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第十六話 怒り
しおりを挟む「貴女が働きたいというのなら、司法庁に是非いらしてください。結婚までなら融通をきかせられます。もっとも貴女には、貴女にしかできない仕事も役割もあり、お忙しいので何も無理に働かなくてもよいではないかと思うのですがね」
言われた言葉の内容に不快を感じる。
むっとして顔を上げた私に怜悧な美貌が厳しく見つめる。
この目でこう言われたら、何も言えずに黙りこむ令嬢の方が多いだろう。
1つは彼の整った容貌のせいで。もう1つは言葉の冷たさに。
しかし、私はそんなことに黙ったりしない。
「……どうして結婚まで、なんでしょうか?」
「どういう意味でしょうか」
「結婚したら、仕事を辞めろと?」
「そうなるしかないでしょう?」
当然だとばかりに頷くように言われ、呼吸が止まり、頭がシンと冷えた気がした。
私は結婚したらスタイラス家に入る。それがこの国での結婚の常識だ。
まだ公爵位はスピネル様の父君が持っているから、彼の家といっても領地の方か、王都の方の家か、どこに行くかはわからない。
しかし、なんで当たり前のようにそれを言われなければならないのか。私の人生のことなのに。
「なぜ、貴方に私の仕事の都合つけてもらわなければならないのですか? 私には課せられた仕事しかしてはいけないのですか? 私が選んだやりたい仕事は望めないのですか?」
震える声で一息に言う。この震えは恐怖ではない。怒りからだ。
王女としての身分と公務がある以上、私の選べる選択肢は限られている。
それなのに、大聖母になるという道をつぶしておきながら、今度は自分の息のかかった司法庁に入れと?
自分の意志も聞かずに勝手にそのように動き、外堀を埋めていく相手に憎しみすら覚えそうになる。
「私は特士です。自分の仕事を選べる権利があります。王女という身分は血で定められたもの。責務があるから公務はしますが、それ以外の仕事を私に命じるのは言語道断です」
元々、高邁な目的を持って特士という道を目指したわけではない。
しかし、こんな当たり前のように、誰かの決断に自分の未来を従わせられるような価値のないものではない。
身分というならば、人は私の王女という身分であり生まれ持った血に敬意を払うだろう。
しかし、王女という身分は私には単なる呪縛であり首の縄。
私が自分で望んで手に入れたのは特士という身分の方だ。
大聖堂で出会ったリベラルタスをふっと思いだした。
あの人なら、きっと、スピネルのように高圧的な物言いをすることはなかっただろう。
「貴方はどれだけ人を侮辱すれば気が済むのですか」
話している間にもどんどん感情が高ぶってきたのが自分でもわかる。
彼の前で立ち上がり、上から睨みつけた。
怒りのあまりに思わずしたことだったが効果があったようで、久しぶりに見下ろされることになった彼が目を見開いている。
「過去のことはともかく、今度は私の意志すら無視するのですか」
過去に私の容姿のことをけなされたり、引き受けざるを得ないと言われたことは別に私は怒ってはいない。
お互いに納得のいく婚約ではなかったのは、自分も彼もまだ子供で手札もなく、お互い家長の命令に従わなければならなかったからだ。
しかし、今は違う。もう彼は成人しているし、自分は戦える手段を手に入れたのだ。
彼に思う人がいるのなら、その人を手に入れようとして欲しかった。
私を踏み台にしてでも考えてほしかった。
幸せになる努力をしようとしてほしかったのに。
私の四年間を無碍にしようとしてることが私の努力への侮辱だと思うし、それに関して私は怒っている。
「自分の本当に欲しいものを、自分の力で手に入れようとすることもせずに諦めるような生命力のない男性はこちらから願い下げです。……貴方は私の夫となるのに相応しくない。私は貴方との結婚を望みません」
緊張感のある室内の雰囲気に圧倒されて、逃げそびれた侍女は強張った顔をしている。
彼女らに申し訳なく思いながらも、ドアの方に手を差し伸べ、スピネルに対して膝を曲げて礼を取った。
「どうぞ、お引き取りください」
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