2 / 7
第一章 俺はとことん運が悪い
竜と金欠
しおりを挟む
護衛任務を与えられたので、自分だけその準備も含めて数刻の休憩が与えられた。
わずかな隙間時間でもできれば、竜厩舎で過ごすようにしている。
特に陸の上での任務がしばらく続きそうだということもあって、自分の相方にしばしの別れを告げておかなければならないだろう。
先ほどまでは正装していたが、さすがにここに向かうのに綺麗な恰好をするわけにはいかないので、シャツにズボンといったラフな格好に着替えてきている。
竜騎士として竜に鞍をつけて乗って戦う時以外は、大体こんな姿で竜と会っている。
「おーい、ルオー」
竜はとても貴重な生物だ。この国の飛竜は全部王家が管理している。一般にも一部貸与されているが、それはあくまでもレンタルで、王宮所属であるものには違いない。
そんな貴重な生物のおうちを、顔パスで入っていけるのは竜騎士だからだ。
俺の足音を聞きつけたのか、俺が来るのがわかっていたかのように、愛竜のルオがキューンというような甘えた声をあげながらこちらを見つめている。
外からの光にルオの濃い緑色の鱗が光ってまぶしい。ちょうど反射した光が自分の目に入ったのだろうか。
首を上下に振って喜んで出迎えてくれたのが嬉しくて、おいで~とデレデレになりながらその首を抱きしめた。そしてついでに彼の鱗や肌の張り具合、寄生虫などがいないかを確認をする。
この国で王家の騎士に、中でも竜騎士になれるのはエリート中のエリートだ。
それなのにコネもない平民の竜騎士になれたのは、ただ『竜に好かれやすい体質』を持つという理由だけだった。
竜はとても気難しくて頭がいい。そして相性がある。竜騎士になるのは結局のところ、竜に選ばれるかどうかだけで決まり、恰好いいからという理由だけでは竜騎士になれないのだ。竜の数が少ないという理由だけでなく、なにより危険が伴う仕事でもあるし。
相棒の竜を怒らせて空でふるい落とされて死ぬ騎士だっているのだ。それでも竜騎士の人気は高い。
「ほらこれ、おやつだよ」
持ってきたルオの好物である羊の干し肉を口元にもっていってやると、彼は嬉しそうに食べる。言葉を話さないのにルオの考えはなんとなくわかる気がするし、自分の考えも相手に伝わっている気がする。
身分の差もあって自分に対して周囲の目が厳しい中、仕事の一環とはいえここにいられる時が一番安らぐ。
自分でも中の掃除をして、ルオの餌の食べ具合などもチェックをしてメモをつけていく。
パートナーの健康状態は自分の死活問題にもつながるので真剣だ。
「この後さー、王女様に呼ばれててさー、行きたくないけど、行かなきゃいけないんだよー。なんか俺が護衛に選ばれてさぁ」
作業をしがてら、ルオに対して愚痴を言う。
そんな自分をルオは黙ったまま聞いてくれているが、理解しているかどうかは知らないけれど、仕方がないなぁと言っているように見える。勝手にそう思っているだけだが。
そんなルオに、わかってくれるかぁー? と言いながらルオを抱きしめた。
ほぼ毎日、磨いているだけあってルオの鱗は鏡のようにつやつや光っていて緑色の縞瑪瑙のようだ。ひんやりしていて気持ちがいい。
すっきりした気分でルオと離れれば、今度は他の竜の様子も見て回る。
「おい、ダーフィト……おまえ、その肩どうした?」
ルオの隣の部屋を与えられているダーフィトという竜の方にも顔をだし、無遠慮に手を伸ばしてその体に触れた。
ダーフィトはルオに比べたらやや薄い緑色の鱗を持つ竜だが、その鱗の隙間からじくじくとした黄色い膿と赤い血液がにじんでいるのが見える。
ダーフィトは肌が弱いらしく、しょっちゅう肌のバリア機能が壊れてこんな感じなトラブルを起こしている。
「ああ、ちょっと待て。薬塗ってやるから」
竜用の薬は高価でしかも量も少ない。
手持ちの竜をケガさせてしまうのは、お前らが未熟なせいだというのが騎士団長の主義で、薬が支給されず自前で用意しなくてはいけない。
曲がりなりにも騎士団なので竜だって軍事訓練をすれば多少は傷ができる。
おかげで自分の竜がケガをしても放置し、自然治癒を試みる竜騎士団員は少なくなかった。
痛い目にでも合ってみないと真剣に訓練しないと思われているのは腹が立つが、竜に罪はないので竜に必要な薬はあらかじめ買い込んでいるし、こうして放置される仲間の団員の竜もチェックして一緒に面倒を見てもいる。おかげで万年金欠だ。
しかも騎士はそれなりの身分でもあるので、あまりにもみすぼらしい恰好するのは禁止とも言われていて、そこをおろそかにすると殴られる始末だ。おかげ様で入っていく金以上に出ていく金も多い。
正直なところ、まだまだ下っ端に含まれる自分は竜騎士をしているだけでは食っていけない。
みんな太い実家から仕送りをしてもらって、それで何とか生活を維持しているのだ。
これが騎士団に平民が自分しかいない理由である。
竜に好かれる才能があったとしても、みんなドロップアウトしていく。主に経済的な理由で。
「お前も嫌なパートナーにあたっちまって可哀想にな……」
ダーフィトのパートナーは自分の同期のケインだ。
どこぞの伯爵の次男坊とか三男坊とからしく、そのお血筋を嵩にきて平民出身の自分にねちねちねちねち子供のような嫌がらせをするような底意地の悪い奴だ。
彼は竜騎士ではあるが、竜のことがあまり好きではなく、単に見栄えがいいという理由で竜騎士をやってるのだろうなと思って見ている。
本人に竜に好かれる才能がなくても、ダーフィトのように気が優しい竜なら普通の馬に乗る感覚で乗ることもできるから。
竜に罪はないので意地悪なケインのパートナーであるとしてもダーフィトの世話も、ルオのついでに見ているが、ケインがダーフィトの世話をしているところを見たことがない。
餌やりや排泄物の世話は竜厩舎専属の使用人がいるから生き長らえはしているが、竜との絆はそれだけでは育たない。
餌だけ与えるよう手配しておけば勝手に育つと思っているのだろうか。
竜にだって餌の好みはあるし、病気になりやすさだって個体差がある。
適当に運動もさせないといけないし、遊ばせてやらなければならない。
厩舎を掃除したり餌をやる人間はいても、結局竜の面倒を見る最高責任者は竜騎士本人だ。
親がなくとも子は育つというが、親がいた場合、子供に対する責任は親が取るべきなのと同じように。
ダーフィトを見る度に心が痛むが、どうしようもなく、ため息しか出なかった。
わずかな隙間時間でもできれば、竜厩舎で過ごすようにしている。
特に陸の上での任務がしばらく続きそうだということもあって、自分の相方にしばしの別れを告げておかなければならないだろう。
先ほどまでは正装していたが、さすがにここに向かうのに綺麗な恰好をするわけにはいかないので、シャツにズボンといったラフな格好に着替えてきている。
竜騎士として竜に鞍をつけて乗って戦う時以外は、大体こんな姿で竜と会っている。
「おーい、ルオー」
竜はとても貴重な生物だ。この国の飛竜は全部王家が管理している。一般にも一部貸与されているが、それはあくまでもレンタルで、王宮所属であるものには違いない。
そんな貴重な生物のおうちを、顔パスで入っていけるのは竜騎士だからだ。
俺の足音を聞きつけたのか、俺が来るのがわかっていたかのように、愛竜のルオがキューンというような甘えた声をあげながらこちらを見つめている。
外からの光にルオの濃い緑色の鱗が光ってまぶしい。ちょうど反射した光が自分の目に入ったのだろうか。
首を上下に振って喜んで出迎えてくれたのが嬉しくて、おいで~とデレデレになりながらその首を抱きしめた。そしてついでに彼の鱗や肌の張り具合、寄生虫などがいないかを確認をする。
この国で王家の騎士に、中でも竜騎士になれるのはエリート中のエリートだ。
それなのにコネもない平民の竜騎士になれたのは、ただ『竜に好かれやすい体質』を持つという理由だけだった。
竜はとても気難しくて頭がいい。そして相性がある。竜騎士になるのは結局のところ、竜に選ばれるかどうかだけで決まり、恰好いいからという理由だけでは竜騎士になれないのだ。竜の数が少ないという理由だけでなく、なにより危険が伴う仕事でもあるし。
相棒の竜を怒らせて空でふるい落とされて死ぬ騎士だっているのだ。それでも竜騎士の人気は高い。
「ほらこれ、おやつだよ」
持ってきたルオの好物である羊の干し肉を口元にもっていってやると、彼は嬉しそうに食べる。言葉を話さないのにルオの考えはなんとなくわかる気がするし、自分の考えも相手に伝わっている気がする。
身分の差もあって自分に対して周囲の目が厳しい中、仕事の一環とはいえここにいられる時が一番安らぐ。
自分でも中の掃除をして、ルオの餌の食べ具合などもチェックをしてメモをつけていく。
パートナーの健康状態は自分の死活問題にもつながるので真剣だ。
「この後さー、王女様に呼ばれててさー、行きたくないけど、行かなきゃいけないんだよー。なんか俺が護衛に選ばれてさぁ」
作業をしがてら、ルオに対して愚痴を言う。
そんな自分をルオは黙ったまま聞いてくれているが、理解しているかどうかは知らないけれど、仕方がないなぁと言っているように見える。勝手にそう思っているだけだが。
そんなルオに、わかってくれるかぁー? と言いながらルオを抱きしめた。
ほぼ毎日、磨いているだけあってルオの鱗は鏡のようにつやつや光っていて緑色の縞瑪瑙のようだ。ひんやりしていて気持ちがいい。
すっきりした気分でルオと離れれば、今度は他の竜の様子も見て回る。
「おい、ダーフィト……おまえ、その肩どうした?」
ルオの隣の部屋を与えられているダーフィトという竜の方にも顔をだし、無遠慮に手を伸ばしてその体に触れた。
ダーフィトはルオに比べたらやや薄い緑色の鱗を持つ竜だが、その鱗の隙間からじくじくとした黄色い膿と赤い血液がにじんでいるのが見える。
ダーフィトは肌が弱いらしく、しょっちゅう肌のバリア機能が壊れてこんな感じなトラブルを起こしている。
「ああ、ちょっと待て。薬塗ってやるから」
竜用の薬は高価でしかも量も少ない。
手持ちの竜をケガさせてしまうのは、お前らが未熟なせいだというのが騎士団長の主義で、薬が支給されず自前で用意しなくてはいけない。
曲がりなりにも騎士団なので竜だって軍事訓練をすれば多少は傷ができる。
おかげで自分の竜がケガをしても放置し、自然治癒を試みる竜騎士団員は少なくなかった。
痛い目にでも合ってみないと真剣に訓練しないと思われているのは腹が立つが、竜に罪はないので竜に必要な薬はあらかじめ買い込んでいるし、こうして放置される仲間の団員の竜もチェックして一緒に面倒を見てもいる。おかげで万年金欠だ。
しかも騎士はそれなりの身分でもあるので、あまりにもみすぼらしい恰好するのは禁止とも言われていて、そこをおろそかにすると殴られる始末だ。おかげ様で入っていく金以上に出ていく金も多い。
正直なところ、まだまだ下っ端に含まれる自分は竜騎士をしているだけでは食っていけない。
みんな太い実家から仕送りをしてもらって、それで何とか生活を維持しているのだ。
これが騎士団に平民が自分しかいない理由である。
竜に好かれる才能があったとしても、みんなドロップアウトしていく。主に経済的な理由で。
「お前も嫌なパートナーにあたっちまって可哀想にな……」
ダーフィトのパートナーは自分の同期のケインだ。
どこぞの伯爵の次男坊とか三男坊とからしく、そのお血筋を嵩にきて平民出身の自分にねちねちねちねち子供のような嫌がらせをするような底意地の悪い奴だ。
彼は竜騎士ではあるが、竜のことがあまり好きではなく、単に見栄えがいいという理由で竜騎士をやってるのだろうなと思って見ている。
本人に竜に好かれる才能がなくても、ダーフィトのように気が優しい竜なら普通の馬に乗る感覚で乗ることもできるから。
竜に罪はないので意地悪なケインのパートナーであるとしてもダーフィトの世話も、ルオのついでに見ているが、ケインがダーフィトの世話をしているところを見たことがない。
餌やりや排泄物の世話は竜厩舎専属の使用人がいるから生き長らえはしているが、竜との絆はそれだけでは育たない。
餌だけ与えるよう手配しておけば勝手に育つと思っているのだろうか。
竜にだって餌の好みはあるし、病気になりやすさだって個体差がある。
適当に運動もさせないといけないし、遊ばせてやらなければならない。
厩舎を掃除したり餌をやる人間はいても、結局竜の面倒を見る最高責任者は竜騎士本人だ。
親がなくとも子は育つというが、親がいた場合、子供に対する責任は親が取るべきなのと同じように。
ダーフィトを見る度に心が痛むが、どうしようもなく、ため息しか出なかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
32
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる