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第十話 なりふりかまっていられない2
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「このような変な口実で横やりを入れたりするメリットがあるのですか?」
「これ、お前と結婚したいスピネルの嫌がらせだろ?」
スピネル様と親しい友人でもあるカルマリン兄様は苦虫を噛み潰したような顔をしているが。
「それはないでしょう」
即答できる。
まず、私のことをスピネル様は別に好きではない。
次に帝国最高試験を受験して合格したのは婚約破棄するための手段であって、それ自体をスタイラス家が喜ぶようなものではないのだ。
私とスピネル様の結婚は元々決まっていて、私が「趣味」で受験したようなもので、あくまで余録。
悲しいことに元々私に求められているのは才覚より、王家の血の方なのだから。
「まー、大聖母を排斥しようとするのはわかるな。あいつ上手いわ。帝国最高試験は身分制度も職業の硬直性があるこの国で、身分を越えて仕事を選べるほぼ唯一の方法であり、成り上がりのチャンスでもある。
そのお前という特士の『修道女になり、大聖母になる』という正当な意思を破棄させることは王の名の下に行われている試験の前提を覆すことになってしまう。ステラの希望は王家の威信をかけて叶えられなければならない。お前と結婚したいからとその希望を否定したり辞めさせるよう運動することは、王家に対する反逆にも値するからできない。それならば、その役職自体をなくしてお前の修道院入りを避けさせるのが一番いいもんな」
感心したようにうなずく兄に頭痛を覚える。
そんなスピネル様が私と結婚したいという意図がある前提でつじつまを合わせないでほしいのだけど。
「そうだとしても、私が大聖母になれなくても修道女になれば結婚できないのは同じですよ?」
大聖母という役職自体が失われても王家の方はそれほど困らない。
困るのは王家の名目上の後ろ盾を失う教会の方だ。先ほど兄王子に説明したように教会内での信者の動きと教会への求心力に問題が起きることが予想できるからだ。
自分の大聖母になりたいという希望は王族の子女として最も受け入れられやすいものだったからだけで、それなら単に「修道女になりたい」という希望にすり替えればいいだけの話。
普通に教会に入り修道女として一生を捧げる……と誓えばいい。
「王家の女が修道院で他所の女と一緒に暮らせると思ってないんじゃないの?」
……それは言える。自分でもそう思ってしまう。しかし、ここははったりでも否定せねば。
「あら、ずいぶんとバカにされてますね。でもいざとなったら還俗するという方法も世の中にありますしね」
「やっぱりスピネルと結婚したくないから修道院に逃げ込むつもりなんじゃないかよ!」
兄の言うことは正しくもあり、間違ってもあり、だ。しかし、都合のいい勘違いをしてくれているようだったので黙っておこう。
「でも、スピネルと結婚したくないなら、なんでそう言わないんだ? 婚約解消できなくないだろ? 確かに今更ではあるけどさ。どうしてこんな回りくどい真似するんだ……。お前、誰とも結婚したくないってことなのか? でもそれって、王族に生まれてて無理だろうしさ」
露骨に面倒くさそうな顔をして説得しようとしてくる兄に、ため息をついた。
「お兄様……いつの時代にも、どの世界にも、世の中の仕組みになじめない存在はあるのですよ」
そして、窓から遠くを何気なく眺める。
その姿はきっと、世の慣習に馴染めない、囚われの身を嘆く姫の姿に見える……かもしれない。私が大根女優でなければ。
ほうっておいても兄の頭は勝手に憶測で一杯になってくれるだろうからそれ以上はあえて言わずに黙っておこう。
私がスピネル様と結婚したくないわけではないのです。
スピネル様が私と結婚したくないのです。
そして私が外国に嫁ぎたくないのです。
この全てを叶えたいのです。
「そのようなことはおいといて。この件に関しては口外は無用ですよ。お兄様」
兄に向き直ってしーっと子供のように指を口の前に立てたが。
「言えるわけないだろ」
呆れたようにため息をつかれてしまった。
それにしても、スピネル様は何を考えて、教会に手を回すようなことをなさったのだろうか。
確かにこれがスピネル様が首謀者という証拠はないが、可能性がどうしても否めない。
私に無礼なことを言ったと、過去のことを持ち出されて立場が悪くなることを恐れて、慌ててフォローに走っているのだろうか。
いや、彼は覚えていなかったようだから、それはおかしい。
本当に、彼の行動の理由が分からない。
「これ、お前と結婚したいスピネルの嫌がらせだろ?」
スピネル様と親しい友人でもあるカルマリン兄様は苦虫を噛み潰したような顔をしているが。
「それはないでしょう」
即答できる。
まず、私のことをスピネル様は別に好きではない。
次に帝国最高試験を受験して合格したのは婚約破棄するための手段であって、それ自体をスタイラス家が喜ぶようなものではないのだ。
私とスピネル様の結婚は元々決まっていて、私が「趣味」で受験したようなもので、あくまで余録。
悲しいことに元々私に求められているのは才覚より、王家の血の方なのだから。
「まー、大聖母を排斥しようとするのはわかるな。あいつ上手いわ。帝国最高試験は身分制度も職業の硬直性があるこの国で、身分を越えて仕事を選べるほぼ唯一の方法であり、成り上がりのチャンスでもある。
そのお前という特士の『修道女になり、大聖母になる』という正当な意思を破棄させることは王の名の下に行われている試験の前提を覆すことになってしまう。ステラの希望は王家の威信をかけて叶えられなければならない。お前と結婚したいからとその希望を否定したり辞めさせるよう運動することは、王家に対する反逆にも値するからできない。それならば、その役職自体をなくしてお前の修道院入りを避けさせるのが一番いいもんな」
感心したようにうなずく兄に頭痛を覚える。
そんなスピネル様が私と結婚したいという意図がある前提でつじつまを合わせないでほしいのだけど。
「そうだとしても、私が大聖母になれなくても修道女になれば結婚できないのは同じですよ?」
大聖母という役職自体が失われても王家の方はそれほど困らない。
困るのは王家の名目上の後ろ盾を失う教会の方だ。先ほど兄王子に説明したように教会内での信者の動きと教会への求心力に問題が起きることが予想できるからだ。
自分の大聖母になりたいという希望は王族の子女として最も受け入れられやすいものだったからだけで、それなら単に「修道女になりたい」という希望にすり替えればいいだけの話。
普通に教会に入り修道女として一生を捧げる……と誓えばいい。
「王家の女が修道院で他所の女と一緒に暮らせると思ってないんじゃないの?」
……それは言える。自分でもそう思ってしまう。しかし、ここははったりでも否定せねば。
「あら、ずいぶんとバカにされてますね。でもいざとなったら還俗するという方法も世の中にありますしね」
「やっぱりスピネルと結婚したくないから修道院に逃げ込むつもりなんじゃないかよ!」
兄の言うことは正しくもあり、間違ってもあり、だ。しかし、都合のいい勘違いをしてくれているようだったので黙っておこう。
「でも、スピネルと結婚したくないなら、なんでそう言わないんだ? 婚約解消できなくないだろ? 確かに今更ではあるけどさ。どうしてこんな回りくどい真似するんだ……。お前、誰とも結婚したくないってことなのか? でもそれって、王族に生まれてて無理だろうしさ」
露骨に面倒くさそうな顔をして説得しようとしてくる兄に、ため息をついた。
「お兄様……いつの時代にも、どの世界にも、世の中の仕組みになじめない存在はあるのですよ」
そして、窓から遠くを何気なく眺める。
その姿はきっと、世の慣習に馴染めない、囚われの身を嘆く姫の姿に見える……かもしれない。私が大根女優でなければ。
ほうっておいても兄の頭は勝手に憶測で一杯になってくれるだろうからそれ以上はあえて言わずに黙っておこう。
私がスピネル様と結婚したくないわけではないのです。
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そして私が外国に嫁ぎたくないのです。
この全てを叶えたいのです。
「そのようなことはおいといて。この件に関しては口外は無用ですよ。お兄様」
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「言えるわけないだろ」
呆れたようにため息をつかれてしまった。
それにしても、スピネル様は何を考えて、教会に手を回すようなことをなさったのだろうか。
確かにこれがスピネル様が首謀者という証拠はないが、可能性がどうしても否めない。
私に無礼なことを言ったと、過去のことを持ち出されて立場が悪くなることを恐れて、慌ててフォローに走っているのだろうか。
いや、彼は覚えていなかったようだから、それはおかしい。
本当に、彼の行動の理由が分からない。
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