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第六話 本当の幸いとは

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 あの時、父親に恋人の行動の一部始終を報告しなかった亜里沙は大人の対応をしていたと思う。いや、もしかしたら父親の力を知っていたからこそ、例えば婚約をするとか、そういう決定的な段階になるまでは交際相手の存在すら報告することも控えていたのかもしれない。
 父親から聞いた結果を俺たちにも教えてくれた亜里沙は、当惑するばかりで、篠原の考えがなおさら分からずに困っていた。

「なんでそんな嘘ついたのかしら……」
「それさ、篠原が亜里沙を試してるんだと思うよ」
「試すってなんで?」
「篠原は俺たちの世代では出世頭だろ? その自分の金目当てで付き合っているかもしれないと思って不安になったんじゃないか?」
「なにそれ。篠原くん、亜里沙がそんな女だと思っているわけ? だいたい最初に亜里沙に言い寄ってきて口説いてきてたの篠原くんじゃない!」

 亜里沙以上に早苗が怒ってしまっている。俺は興奮する早苗をどうどうとなだめてから亜里沙に言う。
 
「正確な理由はわからないけど、あいつが嘘をついているのは事実だよな? 人を試すような人間は今後も人を試し続ける。恋人としてはまだよくても、結婚して家族となるなら話は別だ。俺は君に篠原と別れることを勧めるよ」
「私もそうしたほうがいいと思う。篠原くん変だし、こんなのすっごく失礼じゃない? 別れた方がいいよ。亜里沙にはもっと大事にしてくれる誠実な人がいいよ」

 そう真剣に伝えた俺の意見に早苗も賛成してくれた。友人二人からの真剣な説得にはさすがの亜里沙も感じたものがあったようだった。
 考えてみる、と言って帰っていった亜里沙だったが、もしかしたらその時にはもう、気持ちは決まっていたのかもしれない。
 
「亜里沙、大丈夫かな」
「大丈夫だよ。亜里沙にはお前がついてるから」
「私には啓介がいるしね」
 
 二人で俺の部屋に戻りながら、しんみりと話す。日はもうとっぷりと暮れていたけど、まだ気温が高く、暑かったのに、俺と早苗はしっかりと二人で手を繋いで歩いて帰った。
 
 生まれつきお嬢様な亜里沙は、自分の幸せの範囲から出ないように育てられている。が強い篠原と結婚したところで自分が幸せになれないことなど、本能で感じ取っていたのだろう。
 その後、あっさりと「会社が不渡り出しそうで危ないなら私と会うどころじゃないよね、さよなら」と自分から篠原に別れを告げたのだ。

 元々、篠原と亜里沙は合ってなかったと思う。
 篠原は男尊女卑の考えが強く、確かにワンマンで起業した会社を大きくしていった。
 しかし、それを精神的に支えた亜里沙や他の人のことは見下していたように思える。見えない物の価値を見いだせないのだ。
 彼の行動規範の中心は金……マネーが存在していて、稼げない人間は格下とみなしているようだったから。
 それでいて、亜里沙が彼と同じレベルにバリバリと働くことには難色を示していたようだった。まだ婚約すらしていなかったのに。
 あのままだったらたとえ結婚しても彼女は家庭に押し込められていただろう。
 社会で働くより家庭に入りたいという女性は世の中にだっているだろうが、亜里沙はそれを喜ぶ女ではなかったのだ。
 篠原と別れた亜里沙はどこかしがらみから解放されたように、朗らかになったように見えた。
 男という生き物をよく知らなかった亜里沙は、自分自身の価値もわからず、ただ若さと向こう見ずな自信にあふれる篠原のパワーに気圧けおされて付き合ってしまったのだろう。
 篠原の見た目の良さなどからも「告白されたのなら、付き合ってみれば」と、周囲は無責任に後押しして、カップルの成立は幸せなことだと尊ぶものだから。そして初めて付き合った男がそれだから、どういうのがお付き合いをして幸福なのか、彼女は基準が分からなかったのだ。
 しかし、篠原だけでなく大学という男がいる社会に触れることで、亜里沙は経験していったのだ。
 自分にとって本当に必要な、大事な男はどういう男だったのか。
 それが、彼女が自ら別れを選べた理由だったのだろう。
 世間知らずなだけのお嬢様ではなかったのだ。
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