちらにしろ、このままの流れなら結婚する羽目になりそうだけれどね」
スピネル様のために、せっかく頑張ったけど、スピネル様は意外と意気地も行動力もないみたいだし。
ほほほ、と笑おうとして、はぁ、と笑いはいつしかため息になる。
このため息は、自分のやるせない気持ちの象徴かもしれない。
「依存も恋愛も、結局は執着に似ていると私は思います。婚約解消する必要がないからスピネル様は動かないだけ、というようにはお考えにならないんですかね」
「え?」
「……いえ、何も。私から申し上げることは何もありません。ただ、スピネル様とお話することを望みます」
そんなことを話していたら、部屋につく。
ロジャーに扉を開けさせたら、中からミレンディアが優雅にスカートを引いて礼をする。
「姫様、お帰りなさいませ。ルーエは女官と打ち合わせに王宮の方に行きました。ちょうど入れ違いになりましたか」
「そう、留守中、何かありました?」
「いえ、何もございませんよ。ただいまお茶の準備をいたします」
部屋で待っていたのだろう。ミレンディアが他の侍女に指示を出している。その間に私は着ていたドレスを室内用のものに着替え、腰を掛けてようやく落ち着いた。
「スピネル様にも、もう一度会わなきゃいけないのよね……。嫌なのだけど」
やることを確認しようと指を折って記憶を振り返り、ロジャーにぼやいていたら、ミレンディアが唐突に振り返った。
「スピネル様と姫様が? いまさらお会いになることなんかありませんわよ」
「何を言うのですか。貴女は……一体どうしたというのです」
ミレンディアの剣幕に、ロジャーが引き気味になりつつも、驚いた顔を隠さない。
確かにこの豹変ぶりには驚くだろう。
ついこの間まで、スピネルのことを私にとりなす立場だった侍女が裏切る形になっていたのだから。
「とりあえず、私とスピネル様の間の確執は置いといても、他の特士の希望の動向とか、私とリベラルタスの進退はどうなるのとかは知りたいわよ。それなら会う優先順位はお兄様が上じゃない?」
「いいえ、スピネル様です」
「陛下との謁見ですわ。姫様の婚約に関して奏上なさるべきですわ」
各自言いたいことを言っている。
「ミレンディア、いいかげんになさい。貴女はステラ様の口から陛下に何を言わせるつもりです」
ロジャーにミレンディアが叱られ、彼女はツン、と顔をそむける。ミレンディアも私の侍女となって日が長いため、それなりにロジャーとは付き合いが長い。私には姉ぶるようなミレンディアがロジャーには子供のような態度をとっているのがどこかおかしい。
「ロジャーもミレンディアをいじめないでね。私のことを思って言ってくれてるだけだから悪気はないの」
ミレンディアをかばったところで湯が届き、ミレンディアが私のローズマリーのハーブティーを淹れてくれた。別に味が好みというわけではなく、これは集中力を高めてくれるというもので、受験勉強のお供に最適だったのだ。
そんな理由で飲んでいることを言ったら即座に捨てられてしまいそうなので、私が好きなのだと思わせているのだけれど。
「ほら、ロジャーの分も用意してくれてるのだから、貴方もいただきなさい」
「はい、それでは失礼して……」
やれやれ、と喉を潤してくつろいでいたら、ノックの音がした。
失礼します、と入ってきた侍女は、郵便物や来客対応を専門にしている子だ。書簡か来客か、と思っていれば、その娘は軽く膝を曲げて礼を取るので発言の許可を与えた。
「失礼いたします。スピネル様から、ステラ様に、早急の面会の申し入れがありますが、本日のご予定枠に入れますか? それとも後日に回しますか?」
ハーブティーをこぼすかと思った。
いかがなさいますか? と事務的に言われて、思わず沈黙してしまう。
先ほどお会いしたばかりなのに、もう面会したいと言ってくるなんてずいぶんと慌ただしいものだ。
大体、彼は仕事の方は大丈夫なのだろうか。相当忙しいはずなのに。
彼が私に会うという内容は想像がつくから拒否もできないが……。
「スピネル様のお仕事が片付くような頃……ってそんな時はないわね。夕刻後……いえ、晩餐の前くらいの時間にお会いできれば、とお返事をして。お手紙は持ってる?」
「いえ、言付けだけいただきました」
「わかりました。そう伝言して」
侍女が下がって扉から出ていくと、ようやくお茶をゆっくり飲める。
しかし、面倒な用事があると思うと、美味しいお茶が美味しく感じなくなってしまった。
「なにかしら?」
二人でむっつりと私の宮のある鈴蘭の塔へ歩いていれば、ロジャーが話しかけてくる。
彼は自分からあまり話しかけてきたりはしないのだが、どうしても聞きたいことでもあったのだろうか。
鼻の眼鏡をカタカタと揺らし、くるくるした濃い茶金の髪を指でもてあそびながら、じっとこちらを見つめている。
「先ほどの話ですが、一番目の恋愛感情を持つことに意味を持たないということはわかりました。しかし二番目のスピネル様が姫を好きにならないとわかっているとはどういうことなのでしょうか……いえ、姫はどうしてそう思うのですか? スピネル様が姫を好きにならないと思っていたからこそ、婚約解消をするために帝国最高試験を受験されたのですか?」
一息に質問をされてしまった。
それに対して、どこからどうやって答えるべきかと思って悩む。
四年前のスピネル様との初めての出会いの時に言われたことを話したのは、二人の侍女だけだ。
だから、私がどのようにスピネル様に対して思っているかを彼は知らない。
そして、もちろんスピネル様が私をどう思っているのかも。
自分をまっすぐに見つめるロジャーを見つめ返した。
彼との仲は私が物心がつくかつかないかの頃から始まっている。
試験に関する勉強の手配はほぼロジャーにさせていたし、初期は学問の手ほどきを彼から受けた。
それなのに、主である自分の真意を今まで知らされてなかったことにショックを受けているのだろうか。
しかし、言えることと言えないことがあるし、王族として育つ自分はそれを特に意識せざるを得ない。
「ちょっと違うけれど……大まかにはそうなるわね」
しばらく沈黙をしてから、ゆっくりそう返した。
スピネルが自分を好きでもないからこそ、受験を決意した。うん、それは間違いではない。しかしそれが最大の理由ではないだけだ。
「では、もしスピネル様が姫のことを好きでしたら、どうなさるんですか?」
「そういうもしもは嫌いなのよね……」
どうしてあり得ないというのに、そんなもしもを前提に話すのだろう。時間の無駄ではないだろうか。
「もしそうだったとしたらですよ?」
「さぁね、結婚するだけじゃない? ……どちらにしろ、このままの流れなら結婚する羽目になりそうだけれどね」
スピネル様のために、せっかく頑張ったけど、スピネル様は意外と意気地も行動力もないみたいだし。
ほほほ、と笑おうとして、はぁ、と笑いはいつしかため息になる。
このため息は、自分のやるせない気持ちの象徴かもしれない。
「依存も恋愛も、結局は執着に似ていると私は思います。婚約解消する必要がないからスピネル様は動かないだけ、というようにはお考えにならないんですかね」
「え?」
「……いえ、何も。私から申し上げることは何もありません。ただ、スピネル様とお話することを望みます」
そんなことを話していたら、部屋につく。
ロジャーに扉を開けさせたら、中からミレンディアが優雅にスカートを引いて礼をする。
「姫様、お帰りなさいませ。ルーエは女官と打ち合わせに王宮の方に行きました。ちょうど入れ違いになりましたか」
「そう、留守中、何かありました?」
「いえ、何もございませんよ。ただいまお茶の準備をいたします」
部屋で待っていたのだろう。ミレンディアが他の侍女に指示を出している。その間に私は着ていたドレスを室内用のものに着替え、腰を掛けてようやく落ち着いた。
「スピネル様にも、もう一度会わなきゃいけないのよね……。嫌なのだけど」
やることを確認しようと指を折って記憶を振り返り、ロジャーにぼやいていたら、ミレンディアが唐突に振り返った。
「スピネル様と姫様が? いまさらお会いになることなんかありませんわよ」
「何を言うのですか。貴女は……一体どうしたというのです」
ミレンディアの剣幕に、ロジャーが引き気味になりつつも、驚いた顔を隠さない。
確かにこの豹変ぶりには驚くだろう。
ついこの間まで、スピネルのことを私にとりなす立場だった侍女が裏切る形になっていたのだから。
「とりあえず、私とスピネル様の間の確執は置いといても、他の特士の希望の動向とか、私とリベラルタスの進退はどうなるのとかは知りたいわよ。それなら会う優先順位はお兄様が上じゃない?」
「いいえ、スピネル様です」
「陛下との謁見ですわ。姫様の婚約に関して奏上なさるべきですわ」
各自言いたいことを言っている。
「ミレンディア、いいかげんになさい。貴女はステラ様の口から陛下に何を言わせるつもりです」
ロジャーにミレンディアが叱られ、彼女はツン、と顔をそむける。ミレンディアも私の侍女となって日が長いため、それなりにロジャーとは付き合いが長い。私には姉ぶるようなミレンディアがロジャーには子供のような態度をとっているのがどこかおかしい。
「ロジャーもミレンディアをいじめないでね。私のことを思って言ってくれてるだけだから悪気はないの」
ミレンディアをかばったところで湯が届き、ミレンディアが私のローズマリーのハーブティーを淹れてくれた。別に味が好みというわけではなく、これは集中力を高めてくれるというもので、受験勉強のお供に最適だったのだ。
そんな理由で飲んでいることを言ったら即座に捨てられてしまいそうなので、私が好きなのだと思わせているのだけれど。
「ほら、ロジャーの分も用意してくれてるのだから、貴方もいただきなさい」
「はい、それでは失礼して……」
やれやれ、と喉を潤してくつろいでいたら、ノックの音がした。
失礼します、と入ってきた侍女は、郵便物や来客対応を専門にしている子だ。書簡か来客か、と思っていれば、その娘は軽く膝を曲げて礼を取るので発言の許可を与えた。
「失礼いたします。スピネル様から、ステラ様に、早急の面会の申し入れがありますが、本日のご予定枠に入れますか? それとも後日に回しますか?」
ハーブティーをこぼすかと思った。
いかがなさいますか? と事務的に言われて、思わず沈黙してしまう。
先ほどお会いしたばかりなのに、もう面会したいと言ってくるなんてずいぶんと慌ただしいものだ。
大体、彼は仕事の方は大丈夫なのだろうか。相当忙しいはずなのに。
彼が私に会うという内容は想像がつくから拒否もできないが……。
「スピネル様のお仕事が片付くような頃……ってそんな時はないわね。夕刻後……いえ、晩餐の前くらいの時間にお会いできれば、とお返事をして。お手紙は持ってる?」
「いえ、言付けだけいただきました」
「わかりました。そう伝言して」
侍女が下がって扉から出ていくと、ようやくお茶をゆっくり飲める。
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