15 / 43
第十三話 合格おめでとう2
しおりを挟む
「……」
その晴れ晴れとした彼とは逆に、こちらの方は言葉が詰まって、返事ができなかった。
思いがけない言葉を言われ、ぽかんとしてしまったのもあったが、たったこれだけのために、最悪懲罰の対象にもなることをこの人はしているのだ。
許された者以外が王族に直接意見を述べ、声をかけることは侮辱罪にあたるから。
法を修めている特士が、そのことを知らないはずはない。
それなのに、この人は、私に直接お祝いを述べてくれた。
しかも同じ努力をしてきた立場の人からのお祝いをもらったのは初めてだった。
目を何度かしばたたかせて、相手をまじまじと見つめる。
ああ、そうだ。この人は自分と同じ苦しさを知っている。
それどころか、きっとこの人は自分より大変だったに違いない。
特士となるのは、ほぼ全員が貴族出身である。
彼は家名を名乗らなかったことからも、きっと平民だろう。
合格するために勉強をし続けるためには相当裕福な家の出か、そうでなかったとしてもパトロンを上手くつけることのできた人しか受験する余裕はない。
この国の就職は縁故で徒弟制度がメインということは、職業に必要な教育しか施されないということにもなっていて全般的にこの国は教育水準が低い。つまり教養は一部の人間の占有財産に近いのだ。
まず受験をできる環境を得ているかどうかからスタートし、合格するにはある程度の準備期間が必要で、一生費やしても受からなかった人だっている。
自分のスタートラインとは違い、彼はどのようにそれを工面したかは知らない。
しかし、彼は私のその恵まれた環境を羨んだり、妬んだりはせず、ただ、私の努力が実ったことを褒めてくれた。
きっと、自分の知らないところでこの人も、血のにじむような努力をしてきたのだろう。
そして相手も同じく、合格を誰かと分かち合いたかったのだろう。同じ合格者同士で。
しかし、そんなことができる相手は身近にいなかったのだ。
だから、私に声をかけたのかもしれない。
その一言に、彼のそんな背景が透けて見えた。
私は大きく頷いた。
「リベラルタスと言いましたね。どちらの貴族の後見での出願ですか?」
「はい、エンドラ公爵様です」
ああ、やはり。彼は平民だ。しかし自分の身元を保証する貴族に公爵を立てるなんて、彼は相当優秀なのだろう。
「……ありがとう、リベラルタス。そして、そなたも合格おめでとう。お互いにこれから国家に対して誠実に、職務を忠実に行い頑張りましょう」
おめでとう。貴方の未来に幸あれ。
「ありがたいお言葉……。自分は司法庁に籍を望んでおりますが、誠心誠意、勤めることを誓います」
司法庁……スピネル様のところにか。激務で有名なあそこに行くとは、なかなかやる気に満ちているようだ。
「叙任式でお会いしましょう。それまで息災に」
そう声をかけるとリベラルタスは感極まったように頭を低く下げ、それから侍女たちにももう一度頭を下げてから去っていく。
それを王女らしく頷いて受け取り、改めて背を向けて祭壇の方に歩き、お祈りを続けようとして……頭を抱えそうになった。
……しまった。格好つけすぎた。
あれでは特士として、自分がどこかに仕事をしにいくような言い回しだ。
リベラルタスの口から、王女ステラはどこかに特士として働くらしいと周囲に触れ回られるかもしれない。
実際のところ、自分の職業の希望はことごとく潰されたり邪魔されたりしているので、八方塞がりであるというのに。
「まさか……あの者もスピネル様の回し者ではないでしょうね」
「ステラ様……スピネル様をなんだと思っていらっしゃるのですが」
私の失言を誘うためにスピネルが送り込んだのかも、とロジャーにこぼしたら、さすがに疑心暗鬼すぎますよ、とたしなめられてしまった。
もう会うこともないだろう平民出身の彼。
特士同士でも、彼とは違う道を進むだろう自分は、もう彼と話せる機会もないだろうから。
――そう思っていたのだが。
しかしまさかこの後、彼と深く関わりあうようになるとは、思ってもみなかった。
その晴れ晴れとした彼とは逆に、こちらの方は言葉が詰まって、返事ができなかった。
思いがけない言葉を言われ、ぽかんとしてしまったのもあったが、たったこれだけのために、最悪懲罰の対象にもなることをこの人はしているのだ。
許された者以外が王族に直接意見を述べ、声をかけることは侮辱罪にあたるから。
法を修めている特士が、そのことを知らないはずはない。
それなのに、この人は、私に直接お祝いを述べてくれた。
しかも同じ努力をしてきた立場の人からのお祝いをもらったのは初めてだった。
目を何度かしばたたかせて、相手をまじまじと見つめる。
ああ、そうだ。この人は自分と同じ苦しさを知っている。
それどころか、きっとこの人は自分より大変だったに違いない。
特士となるのは、ほぼ全員が貴族出身である。
彼は家名を名乗らなかったことからも、きっと平民だろう。
合格するために勉強をし続けるためには相当裕福な家の出か、そうでなかったとしてもパトロンを上手くつけることのできた人しか受験する余裕はない。
この国の就職は縁故で徒弟制度がメインということは、職業に必要な教育しか施されないということにもなっていて全般的にこの国は教育水準が低い。つまり教養は一部の人間の占有財産に近いのだ。
まず受験をできる環境を得ているかどうかからスタートし、合格するにはある程度の準備期間が必要で、一生費やしても受からなかった人だっている。
自分のスタートラインとは違い、彼はどのようにそれを工面したかは知らない。
しかし、彼は私のその恵まれた環境を羨んだり、妬んだりはせず、ただ、私の努力が実ったことを褒めてくれた。
きっと、自分の知らないところでこの人も、血のにじむような努力をしてきたのだろう。
そして相手も同じく、合格を誰かと分かち合いたかったのだろう。同じ合格者同士で。
しかし、そんなことができる相手は身近にいなかったのだ。
だから、私に声をかけたのかもしれない。
その一言に、彼のそんな背景が透けて見えた。
私は大きく頷いた。
「リベラルタスと言いましたね。どちらの貴族の後見での出願ですか?」
「はい、エンドラ公爵様です」
ああ、やはり。彼は平民だ。しかし自分の身元を保証する貴族に公爵を立てるなんて、彼は相当優秀なのだろう。
「……ありがとう、リベラルタス。そして、そなたも合格おめでとう。お互いにこれから国家に対して誠実に、職務を忠実に行い頑張りましょう」
おめでとう。貴方の未来に幸あれ。
「ありがたいお言葉……。自分は司法庁に籍を望んでおりますが、誠心誠意、勤めることを誓います」
司法庁……スピネル様のところにか。激務で有名なあそこに行くとは、なかなかやる気に満ちているようだ。
「叙任式でお会いしましょう。それまで息災に」
そう声をかけるとリベラルタスは感極まったように頭を低く下げ、それから侍女たちにももう一度頭を下げてから去っていく。
それを王女らしく頷いて受け取り、改めて背を向けて祭壇の方に歩き、お祈りを続けようとして……頭を抱えそうになった。
……しまった。格好つけすぎた。
あれでは特士として、自分がどこかに仕事をしにいくような言い回しだ。
リベラルタスの口から、王女ステラはどこかに特士として働くらしいと周囲に触れ回られるかもしれない。
実際のところ、自分の職業の希望はことごとく潰されたり邪魔されたりしているので、八方塞がりであるというのに。
「まさか……あの者もスピネル様の回し者ではないでしょうね」
「ステラ様……スピネル様をなんだと思っていらっしゃるのですが」
私の失言を誘うためにスピネルが送り込んだのかも、とロジャーにこぼしたら、さすがに疑心暗鬼すぎますよ、とたしなめられてしまった。
もう会うこともないだろう平民出身の彼。
特士同士でも、彼とは違う道を進むだろう自分は、もう彼と話せる機会もないだろうから。
――そう思っていたのだが。
しかしまさかこの後、彼と深く関わりあうようになるとは、思ってもみなかった。
10
お気に入りに追加
4,783
あなたにおすすめの小説

私は何も知らなかった
まるまる⭐️
恋愛
「ディアーナ、お前との婚約を解消する。恨むんならお前の存在を最後まで認めなかったお前の祖父シナールを恨むんだな」 母を失ったばかりの私は、突然王太子殿下から婚約の解消を告げられた。
失意の中屋敷に戻ると其処には、見知らぬ女性と父によく似た男の子…。「今日からお前の母親となるバーバラと弟のエクメットだ」父は女性の肩を抱きながら、嬉しそうに2人を紹介した。え?まだお母様が亡くなったばかりなのに?お父様とお母様は深く愛し合っていたんじゃ無かったの?だからこそお母様は家族も地位も全てを捨ててお父様と駆け落ちまでしたのに…。
弟の存在から、父が母の存命中から不貞を働いていたのは明らかだ。
生まれて初めて父に反抗し、屋敷を追い出された私は街を彷徨い、そこで見知らぬ男達に攫われる。部屋に閉じ込められ絶望した私の前に現れたのは、私に婚約解消を告げたはずの王太子殿下だった…。
婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?
ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。
13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。
16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。
そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか?
ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯
婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。
恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇

旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか
砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。
そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。
しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。
ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。
そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。
「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」
別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。
そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。

【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~
参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。
二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。
アイシアはじっとランダル様を見つめる。
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」
「何だ?」
「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」
「は?」
「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」
婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。
傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。
「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」
初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。
(あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?)
★小説家になろう様にも投稿しました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる