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第十五話 説得と勧誘
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「エスコートは私となりますね。当日の打合せは、シェーラ妃殿下も含めてになりますか。私はこの手のことはあまり詳しくないのですが、婚約者からはアクセサリーを贈るのが通例だとか。それだとオーダーするということなら、早めにした方が……」
「……スピネル様は、私と出てかまわないのですか?」
彼の話を遮って話しかけてしまう。
このデビュタント、近親者以外の男性がエスコートとなるのは、将来を約束した関係だとお披露目するということなのだ。
「どういうことですか?」
「このまま進むと、本当に私と結婚せざるを得なくなりますが」
「そう決まっていることでしょう? 何をいまさら蒸し返すというのです」
「……私から貴方が逃げるチャンスは、今しかないのですよ?」
私が全力で作った、貴方が逃げるチャンス。
それを、なぜ貴方は利用しようとしないの?
そう尋ねているのに、その薄い色の目で静かに見つめ返された。
「私たちの結婚は、王の配慮です。そこに私たちの意志は入る必要はありません」
「貴方も望まぬ結婚をするくらいなら、自分の意志通りに生きたいと思いませんか? どうしてそこで諦めるのですか? 全部をただ受け止めるのはおかしいでしょう」
「ステラ様……?」
「全てを反抗するわけではない。ただそこにほんの少し妥協点を入れて、自分の意志を入れようとする……それすら許されないのはおかしいです。交渉すらしないでいいのですか?」
自分も彼も、立場として結婚することは求められている。
そこで、最低限満たすべき条件が「結婚」であるのなら、自分たちの妥協点は「言われた人以外と結婚する」であったり、結婚自体を嫌だと思うのなら「自分に別なる付加価値をつけて、結婚以上の利点や功績を提示し説得する」になるのだ。
そこまでやって、本当に逃げ切れなかったら諦めればいいのに、そこまで努力もしないで、この人は自分の将来を決められていいのだろうか。どうして何もしないで諦められるのだろう。
「スピネル様……貴方は誰か意中の方がございませんの?」
後ろでガチャンと音がした。
ルーエが、失礼しました、と頭を下げて、ワゴンの上に広がった紅茶を慌てて拭いている。
彼女から目を反らし、スピネルに改めて目を当てれば、彼はふいっと、私から目を反らした。
「……いるといえばいます」
珍しく煮え切らない態度の彼に焦れて、彼の前ではしたなくも握りこぶしを作る。
「それなら……っ」
「今日のところは、この話は置いておきましょう……姫ではなく、特士である貴女に対して公務でお話があります」
唐突に話を遮られてしまって、話の勢いの持って行き所がなくなってしまった。
しかも、特士としての私に? と内容に気を取られてしまって、スピネル様の思う人への追及はうやむやになってしまう。
まあいい、彼への説得はまた今度にしよう。
「今日は、本当はステラ様を司法庁に勧誘したくお願いに上がりました」
「はぁ?」
司法庁はスピネル様が勤めているところだ。
代々 スピネルの家、スタイラス家に繋がるものが多く勤めている。
同じ賢い筋として母方の実家も名高いが、こちらは学者になる者が多くて研究所の主となっている。だからこそカルマリン兄様が自然と私がこの中の一人になると思われていたようだが。
「特士への脅迫行為、無理な勧誘は禁じられておりますが、我が職場が良いところだというアピール自体は禁じられているわけではないですしね?」
激務の残業の温床だと有名な司法庁が良い職場だというのは初耳だ。
「えっと、それは司法庁長官であるディライト卿のお考えなのでしょうか」
「一応、卿の許可もとっております」
一応?
ということは、司法庁の考えではないらしい。
「ご存知でしょうけれど、私は聖堂教会に属しようとしているのですが……」
「聖堂教会に貴女にふさわしい役職は存在しないでしょう?」
なんでそのことを知っているのでしょうか、この人は。
それは確実に、あの大聖母職の騒ぎがの黒幕はこの人だと言っているも同然だ。
「それに貴女が修道女? 貴女が聖書を読むふりをして参考書を読んでいたことを皆知ってますよ。そんな貴女が修道女なんて、真面目にお勤めしている修道女たちに失礼ですよ」
ぐっ……。
痛いところを正確に無慈悲に突いてくる。敵となるものにピンポイントに容赦ないのは、さすがスピネル様だ。
「……スピネル様は、私と出てかまわないのですか?」
彼の話を遮って話しかけてしまう。
このデビュタント、近親者以外の男性がエスコートとなるのは、将来を約束した関係だとお披露目するということなのだ。
「どういうことですか?」
「このまま進むと、本当に私と結婚せざるを得なくなりますが」
「そう決まっていることでしょう? 何をいまさら蒸し返すというのです」
「……私から貴方が逃げるチャンスは、今しかないのですよ?」
私が全力で作った、貴方が逃げるチャンス。
それを、なぜ貴方は利用しようとしないの?
そう尋ねているのに、その薄い色の目で静かに見つめ返された。
「私たちの結婚は、王の配慮です。そこに私たちの意志は入る必要はありません」
「貴方も望まぬ結婚をするくらいなら、自分の意志通りに生きたいと思いませんか? どうしてそこで諦めるのですか? 全部をただ受け止めるのはおかしいでしょう」
「ステラ様……?」
「全てを反抗するわけではない。ただそこにほんの少し妥協点を入れて、自分の意志を入れようとする……それすら許されないのはおかしいです。交渉すらしないでいいのですか?」
自分も彼も、立場として結婚することは求められている。
そこで、最低限満たすべき条件が「結婚」であるのなら、自分たちの妥協点は「言われた人以外と結婚する」であったり、結婚自体を嫌だと思うのなら「自分に別なる付加価値をつけて、結婚以上の利点や功績を提示し説得する」になるのだ。
そこまでやって、本当に逃げ切れなかったら諦めればいいのに、そこまで努力もしないで、この人は自分の将来を決められていいのだろうか。どうして何もしないで諦められるのだろう。
「スピネル様……貴方は誰か意中の方がございませんの?」
後ろでガチャンと音がした。
ルーエが、失礼しました、と頭を下げて、ワゴンの上に広がった紅茶を慌てて拭いている。
彼女から目を反らし、スピネルに改めて目を当てれば、彼はふいっと、私から目を反らした。
「……いるといえばいます」
珍しく煮え切らない態度の彼に焦れて、彼の前ではしたなくも握りこぶしを作る。
「それなら……っ」
「今日のところは、この話は置いておきましょう……姫ではなく、特士である貴女に対して公務でお話があります」
唐突に話を遮られてしまって、話の勢いの持って行き所がなくなってしまった。
しかも、特士としての私に? と内容に気を取られてしまって、スピネル様の思う人への追及はうやむやになってしまう。
まあいい、彼への説得はまた今度にしよう。
「今日は、本当はステラ様を司法庁に勧誘したくお願いに上がりました」
「はぁ?」
司法庁はスピネル様が勤めているところだ。
代々 スピネルの家、スタイラス家に繋がるものが多く勤めている。
同じ賢い筋として母方の実家も名高いが、こちらは学者になる者が多くて研究所の主となっている。だからこそカルマリン兄様が自然と私がこの中の一人になると思われていたようだが。
「特士への脅迫行為、無理な勧誘は禁じられておりますが、我が職場が良いところだというアピール自体は禁じられているわけではないですしね?」
激務の残業の温床だと有名な司法庁が良い職場だというのは初耳だ。
「えっと、それは司法庁長官であるディライト卿のお考えなのでしょうか」
「一応、卿の許可もとっております」
一応?
ということは、司法庁の考えではないらしい。
「ご存知でしょうけれど、私は聖堂教会に属しようとしているのですが……」
「聖堂教会に貴女にふさわしい役職は存在しないでしょう?」
なんでそのことを知っているのでしょうか、この人は。
それは確実に、あの大聖母職の騒ぎがの黒幕はこの人だと言っているも同然だ。
「それに貴女が修道女? 貴女が聖書を読むふりをして参考書を読んでいたことを皆知ってますよ。そんな貴女が修道女なんて、真面目にお勤めしている修道女たちに失礼ですよ」
ぐっ……。
痛いところを正確に無慈悲に突いてくる。敵となるものにピンポイントに容赦ないのは、さすがスピネル様だ。
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