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第一話 合格発表の日
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ここは王宮の中の一室。
祈るような心持ちで私がそわそわ待っていたら、重い扉が勢いよく開かれた。
「ステラ様おめでとうございます」
そして、挨拶より先に祝辞の言葉が掛けられた。
「スピネル様!いらしてくれてありがとうございます」
聞き覚えのあるその声を聞いて椅子から立ち上がり、笑顔になる自分を止められなかった。
いそいそと彼の元まで仔犬のように駆けていく私を、行儀が悪いと止める人は今日だけはいないだろう。
朝早くに私の元まで届けられた一枚の書状。
そこに書かれている内容を誰よりも伝えて分かち合いたかった人が、目の前にいる。
彼がここ、リャルド王族の居室に上がってくるのを、私はずっと待っていたのだ。
少し息を切らしているような彼を見上げた瞬間、この四年間の記憶がぶわっと流れた。
ああ、これはもしかしたら死ぬ前に見るという走馬灯のようなというアレだろうか。
いえ、ここで死にたくはないのだけれど。
彼ことスタイラス公爵家の嫡男であるスピネル様は、9歳の時からのこのリャルド王国の王女である私の婚約者だ。
女の私から見ても、女性受けするような整った顔立ちをしている、と思う。
薄い金色の髪に冷たいような印象を受ける、冴えた薄い青い瞳。
その印象を裏切らないくらい、あまり感情を表に出さない人だった。
初めて聞いた時より、随分と低くなった声。
初めて逢った時より、かなり高くなった背。
その過去の記憶と現実の彼の差も、私たちの間に流れた時間の長さを物語っていただろう。
自分が視線を前にすれば、彼の胸しか見えない。それくらいにもう身長差がついてしまった。
その隣に立つ私がまるで彼の引き立て役だと陰で囁かれていたのも知っていて、それを自分でも納得していたのは彼のおかげ。
下手に自分の容姿に期待せずにいられたのは、彼が現実を教えてくれていたからだ。
金色の髪を持つことが多い王家の血を引くのに、私に隔世遺伝した濃くて太い栗色の髪は凡庸で。
それに低い鼻で丸顔で、垂れた目に厚い唇。それが醜いものだったと誰も教えてくれるような人はいなかったのだから。
「まさか、たった四年の勉強期間で合格なさるとは……合格すること自体が奇跡に近い確率なのに。そしてお疲れ様でした。貴方が帝国最高試験に挑戦するとおっしゃった時はなんの冗談かと思いましたがね」
「合格するために努力してきたのですもの。合格しなかったら意味がないでしょう?」
受験はしても合格すると思わなかったと言われているようで、さすがにむっとしてしまう。
しかし、彼のその口の悪いところはもう慣れていた。
それに、皮肉っぽい笑みだけれど、声音はどこか嬉しそうに聞こえるのは私の希望的観測だろうか。
この世界に存在するありとあらゆる試験の中で、最も難しいと言われる試験。“帝国最高試験”
それが私ことステラ、リャルド王国の国王の二女である自分が四年がかりで準備をして挑戦し、合格をもぎとった試験だった。
王家の人間が挑戦するということだけでも、世間でも注目を浴びていたようだった。
しかもそれが女である私だったことでも、口さがない者からは嫌みや嘲りもあったようだったが、勉学に励む私の耳には、そのまますり抜けていった。
それどころではなかったから。
「まずお祝いを述べることばかりに気がせいて、お祝いも持ってきておりませんでした。申し訳ありません」
そうどこか気恥ずかしそうにするスピネル様に、お気遣いいりませんのに、とほほ笑む。
出会った頃は仏頂面しか見せない彼だったが、そのうち私のこの見苦しい顔にも慣れたのか、その目に感情をのせてくれるようになったのは嬉しかった。
やはり、どんな相手でも仏頂面をされるより、笑顔の方がほっとするから。
「スピネル、王宮に来てたのか」
私がスピネル様から祝辞を受けていたら、誰かの声がした。
振り返れば、腹違いの兄であり、この国の王太子でもあるカルマリン王子だった。そしてその後ろには王である父が。
スピネル様を呼び出したのは私が普段住んでいる塔ではなく、王族のいわゆる私的空間であったので彼らが城の中で行う仕事場に近い。
私たちの声を聞きつけて顔を出したのだろうか。
「カルマリン様に陛下!?」
慌てて頭を下げて臣下の礼をとろうとするスピネル様に、父は手を振ってそれをやめさせる。
「ああ、挨拶なんぞしなくていい。ステラの祝いに来たのだろう?」
「朝一に早馬が来て報告を受けて城中大騒ぎだったよ」
嬉しそうに笑う兄と、顎髭を撫でながらそれに頷く父も。侍女も女官も近侍も護衛も、ただただ喜んでくれている。
正直いって、今まで生きてきた中で、今が一番嬉しくて幸せだ。
ああ、ずっと夢見ていた。この時を。
この4年間の努力は、このためだったのだから。
生まれた時から才媛だ、優秀だ、と言われてきていても、ずっと続く勉学が辛くないといったら嘘になる。
それを乗り越えてこうして栄冠を手に入れられたのは、目標があったからだ。
私は手をぎゅっと握りしめ、一つ大きく息を吐く。
だから、失敗しない。
あんなに妄想の中で練習してきたのだもの。
よかった。本当に。彼のために頑張った自分を褒めてあげたい。間に合って本当によかった。
顔をあげて最高の笑顔を作る。
いや、喜びのあまりに勝手に笑顔になってしまうのだけれど。
「お待たせいたしましたわ、スピネル様。婚約解消いたしましょう!!」
そう高らかに宣言したら、賑わっていた場が一気に静まりかえり。
――それから、大騒ぎになった。
********
このお話は現在既に連載しているファンタジージャンルの
「婚約破棄された公爵令嬢のお嬢様がいい人すぎて悪女になれないようなので異世界から来た私が代わりにざまぁしていいですか?」
と同じ世界で同じ時系列での話の予定で(スピンオフとはちょっと違う?)同じキャラが出て来る予定です。
1つの物事を別の視点から見たらどうなるか、など様々挑戦してみたいので、両方とも読んでくださると嬉しいです。
祈るような心持ちで私がそわそわ待っていたら、重い扉が勢いよく開かれた。
「ステラ様おめでとうございます」
そして、挨拶より先に祝辞の言葉が掛けられた。
「スピネル様!いらしてくれてありがとうございます」
聞き覚えのあるその声を聞いて椅子から立ち上がり、笑顔になる自分を止められなかった。
いそいそと彼の元まで仔犬のように駆けていく私を、行儀が悪いと止める人は今日だけはいないだろう。
朝早くに私の元まで届けられた一枚の書状。
そこに書かれている内容を誰よりも伝えて分かち合いたかった人が、目の前にいる。
彼がここ、リャルド王族の居室に上がってくるのを、私はずっと待っていたのだ。
少し息を切らしているような彼を見上げた瞬間、この四年間の記憶がぶわっと流れた。
ああ、これはもしかしたら死ぬ前に見るという走馬灯のようなというアレだろうか。
いえ、ここで死にたくはないのだけれど。
彼ことスタイラス公爵家の嫡男であるスピネル様は、9歳の時からのこのリャルド王国の王女である私の婚約者だ。
女の私から見ても、女性受けするような整った顔立ちをしている、と思う。
薄い金色の髪に冷たいような印象を受ける、冴えた薄い青い瞳。
その印象を裏切らないくらい、あまり感情を表に出さない人だった。
初めて聞いた時より、随分と低くなった声。
初めて逢った時より、かなり高くなった背。
その過去の記憶と現実の彼の差も、私たちの間に流れた時間の長さを物語っていただろう。
自分が視線を前にすれば、彼の胸しか見えない。それくらいにもう身長差がついてしまった。
その隣に立つ私がまるで彼の引き立て役だと陰で囁かれていたのも知っていて、それを自分でも納得していたのは彼のおかげ。
下手に自分の容姿に期待せずにいられたのは、彼が現実を教えてくれていたからだ。
金色の髪を持つことが多い王家の血を引くのに、私に隔世遺伝した濃くて太い栗色の髪は凡庸で。
それに低い鼻で丸顔で、垂れた目に厚い唇。それが醜いものだったと誰も教えてくれるような人はいなかったのだから。
「まさか、たった四年の勉強期間で合格なさるとは……合格すること自体が奇跡に近い確率なのに。そしてお疲れ様でした。貴方が帝国最高試験に挑戦するとおっしゃった時はなんの冗談かと思いましたがね」
「合格するために努力してきたのですもの。合格しなかったら意味がないでしょう?」
受験はしても合格すると思わなかったと言われているようで、さすがにむっとしてしまう。
しかし、彼のその口の悪いところはもう慣れていた。
それに、皮肉っぽい笑みだけれど、声音はどこか嬉しそうに聞こえるのは私の希望的観測だろうか。
この世界に存在するありとあらゆる試験の中で、最も難しいと言われる試験。“帝国最高試験”
それが私ことステラ、リャルド王国の国王の二女である自分が四年がかりで準備をして挑戦し、合格をもぎとった試験だった。
王家の人間が挑戦するということだけでも、世間でも注目を浴びていたようだった。
しかもそれが女である私だったことでも、口さがない者からは嫌みや嘲りもあったようだったが、勉学に励む私の耳には、そのまますり抜けていった。
それどころではなかったから。
「まずお祝いを述べることばかりに気がせいて、お祝いも持ってきておりませんでした。申し訳ありません」
そうどこか気恥ずかしそうにするスピネル様に、お気遣いいりませんのに、とほほ笑む。
出会った頃は仏頂面しか見せない彼だったが、そのうち私のこの見苦しい顔にも慣れたのか、その目に感情をのせてくれるようになったのは嬉しかった。
やはり、どんな相手でも仏頂面をされるより、笑顔の方がほっとするから。
「スピネル、王宮に来てたのか」
私がスピネル様から祝辞を受けていたら、誰かの声がした。
振り返れば、腹違いの兄であり、この国の王太子でもあるカルマリン王子だった。そしてその後ろには王である父が。
スピネル様を呼び出したのは私が普段住んでいる塔ではなく、王族のいわゆる私的空間であったので彼らが城の中で行う仕事場に近い。
私たちの声を聞きつけて顔を出したのだろうか。
「カルマリン様に陛下!?」
慌てて頭を下げて臣下の礼をとろうとするスピネル様に、父は手を振ってそれをやめさせる。
「ああ、挨拶なんぞしなくていい。ステラの祝いに来たのだろう?」
「朝一に早馬が来て報告を受けて城中大騒ぎだったよ」
嬉しそうに笑う兄と、顎髭を撫でながらそれに頷く父も。侍女も女官も近侍も護衛も、ただただ喜んでくれている。
正直いって、今まで生きてきた中で、今が一番嬉しくて幸せだ。
ああ、ずっと夢見ていた。この時を。
この4年間の努力は、このためだったのだから。
生まれた時から才媛だ、優秀だ、と言われてきていても、ずっと続く勉学が辛くないといったら嘘になる。
それを乗り越えてこうして栄冠を手に入れられたのは、目標があったからだ。
私は手をぎゅっと握りしめ、一つ大きく息を吐く。
だから、失敗しない。
あんなに妄想の中で練習してきたのだもの。
よかった。本当に。彼のために頑張った自分を褒めてあげたい。間に合って本当によかった。
顔をあげて最高の笑顔を作る。
いや、喜びのあまりに勝手に笑顔になってしまうのだけれど。
「お待たせいたしましたわ、スピネル様。婚約解消いたしましょう!!」
そう高らかに宣言したら、賑わっていた場が一気に静まりかえり。
――それから、大騒ぎになった。
********
このお話は現在既に連載しているファンタジージャンルの
「婚約破棄された公爵令嬢のお嬢様がいい人すぎて悪女になれないようなので異世界から来た私が代わりにざまぁしていいですか?」
と同じ世界で同じ時系列での話の予定で(スピンオフとはちょっと違う?)同じキャラが出て来る予定です。
1つの物事を別の視点から見たらどうなるか、など様々挑戦してみたいので、両方とも読んでくださると嬉しいです。
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