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第二十三話 馬車の中2
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「婚約なさっているということは、王女様もスタイラス公爵令息のことがお好きなのですよね?」
唐突に不躾で、しかも意外なことを言われて面食らった。
あ、そうか。リベラルタスは平民だから、結婚というと恋愛結婚が先にくるんだ。それは私の知らない世界だろう。
自分には結婚といえば政略結婚が当たり前だから、婚約=恋愛なんてありえない発想だった。
「控えなさい。無礼です」
「申し訳ありません!」
リベラルタスの素朴すぎる質問は、ぴしゃりとロジャーにはねつけられる。
慌ててリベラルタスが口を閉ざし、馬車の中で頭を下げた。
平民ってこんなに無防備に考えなしに物事を口にするんだなと思うと、ある意味で感動すら覚える。
立場上、平民とあまり交わったことがないので、新鮮だ。
正直言って、王族にこのようなことを言ったら、不敬罪で即処罰の対象だ。今まで自分の言葉に気を付ける経験がなかったのだろう。
揚げ足を取られることとかを気にしてふるまわざるを得ない自分と違いすぎる。
知識として貴族に対する礼節は入っているようなのに、身についていないそのアンバランスさが素朴にも見えるし、彼の危ういところのようにも思える。
この先、彼は知らない貴族社会の中に入って、洗練されていくのだろうか。
その素朴さがどこか貴重なようにも思えたが、このままでは彼の身が危ういから、がんばれ、と心で応援してしまった。
「構わないですわよ。それよりリベラルタスはスピネル様に何か思うところがあるようですわね。話しなさいな」
「私より、侍従様の方が思うところがあるのでは、と思うのですが……それに、私はかの方の人となりとかを存じ上げませんし……」
「それがかえって曇らない意見をくれるかもしれないのよ?」
私が無礼講だから、と、じっと見つめると、諦めたようにリベラルタスが口を開いた。
「スタイラス公爵令息って末っ子ですかね?」
唐突になんだろう。
別に話して悪い問題でもないだろうし、と素直に答えた。
「一人っ子ですわね」
「そうなんですか。そのせいですかね……」
リベラルタスは一人で意味の分からないことをぶつぶつ言っている。
何を考えているのか知らないが、緊張のあまり、胃が痛いというような顔をしている。
歪んだ顔は、本当は言いたくない、というのを表しているが、私が無理に促すとどこか泣きそうな顔をして話し出した。
「私は、令息が王女様に随分と甘えてるんだなぁと思いました」
「私に?」
あのスピネルが? 甘えてる?
「私も度々先ほどから失礼を繰り返しておりますが、先ほどの令息も王族である王女殿下に結構な失礼をされていることに気づいてないようで……それもまるで意に介してなかったので……。家族の間のように、ここまでなら大丈夫だろうみたいな限界が分かっているというか、許されるのが当たり前だと思っているようでしたのが意外だなぁと……」
いや、あれがスピネルという人間だと思っているだけで。
なんたって初対面からも傍若無人でしたからね、あの人。
私が否定する前に、リベラルタスは貴族に対する暴言と思われて殺されないかとガタガタ震えて怯えながらも、思ったことを素直に話してくれる。
「よほど王女様を信頼なさっているんだなぁと思いました。でもその割には、王女様は今回のことでひどく怒ってらして、意思の疎通ができてないのが変ですし。お二人の関係がよくわからなかったのです」
「スピネル様は、ステラ様に対してだけあのような態度をお取りになります。スピネル様は、他の女性には社交辞令で優しく応対なさいますが、それ以上に近づく存在がいれば非常に冷淡にあしらわれますし。ステラ様がいらっしゃると、お傍からお離れになりません」
ロジャーはもう取り繕うのを諦めたのか、内部事情を含んだ話を漏らすことに決めたようだ。
唐突に随分と態度が変わった。平民相手というより、自分と同格相手と同じような扱いになっている。
ロジャーが言っているのはなんのことかと思えば、パーティーの時のことか、と分かれば頷く。いつもスピネル様がこっそりと抜け出させてくれて、勉強する時間を作ってもらっていたから。
「それは私がいれば虫よけになるからでしょうね」
持ちつ持たれつというやつだろう。スピネル様に粉をかける女が絶えないことも私は知っているし。噂も大分耳にしたものだ。
「でも、年下の女の子に甘えるっておかしくないですか?」
「それで問題があったのなら考えもしますが、ステラ様は、そんなスピネル様の態度に関してなんとも思ってないようでしたから」
それは、そうだろう。なんとも思ってないというより、気づいていなかった。
「お二方は似た者同士ですからねえ」
「え?」
「スピネル様とステラ様は似てるんですよね。合理的でさばさばした性格が。だからお似合いだと思っておりましたけれど」
「甘えというよりお二方が似すぎているゆえ、自分も相手を許すし、相手も自分を許すと思い込んでる依存の方が近いんですかね? 自分の分身みたいに王女様を思われているのかな」
ロジャーの分析にさらにリベラルタスがそう分析をする。
そうは思えない私は首を振った。
「似ているというのなら、相手の考えがわかるものでしょ? 最近、スピネル様のお考えが分からなくて困っているのよ……」
「今まではわかってたのですか?」
「今まで? ……そんなこと自体を考えたことなかったわ」
「……私は、そんなにさばけた間柄の婚約者同士、見たことがないので計りかねます……」
リベラルタスがつり気味の眉を八の字にしているが、こめかみを揉んでいるロジャーが、このお二方の方がある意味で特別ですので、と注意をしていたのはどういう意味だろう。
唐突に不躾で、しかも意外なことを言われて面食らった。
あ、そうか。リベラルタスは平民だから、結婚というと恋愛結婚が先にくるんだ。それは私の知らない世界だろう。
自分には結婚といえば政略結婚が当たり前だから、婚約=恋愛なんてありえない発想だった。
「控えなさい。無礼です」
「申し訳ありません!」
リベラルタスの素朴すぎる質問は、ぴしゃりとロジャーにはねつけられる。
慌ててリベラルタスが口を閉ざし、馬車の中で頭を下げた。
平民ってこんなに無防備に考えなしに物事を口にするんだなと思うと、ある意味で感動すら覚える。
立場上、平民とあまり交わったことがないので、新鮮だ。
正直言って、王族にこのようなことを言ったら、不敬罪で即処罰の対象だ。今まで自分の言葉に気を付ける経験がなかったのだろう。
揚げ足を取られることとかを気にしてふるまわざるを得ない自分と違いすぎる。
知識として貴族に対する礼節は入っているようなのに、身についていないそのアンバランスさが素朴にも見えるし、彼の危ういところのようにも思える。
この先、彼は知らない貴族社会の中に入って、洗練されていくのだろうか。
その素朴さがどこか貴重なようにも思えたが、このままでは彼の身が危ういから、がんばれ、と心で応援してしまった。
「構わないですわよ。それよりリベラルタスはスピネル様に何か思うところがあるようですわね。話しなさいな」
「私より、侍従様の方が思うところがあるのでは、と思うのですが……それに、私はかの方の人となりとかを存じ上げませんし……」
「それがかえって曇らない意見をくれるかもしれないのよ?」
私が無礼講だから、と、じっと見つめると、諦めたようにリベラルタスが口を開いた。
「スタイラス公爵令息って末っ子ですかね?」
唐突になんだろう。
別に話して悪い問題でもないだろうし、と素直に答えた。
「一人っ子ですわね」
「そうなんですか。そのせいですかね……」
リベラルタスは一人で意味の分からないことをぶつぶつ言っている。
何を考えているのか知らないが、緊張のあまり、胃が痛いというような顔をしている。
歪んだ顔は、本当は言いたくない、というのを表しているが、私が無理に促すとどこか泣きそうな顔をして話し出した。
「私は、令息が王女様に随分と甘えてるんだなぁと思いました」
「私に?」
あのスピネルが? 甘えてる?
「私も度々先ほどから失礼を繰り返しておりますが、先ほどの令息も王族である王女殿下に結構な失礼をされていることに気づいてないようで……それもまるで意に介してなかったので……。家族の間のように、ここまでなら大丈夫だろうみたいな限界が分かっているというか、許されるのが当たり前だと思っているようでしたのが意外だなぁと……」
いや、あれがスピネルという人間だと思っているだけで。
なんたって初対面からも傍若無人でしたからね、あの人。
私が否定する前に、リベラルタスは貴族に対する暴言と思われて殺されないかとガタガタ震えて怯えながらも、思ったことを素直に話してくれる。
「よほど王女様を信頼なさっているんだなぁと思いました。でもその割には、王女様は今回のことでひどく怒ってらして、意思の疎通ができてないのが変ですし。お二人の関係がよくわからなかったのです」
「スピネル様は、ステラ様に対してだけあのような態度をお取りになります。スピネル様は、他の女性には社交辞令で優しく応対なさいますが、それ以上に近づく存在がいれば非常に冷淡にあしらわれますし。ステラ様がいらっしゃると、お傍からお離れになりません」
ロジャーはもう取り繕うのを諦めたのか、内部事情を含んだ話を漏らすことに決めたようだ。
唐突に随分と態度が変わった。平民相手というより、自分と同格相手と同じような扱いになっている。
ロジャーが言っているのはなんのことかと思えば、パーティーの時のことか、と分かれば頷く。いつもスピネル様がこっそりと抜け出させてくれて、勉強する時間を作ってもらっていたから。
「それは私がいれば虫よけになるからでしょうね」
持ちつ持たれつというやつだろう。スピネル様に粉をかける女が絶えないことも私は知っているし。噂も大分耳にしたものだ。
「でも、年下の女の子に甘えるっておかしくないですか?」
「それで問題があったのなら考えもしますが、ステラ様は、そんなスピネル様の態度に関してなんとも思ってないようでしたから」
それは、そうだろう。なんとも思ってないというより、気づいていなかった。
「お二方は似た者同士ですからねえ」
「え?」
「スピネル様とステラ様は似てるんですよね。合理的でさばさばした性格が。だからお似合いだと思っておりましたけれど」
「甘えというよりお二方が似すぎているゆえ、自分も相手を許すし、相手も自分を許すと思い込んでる依存の方が近いんですかね? 自分の分身みたいに王女様を思われているのかな」
ロジャーの分析にさらにリベラルタスがそう分析をする。
そうは思えない私は首を振った。
「似ているというのなら、相手の考えがわかるものでしょ? 最近、スピネル様のお考えが分からなくて困っているのよ……」
「今まではわかってたのですか?」
「今まで? ……そんなこと自体を考えたことなかったわ」
「……私は、そんなにさばけた間柄の婚約者同士、見たことがないので計りかねます……」
リベラルタスがつり気味の眉を八の字にしているが、こめかみを揉んでいるロジャーが、このお二方の方がある意味で特別ですので、と注意をしていたのはどういう意味だろう。
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