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第五話 妹姫マリアンヌ
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来訪の知らせがあったのは突然のことだった。
2つ年下の妹姫が急に逢いたいと面会を申し込んできたのだ。
妹といってもマリアンヌは腹違いで正妃様の娘で私より身分が上だ。
私は側妃の娘であるのに正妃様の子供達はみな、私のことをちゃんと姉妹として仲良くしてくれるし、私も彼らが大好きだ。
同じ王宮内に住んでいるとはいえ、自分と彼女では違う塔を与えられて居住しているため、顔を合わせるにはあらかじめ約束が必要だ。
ほとんど違う家に住んでいる者同士みたいなものだ。
もちろん先触れはあったのだけれど、このように半ば強引に押しかけられるというのは、過去にはあまりなかった。
いったいどうしたのだろう、と思ったが、最近会えてなかったので嬉しくなって迎え入れたら。
「お姉様、いったいどういうことですの?」
開口一番、逆に問い詰められて、えっと、と思わず目が泳いでしまった。
「いやですわ、そんな怖い顔をして、マリアンヌったら、可愛い顔が台無しよ?」
怒っていてもマリアンヌは天使のように愛らしいのだけれど。
銀色の流れるような髪にバラ色の頬。深い蒼色の瞳は夜の空のようで。普段はあまり口を開かない分、その唇から洩れる言葉はとても重く感じる。
「それで、どうしたのかしら? 貴方の好きなお茶を淹れさせるから、とりあえず落ち着いて……」
「これが落ち着いてられる話ですか!? 怖い顔になるのも当たり前ですっ。話をききましたわよ、お姉様。スピネル様はあんなにもお姉様のことを思ってらっしゃるのに婚約破棄なさろうとするなんて!」
すごい剣幕である。
なんだかよくわからないけれど、妹姫はものすごく怒っていらっしゃる。
「何をおっしゃるの。貴方の目はそんなに大きくて綺麗なのに、ちゃんと見えてませんわよ」
落ち着かせるように、引きつり笑いをしてなだめようとしたが、マリアンヌの怒りは収まらない。
スピネル様が私を思うなんてありえないと誰よりも私が知っている。
これは嫉妬というやつなのかしら? と思うと、妹の可愛らしい恋に思わず微笑んでしまう。12歳といえば、もうそんな年頃ねえ、と姉目線で、彼女が自分に付きまとっていた可愛い頃を思い出してしまう。
しかし、この可憐な姫は美しいからこそ、他の国へと嫁がされる運命である。
自分が抜け駆けしてしまったから、と思うと胸が痛んだ。
妹姫に婚約者を譲り、自分が代わりに嫁ぐことは、自分が特士となった以上、もう不可能だからである。
しかし、スピネルとマリアンヌが並んだところを想像すると……うわぁ、美男美女だわ、お似合いだわ。
我ながら、そちらの方が眼福だと言いきれてしまうのが悲しい。
「貴方がスピネル様を思っているとしても、その恋は難しいでしょうね」
そう困ったように微笑んだら、首をぶんぶん振るという全力の否定が返ってきた。知らないうちにフラれていたスピネル様に、なんとなく申し訳ない気分になってしまったが。
「はぁ? なに変なこと言ってるんですか!? 見えてないのはお姉様の方ですからねっ。あんなに明らかなのにぃ!」
きぃぃっと興奮している妹を、首を傾げて見つめる。
何を根拠にして、マリアンヌはスピネル様が私を好きだなんて思いこんでいるのだろう。
婚約しているからといえ、恋をしているとは限らないというのを知り尽くしているだろう立場なのに。
ここでスピネルに過去に言われたことを言ってしまったら、自分がまるで陰口を叩いているようになってしまうから、それは黙っているつもりではあるけれど。
珍しく拗ねているのか怒っているのかさっぱりわからない妹に手を焼いていると、そこにまた侍女が伝言をもってくる。
「スピネル様がいらっしゃいました。どうなさいましょう?」
その言葉を聞いて、マリアンヌと思わず顔を見合わせてしまった。
朝に王宮に来て帰っていったスピネルがまた来た!?
一体何をしに?
それに、一臣下が王族に対して会いたいと思うなら、まず面会を申し込むのが礼儀だ。
すぐに会いたいと申請したり、直接訪れること自体がルール違反である。それが婚約者……身内になる予定の人物ならその限りではないが。
つまり、この面会をしたいと言ってるのはスタイラス公爵家のスピネルではなく、ステラ王女の婚約者であるスピネルと暗に言っているのも同然で。
司法庁に籍を置き、法の番人でもあるスピネルはそういうところはひどく真面目だから、意図的なのは間違いないだろう。
婚約解消をするつもりはない? なんで?
スピネルにとっては、もろ手を挙げて歓迎すべきことじゃなかったの?
混乱したが、今はマリアンヌがここにいる。予定のバッティングなら、後から来た人を断るべきであろう。
しかし。
「私は帰りますので、お姉様はちゃんとスピネル様とお話しなさってくださいね!」
妹は優雅に礼を取ると、そそくさと帰ってしまった。
私としては、マリアンヌをダシにしてスピネル様をお断りしたいと思っていたのに残念である。
一言でいえば、会うのはとても気まずい。
婚約破棄を願い出た間柄で、何を話せばよいというのだろうか。
むしろ、スピネル様は何をしに私のところまで来たのやら。
あれやこれやと想像しているうちにも、侍女たちが今度はスピネル様を出迎えるための支度をしてくれて、先ほどぶりの元婚約者とのご対面になった。
2つ年下の妹姫が急に逢いたいと面会を申し込んできたのだ。
妹といってもマリアンヌは腹違いで正妃様の娘で私より身分が上だ。
私は側妃の娘であるのに正妃様の子供達はみな、私のことをちゃんと姉妹として仲良くしてくれるし、私も彼らが大好きだ。
同じ王宮内に住んでいるとはいえ、自分と彼女では違う塔を与えられて居住しているため、顔を合わせるにはあらかじめ約束が必要だ。
ほとんど違う家に住んでいる者同士みたいなものだ。
もちろん先触れはあったのだけれど、このように半ば強引に押しかけられるというのは、過去にはあまりなかった。
いったいどうしたのだろう、と思ったが、最近会えてなかったので嬉しくなって迎え入れたら。
「お姉様、いったいどういうことですの?」
開口一番、逆に問い詰められて、えっと、と思わず目が泳いでしまった。
「いやですわ、そんな怖い顔をして、マリアンヌったら、可愛い顔が台無しよ?」
怒っていてもマリアンヌは天使のように愛らしいのだけれど。
銀色の流れるような髪にバラ色の頬。深い蒼色の瞳は夜の空のようで。普段はあまり口を開かない分、その唇から洩れる言葉はとても重く感じる。
「それで、どうしたのかしら? 貴方の好きなお茶を淹れさせるから、とりあえず落ち着いて……」
「これが落ち着いてられる話ですか!? 怖い顔になるのも当たり前ですっ。話をききましたわよ、お姉様。スピネル様はあんなにもお姉様のことを思ってらっしゃるのに婚約破棄なさろうとするなんて!」
すごい剣幕である。
なんだかよくわからないけれど、妹姫はものすごく怒っていらっしゃる。
「何をおっしゃるの。貴方の目はそんなに大きくて綺麗なのに、ちゃんと見えてませんわよ」
落ち着かせるように、引きつり笑いをしてなだめようとしたが、マリアンヌの怒りは収まらない。
スピネル様が私を思うなんてありえないと誰よりも私が知っている。
これは嫉妬というやつなのかしら? と思うと、妹の可愛らしい恋に思わず微笑んでしまう。12歳といえば、もうそんな年頃ねえ、と姉目線で、彼女が自分に付きまとっていた可愛い頃を思い出してしまう。
しかし、この可憐な姫は美しいからこそ、他の国へと嫁がされる運命である。
自分が抜け駆けしてしまったから、と思うと胸が痛んだ。
妹姫に婚約者を譲り、自分が代わりに嫁ぐことは、自分が特士となった以上、もう不可能だからである。
しかし、スピネルとマリアンヌが並んだところを想像すると……うわぁ、美男美女だわ、お似合いだわ。
我ながら、そちらの方が眼福だと言いきれてしまうのが悲しい。
「貴方がスピネル様を思っているとしても、その恋は難しいでしょうね」
そう困ったように微笑んだら、首をぶんぶん振るという全力の否定が返ってきた。知らないうちにフラれていたスピネル様に、なんとなく申し訳ない気分になってしまったが。
「はぁ? なに変なこと言ってるんですか!? 見えてないのはお姉様の方ですからねっ。あんなに明らかなのにぃ!」
きぃぃっと興奮している妹を、首を傾げて見つめる。
何を根拠にして、マリアンヌはスピネル様が私を好きだなんて思いこんでいるのだろう。
婚約しているからといえ、恋をしているとは限らないというのを知り尽くしているだろう立場なのに。
ここでスピネルに過去に言われたことを言ってしまったら、自分がまるで陰口を叩いているようになってしまうから、それは黙っているつもりではあるけれど。
珍しく拗ねているのか怒っているのかさっぱりわからない妹に手を焼いていると、そこにまた侍女が伝言をもってくる。
「スピネル様がいらっしゃいました。どうなさいましょう?」
その言葉を聞いて、マリアンヌと思わず顔を見合わせてしまった。
朝に王宮に来て帰っていったスピネルがまた来た!?
一体何をしに?
それに、一臣下が王族に対して会いたいと思うなら、まず面会を申し込むのが礼儀だ。
すぐに会いたいと申請したり、直接訪れること自体がルール違反である。それが婚約者……身内になる予定の人物ならその限りではないが。
つまり、この面会をしたいと言ってるのはスタイラス公爵家のスピネルではなく、ステラ王女の婚約者であるスピネルと暗に言っているのも同然で。
司法庁に籍を置き、法の番人でもあるスピネルはそういうところはひどく真面目だから、意図的なのは間違いないだろう。
婚約解消をするつもりはない? なんで?
スピネルにとっては、もろ手を挙げて歓迎すべきことじゃなかったの?
混乱したが、今はマリアンヌがここにいる。予定のバッティングなら、後から来た人を断るべきであろう。
しかし。
「私は帰りますので、お姉様はちゃんとスピネル様とお話しなさってくださいね!」
妹は優雅に礼を取ると、そそくさと帰ってしまった。
私としては、マリアンヌをダシにしてスピネル様をお断りしたいと思っていたのに残念である。
一言でいえば、会うのはとても気まずい。
婚約破棄を願い出た間柄で、何を話せばよいというのだろうか。
むしろ、スピネル様は何をしに私のところまで来たのやら。
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