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第二十話 スピネルとリベラルタス
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今、スピネル様に会うのはものすごく気まずいのだけれど、そうも言っていられないだろう。
私とスピネルの関係を知っている人は問答無用で彼を呼ぶのはわかっていたが、先日彼に対してあんなことを言った立場としては、あんまり会いたい相手ではない。
仕方ないとはいえ、気がすすまない。
「こちらでお待ちください」
勝手知ったる司法庁。
案内されなくてもわかるのだけれど、これも仕方ない。流れでリベラルタスも私と一緒に応接室に押し込まれることになってしまった。
あちらは王女と同席することになってしまってかちんこちんになっているし、供のロジャーの視線が痛い。
あえて控えて口出ししてこないが、視線が平民を連れ込んで何を考えているんですか、と言っている。
「ここには私とそなたと、口の堅い者しかおりません。安心なさって」
にっこりと鷹揚に構えてリベラルタスを威圧しないように微笑んでみせるが、後で私が説教をされる未来はほぼ確定である。
「ところで、そなたはどういった用事でこちらに?」
お茶が出されるまでの話題に、と目的を尋ねて緊張をしている彼を和ませようと何気なく訊いた。
「私は……特士の合格を貰った時、職業希望を司法庁として提出をしたんです。ところが、最近になって、他の場所に希望を出すように言われまして、どういうことだか伺おうと面会の申請をしにきたんです。それなのに、面会すらも受理されなくて……」
「なんですって!?」
受け入れ先が特士の希望をはねのけるなんてことはあり得ない。
この制度の根幹にかかわることだからだ。
しかも特士自身に申請を取り下げろというのは、脅迫、強制になり犯罪行為と受け取られる可能性が高い。
「リベラルタス。このことは内密にしなさい。私が状況を調べさせますから」
「は、はぁ……」
しかし、視線を落としたリベラルタスがぼそぼそと話をしだした。
「多分……私の希望は拒否されるのでしょうね……そもそも、平民の私が中枢の仕事ができるチャンスを得られるだけでラッキーなのですよ。きっと他の人もそう思ってるはずです。司法庁でなくても私の能力は十二分に出せると思いますし……」
沈鬱なその表情を、横からじっと見つめる。
虐げられるのが当たり前の目。
努力が徒労に終わっても仕方がないと、彼の目は諦めに染まっている。
きっと平民は貴族などよりずっと多くを諦めさせられているのだろう。
それなのに、唯一の望みであるこの試験での職業の選択なのに、こんなバカな不正が許されていいのだろうか。そんなわけない。
「いいえ、リベラルタス。貴方は特士です。諦めてはいけません。道は開けますよ」
それは相手にとってはただの慰めに聞こえたかもしれない。
リベラルタスは薄く笑うと、それでも、はい、と力強くうなずいた。
自分が信じた夢を、貴方がたぐりよせることを諦めてはダメ。
それを周囲は応援するから。もちろん、この私も。
そういう願いを込めて微笑みを返した。
しかし、この人はなぜだろう、人を安心させる人間だ。側にいるとほっとする。
王女として威厳を漂わせなければと思うのに、そんな気が薄れていってしまう。
「でも、なんで司法庁に? 外国に行かされることもあるでしょ? 特士だから視察に行けないなんてなったら、問題じゃないかしら。それに激務でしょ?」
「ええ、ちょっとやりたいことがあるのです」
ちょっと、ということのためにこの世の地獄のようなところに入るなんて。奇特な。
「そう? じゃ、そのやりたいこととやらが済んだらぜひ私の鈴蘭の塔にいらっしゃいな。歓迎するわよ」
冗談だと思っているのだろう。緊張がほぐれたのか、先ほどより大きくリベラルタスが笑う。
王宮に勤めるなら、姫付の侍従よりどちらかといえば王立図書館勤務がいいかな、いやいや厨房の食事係も美味しいかも、などとバカ話をして盛り上がっていれば、唐突にバターン!!と扉が開いた。
「…………」
王女だというのに、平民と向かい合って大口開けて笑っているところを、入ってきたスピネルに思い切り見られて、きまり悪さに仏頂面を装ってしまった。
入るなり、こちらに一瞥を浴びせたスピネル様はいつも以上に冷気をまとっている気がする。
眼光が鋭すぎる。これでは一般人は怯えてしまう。
喧嘩別れした気まずさを、どう払拭しようかと来る時は思っていたけれど、なんとなく雰囲気が過去のいざこざどころではなくなってしまった。
私とスピネルの関係を知っている人は問答無用で彼を呼ぶのはわかっていたが、先日彼に対してあんなことを言った立場としては、あんまり会いたい相手ではない。
仕方ないとはいえ、気がすすまない。
「こちらでお待ちください」
勝手知ったる司法庁。
案内されなくてもわかるのだけれど、これも仕方ない。流れでリベラルタスも私と一緒に応接室に押し込まれることになってしまった。
あちらは王女と同席することになってしまってかちんこちんになっているし、供のロジャーの視線が痛い。
あえて控えて口出ししてこないが、視線が平民を連れ込んで何を考えているんですか、と言っている。
「ここには私とそなたと、口の堅い者しかおりません。安心なさって」
にっこりと鷹揚に構えてリベラルタスを威圧しないように微笑んでみせるが、後で私が説教をされる未来はほぼ確定である。
「ところで、そなたはどういった用事でこちらに?」
お茶が出されるまでの話題に、と目的を尋ねて緊張をしている彼を和ませようと何気なく訊いた。
「私は……特士の合格を貰った時、職業希望を司法庁として提出をしたんです。ところが、最近になって、他の場所に希望を出すように言われまして、どういうことだか伺おうと面会の申請をしにきたんです。それなのに、面会すらも受理されなくて……」
「なんですって!?」
受け入れ先が特士の希望をはねのけるなんてことはあり得ない。
この制度の根幹にかかわることだからだ。
しかも特士自身に申請を取り下げろというのは、脅迫、強制になり犯罪行為と受け取られる可能性が高い。
「リベラルタス。このことは内密にしなさい。私が状況を調べさせますから」
「は、はぁ……」
しかし、視線を落としたリベラルタスがぼそぼそと話をしだした。
「多分……私の希望は拒否されるのでしょうね……そもそも、平民の私が中枢の仕事ができるチャンスを得られるだけでラッキーなのですよ。きっと他の人もそう思ってるはずです。司法庁でなくても私の能力は十二分に出せると思いますし……」
沈鬱なその表情を、横からじっと見つめる。
虐げられるのが当たり前の目。
努力が徒労に終わっても仕方がないと、彼の目は諦めに染まっている。
きっと平民は貴族などよりずっと多くを諦めさせられているのだろう。
それなのに、唯一の望みであるこの試験での職業の選択なのに、こんなバカな不正が許されていいのだろうか。そんなわけない。
「いいえ、リベラルタス。貴方は特士です。諦めてはいけません。道は開けますよ」
それは相手にとってはただの慰めに聞こえたかもしれない。
リベラルタスは薄く笑うと、それでも、はい、と力強くうなずいた。
自分が信じた夢を、貴方がたぐりよせることを諦めてはダメ。
それを周囲は応援するから。もちろん、この私も。
そういう願いを込めて微笑みを返した。
しかし、この人はなぜだろう、人を安心させる人間だ。側にいるとほっとする。
王女として威厳を漂わせなければと思うのに、そんな気が薄れていってしまう。
「でも、なんで司法庁に? 外国に行かされることもあるでしょ? 特士だから視察に行けないなんてなったら、問題じゃないかしら。それに激務でしょ?」
「ええ、ちょっとやりたいことがあるのです」
ちょっと、ということのためにこの世の地獄のようなところに入るなんて。奇特な。
「そう? じゃ、そのやりたいこととやらが済んだらぜひ私の鈴蘭の塔にいらっしゃいな。歓迎するわよ」
冗談だと思っているのだろう。緊張がほぐれたのか、先ほどより大きくリベラルタスが笑う。
王宮に勤めるなら、姫付の侍従よりどちらかといえば王立図書館勤務がいいかな、いやいや厨房の食事係も美味しいかも、などとバカ話をして盛り上がっていれば、唐突にバターン!!と扉が開いた。
「…………」
王女だというのに、平民と向かい合って大口開けて笑っているところを、入ってきたスピネルに思い切り見られて、きまり悪さに仏頂面を装ってしまった。
入るなり、こちらに一瞥を浴びせたスピネル様はいつも以上に冷気をまとっている気がする。
眼光が鋭すぎる。これでは一般人は怯えてしまう。
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