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第一章 俺はとことん運が悪い
アシャーヌとアーサー
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「茶を淹れてくれ」
「わかりました」
アシャーヌはトールと入れ違いに入ってきた侍女に命じる。そして表情1つ崩さずに出て行くその背をそのまま見送った。
その侍女は自分に仕えてだいぶ長くなるが、彼女が何を考えているかは知れない。しかし、顔に不快さなどを出さないでいてくれることは楽だった。
国で評判がよくない自分に仕える人間なんて、誰かの息がかかっているか、王宮か王族かに仕えることにメリットを感じている人間のどちらかでしかないことを十二分に理解していた。
自由すぎて奔放すぎる王女。そう言われているアシャーヌ。
実際がどうかなんて誰も気にしないだろう。人は信じたいように物事を見るのだから。
今は逆に、そんな自分の噂を逆手にとるべきだ。そんな評判の人間は何をしでかしてもおかしくはないと思われるからだ。
考えをまとめようと長椅子に深く寝そべった。
自分の行く末のことなど考えることは多いはずなのに、どうしても思考は先ほどまでこの部屋にいた竜騎士のことになってしまう。
トールが平民出身だという話は聞いていた。
そして彼と話してその事実がどうやら事実のようだということもわかった。
本人の裏をとったからではなく、貴族や王族の価値観や意識に対して、トールはひどく知識不足だったからだ。
王女である自分の行動がそうとうおかしいことは彼も理解しているようだ。
しかし、知識で理解するだけで、感覚的におかしいというところまで繋がっていなかったようだ。
もし彼が貴族だったら、王女である自分みずから外に出向いて情報を得てきていることを、単に風変わりな王女であるからと納得してはいけないのだ。
特に騎士視点からしたら、一人で主を出かけさせていることをおかしいと思わなければならないだろう。
竜騎士であっても騎士は騎士、国の違いなどそれほどあるはずもない。
それなのに、そこに気づけていないトールの、騎士になり切れてないところが、好ましく思えた。
そのような人に自分の方がなりたかったから。
国から連れて来ているはずの護衛が、この部屋にいなかったということでも、自分が冷遇される王女だとわかるはずなのだ。もしトールに悪意があったなら、自分なんていつでも殺せたのだから。
死ぬのを望まれている存在だということに、言われるまで気づかない呑気さを思い出し、思わず笑ってしまった。その純朴さが羨ましかった。
思い出し笑いをしていれば、唐突にドアが開き、驚いて笑みが引っ込んだ。
一人になりたくて茶の支度を頼んだのだったが、もう支度が済んだのだろうか。
そう思って重たい瞼を上げるようにしながらそちらを見れば、違う侍女が顔を出している。
「アシャーヌ様、モルガンス国のアーサー様がお目通りを願っております」
「奴か。通してくれ」
「はい」
失礼します、と頭を下げて出ていく侍女をそのままの姿勢で見送る。
黒薔薇の力は外交に大きな力を発揮する。そのため何かと頼られ、使節団としてあちこち飛び回ることが多いのだが、今回はいつもよりお付きの数を少なくしていた。
元々他の王族より自分に仕える侍女の数は少ないだろう。少数精鋭とうそぶいてはいたが、手が足りてないのはわかりきっていることだ。
今回はただでさえ少ない侍女の中で、意図的に他の貴族や王族に買収されている侍女だけを連れてきていた。
つまり、傍にいる侍女は自分に興味がない。
自分が何かしてもせいぜいうろたえるか、雇われている相手に報告するだけで、自分の目的の邪魔をするようなことはしないと見越している。
そんなことは別に構わない。
たとえ自分に都合の悪いことを報告されても、自分が国を捨ててしまえば縁は切れるのだから。
ご機嫌伺いと称して、やってきたのは、外国人のうちではよく知っている顔だった。
案内されて彼が部屋に入ってきた瞬間に照明を変えてないのに部屋が明るくなった気がした。艶のある金色の髪は相変わらず華やかで、眩しく見える。
アーサーは身ぐるみはがされて放置されていても、血筋の良さが気品や風格として残ってしまうタイプだろう。王族だと言っても、身をやつして市井にまぎれれば、少々見てくれは悪くないかもしれないが平民と大して変わらない自分とは大違いだ。
「相変わらず派手な男だな。まぁ、座れ」
軽く指を振って椅子を指し示す。他国の王族相手に無礼な態度もいいところなのだが、彼は気にした様子も見せず、ひょいひょいと近づいてきては、音もなく座る。
幼い頃から王族同士、年に何度となく顔を合わせていれば、遠い親戚のような絆が生まれる。
慶事や弔事といった公務で会うこともあるが、それ以上に自分とアーサーが顔を合わせるのは、お互いが持っている王家伝来の能力のせいだったろう。
「腹の探り合いは明日だと思ったが? アーサー」
会談の日取りより先に面会を申し込んでくるなんてどういうつもりだろう。彼の持つ異能は警戒するだけ無駄なのでこちらも自然体で対峙している。
「別に? 黒薔薇の姫のご機嫌伺いだよ。君と会うのも久しぶりだしね」
「あらかじめ私の頭の中を調べにきたか?」
モルガンス国との何らかな政治のやり取りがある時には、必ずアーサーが駆り出される。こちら側では自分が駆り出されているのと同じ理由で。
アーサーはその異能で【聴いた】らしく、何とも言えない顔をしている。
「……アシャーヌ王女はとんでもないことを考えてるんだな」
じっと見つめられてそう言われれば、彼が言っている『とんでもないこと』が会談に対する内容ではないらしいとこちらにはわかる。
「私に力を使うな、この狐」
「自然に聞こえてくるんだから仕方がないだろ?」
アーサーの異能は傍にいる他人の心の声が聞こえるものだ。
ハシャル王国の異能を黒薔薇の力というならば、アーサーのモルガンス国の異能は白薔薇と呼ばれる。
そして白薔薇の力はモルガンス国の王族に伝わっている能力だ。
本人が強く意識している心の声ほど、強く大きく彼の耳には聞こえるらしい。本人が口に出して言っていないのに。
交渉事において、これほど有利になる能力はないだろう。
この対策に心配事やけが人など、他の事を強く考えていそうな人間をあえて傍に配置するということなども試したようだが、人間自分の思考を閉じることなど器用なことをできるはずもなく、無駄に終わったらしかった。
このような、自国の益を思えばしのぎを削る間柄のように見えるが、お互いが同じような立場にいるということで、自分たちの仲は悪くはなかった。
この能力は決していいことだけを自分たちに運んでくれるわけではないから。
アーサーの護衛はもちろん、彼の後ろに控えている。
しかし、主人であるアーサーが何かを『聞いた』というのが状況からしてわかるだろうに、聞いてないふりをしてくれている。
もっともアーサーに剣を捧げている護衛なら、他国の姫が何をしようと何を企んでいようと気にしないだろう。そういう意味で、自分の邪魔をしないというのがわかる存在だ。
「僕が来るのがわかっていて、なんでそんな大それたことをしようと思ったんだ?」
「それが目的だよ。お前がいて『聞かれる』のだから、普通なら無謀なことをしないと思うだろう? それにお前は誰にも言わないだろう?」
「僕は信頼されているんだな」
そういって苦笑いしながら頭をかいている彼に微笑む。
信頼しているわけではない。単に彼という男を知っているだけだ。
他人の心の声が聞こえるために、今まで色々な不具合を受けていただろう彼。
人は知られたくないことの1つや2つは持っているものだ。
彼が人の和というものを大事にするのなら、能力で知りえた情報はできるだけ口にしないようにしているはずだ。それは他国の王女の亡命話でも同じだ。
「知ったからには協力してもらう」
私がにんまりと笑えば、目の前の高貴な血筋の青年はとんでもなく嫌そうな顔をした。
「わかりました」
アシャーヌはトールと入れ違いに入ってきた侍女に命じる。そして表情1つ崩さずに出て行くその背をそのまま見送った。
その侍女は自分に仕えてだいぶ長くなるが、彼女が何を考えているかは知れない。しかし、顔に不快さなどを出さないでいてくれることは楽だった。
国で評判がよくない自分に仕える人間なんて、誰かの息がかかっているか、王宮か王族かに仕えることにメリットを感じている人間のどちらかでしかないことを十二分に理解していた。
自由すぎて奔放すぎる王女。そう言われているアシャーヌ。
実際がどうかなんて誰も気にしないだろう。人は信じたいように物事を見るのだから。
今は逆に、そんな自分の噂を逆手にとるべきだ。そんな評判の人間は何をしでかしてもおかしくはないと思われるからだ。
考えをまとめようと長椅子に深く寝そべった。
自分の行く末のことなど考えることは多いはずなのに、どうしても思考は先ほどまでこの部屋にいた竜騎士のことになってしまう。
トールが平民出身だという話は聞いていた。
そして彼と話してその事実がどうやら事実のようだということもわかった。
本人の裏をとったからではなく、貴族や王族の価値観や意識に対して、トールはひどく知識不足だったからだ。
王女である自分の行動がそうとうおかしいことは彼も理解しているようだ。
しかし、知識で理解するだけで、感覚的におかしいというところまで繋がっていなかったようだ。
もし彼が貴族だったら、王女である自分みずから外に出向いて情報を得てきていることを、単に風変わりな王女であるからと納得してはいけないのだ。
特に騎士視点からしたら、一人で主を出かけさせていることをおかしいと思わなければならないだろう。
竜騎士であっても騎士は騎士、国の違いなどそれほどあるはずもない。
それなのに、そこに気づけていないトールの、騎士になり切れてないところが、好ましく思えた。
そのような人に自分の方がなりたかったから。
国から連れて来ているはずの護衛が、この部屋にいなかったということでも、自分が冷遇される王女だとわかるはずなのだ。もしトールに悪意があったなら、自分なんていつでも殺せたのだから。
死ぬのを望まれている存在だということに、言われるまで気づかない呑気さを思い出し、思わず笑ってしまった。その純朴さが羨ましかった。
思い出し笑いをしていれば、唐突にドアが開き、驚いて笑みが引っ込んだ。
一人になりたくて茶の支度を頼んだのだったが、もう支度が済んだのだろうか。
そう思って重たい瞼を上げるようにしながらそちらを見れば、違う侍女が顔を出している。
「アシャーヌ様、モルガンス国のアーサー様がお目通りを願っております」
「奴か。通してくれ」
「はい」
失礼します、と頭を下げて出ていく侍女をそのままの姿勢で見送る。
黒薔薇の力は外交に大きな力を発揮する。そのため何かと頼られ、使節団としてあちこち飛び回ることが多いのだが、今回はいつもよりお付きの数を少なくしていた。
元々他の王族より自分に仕える侍女の数は少ないだろう。少数精鋭とうそぶいてはいたが、手が足りてないのはわかりきっていることだ。
今回はただでさえ少ない侍女の中で、意図的に他の貴族や王族に買収されている侍女だけを連れてきていた。
つまり、傍にいる侍女は自分に興味がない。
自分が何かしてもせいぜいうろたえるか、雇われている相手に報告するだけで、自分の目的の邪魔をするようなことはしないと見越している。
そんなことは別に構わない。
たとえ自分に都合の悪いことを報告されても、自分が国を捨ててしまえば縁は切れるのだから。
ご機嫌伺いと称して、やってきたのは、外国人のうちではよく知っている顔だった。
案内されて彼が部屋に入ってきた瞬間に照明を変えてないのに部屋が明るくなった気がした。艶のある金色の髪は相変わらず華やかで、眩しく見える。
アーサーは身ぐるみはがされて放置されていても、血筋の良さが気品や風格として残ってしまうタイプだろう。王族だと言っても、身をやつして市井にまぎれれば、少々見てくれは悪くないかもしれないが平民と大して変わらない自分とは大違いだ。
「相変わらず派手な男だな。まぁ、座れ」
軽く指を振って椅子を指し示す。他国の王族相手に無礼な態度もいいところなのだが、彼は気にした様子も見せず、ひょいひょいと近づいてきては、音もなく座る。
幼い頃から王族同士、年に何度となく顔を合わせていれば、遠い親戚のような絆が生まれる。
慶事や弔事といった公務で会うこともあるが、それ以上に自分とアーサーが顔を合わせるのは、お互いが持っている王家伝来の能力のせいだったろう。
「腹の探り合いは明日だと思ったが? アーサー」
会談の日取りより先に面会を申し込んでくるなんてどういうつもりだろう。彼の持つ異能は警戒するだけ無駄なのでこちらも自然体で対峙している。
「別に? 黒薔薇の姫のご機嫌伺いだよ。君と会うのも久しぶりだしね」
「あらかじめ私の頭の中を調べにきたか?」
モルガンス国との何らかな政治のやり取りがある時には、必ずアーサーが駆り出される。こちら側では自分が駆り出されているのと同じ理由で。
アーサーはその異能で【聴いた】らしく、何とも言えない顔をしている。
「……アシャーヌ王女はとんでもないことを考えてるんだな」
じっと見つめられてそう言われれば、彼が言っている『とんでもないこと』が会談に対する内容ではないらしいとこちらにはわかる。
「私に力を使うな、この狐」
「自然に聞こえてくるんだから仕方がないだろ?」
アーサーの異能は傍にいる他人の心の声が聞こえるものだ。
ハシャル王国の異能を黒薔薇の力というならば、アーサーのモルガンス国の異能は白薔薇と呼ばれる。
そして白薔薇の力はモルガンス国の王族に伝わっている能力だ。
本人が強く意識している心の声ほど、強く大きく彼の耳には聞こえるらしい。本人が口に出して言っていないのに。
交渉事において、これほど有利になる能力はないだろう。
この対策に心配事やけが人など、他の事を強く考えていそうな人間をあえて傍に配置するということなども試したようだが、人間自分の思考を閉じることなど器用なことをできるはずもなく、無駄に終わったらしかった。
このような、自国の益を思えばしのぎを削る間柄のように見えるが、お互いが同じような立場にいるということで、自分たちの仲は悪くはなかった。
この能力は決していいことだけを自分たちに運んでくれるわけではないから。
アーサーの護衛はもちろん、彼の後ろに控えている。
しかし、主人であるアーサーが何かを『聞いた』というのが状況からしてわかるだろうに、聞いてないふりをしてくれている。
もっともアーサーに剣を捧げている護衛なら、他国の姫が何をしようと何を企んでいようと気にしないだろう。そういう意味で、自分の邪魔をしないというのがわかる存在だ。
「僕が来るのがわかっていて、なんでそんな大それたことをしようと思ったんだ?」
「それが目的だよ。お前がいて『聞かれる』のだから、普通なら無謀なことをしないと思うだろう? それにお前は誰にも言わないだろう?」
「僕は信頼されているんだな」
そういって苦笑いしながら頭をかいている彼に微笑む。
信頼しているわけではない。単に彼という男を知っているだけだ。
他人の心の声が聞こえるために、今まで色々な不具合を受けていただろう彼。
人は知られたくないことの1つや2つは持っているものだ。
彼が人の和というものを大事にするのなら、能力で知りえた情報はできるだけ口にしないようにしているはずだ。それは他国の王女の亡命話でも同じだ。
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