運び屋竜騎士はお荷物王女と天を舞う

すだもみぢ

文字の大きさ
上 下
1 / 7
第一章 俺はとことん運が悪い

王女との出会い

しおりを挟む
 「君はなかなか整った顔立ちをしているね」

 そう王女殿下は騎士の一人に声をおかけになった。それ自体はさほど珍しいことではないだろう。

 ――それが自分に対してでなければ。

 貴人を下の身分の者が直視するのは無礼に当たる。騎士は護衛という立場上、拝礼は免除されるが中空を見て敬礼するように叩き込まれる。
 トールの場合、敬礼をしながら『昼飯何を食べようかなぁ……昨日半額でゲットしたパンに卵をのせて……いやいや、それは贅沢か』とか、つらつらどうでもいいことを考えていたのもあって、反応ができなかった。いや、声を掛けられたこと自体を脳が処理できていなかったともいう。

 ここはリントン王国の謁見の間。
 各国の使者が来た時に通されたり、公的な式典が行われたりする特別な部屋だ。
 この国で一番権威が高い部屋と言ってもいいだろう。内装も無駄に豪華で、目が細かすぎる刺繍や織物で作られた敷物やカーテンが敷き詰められているし、緻密すぎる細工の室内品はぶつかって傷の一つでも付けたらオオゴトだろう。天井からは宝石がちりばめてあるのかやたらキラキラした照明がぶら下がっているし。
 王宮勤めの人ならまだしも、そうでない人間にとっては特別な時にしか入ることは許されない。
 そこに竜騎士であるトールが入らされているというのは他国から身分が高い者が来ているからだ。
 それが目の前の美女、バシャル王国のアシャーヌ王女だ。
 彼女は三国会談の開催国となったこの国に国の代表としてきているのだ。

 今、その広い謁見の間に二列になって騎士が並んでいる。貴賓から近い方ほど身分が高い騎士が並ぶ。もちろん端になればなるほど身分も地位も低い。
 竜騎士として三年目のトールはかろうじて最下位ではないものの、限りなく下っ端に立たされていた。
 つまり公的な場で、一国の代表として来た他国の王女が、個人的に、部屋の隅にいた身分の低い騎士に話しかけた状況なのだ。
 トールでなくても、何が起きたかわからないのは当然だろう。
 周囲も顔には出していないが動揺しているようで、空気がさざめいているのを感じられる。

 だから最初は、自分が話しかけられたと思えず、自分の隣に控えている貴族出身の騎士なのだろうかと思い込んでいた。しかし彼女が話しかけたのは自分だと気づき、弾かれたように顔を上げた。

 彼女は綺麗に整えられた指先で、ツイっと顎の下を撫でてきて。くすぐったくて顎を引けばその人と目が合う。

「うん、やはり君が気に入った」

 朗らかに笑う声に惹かれて、そこで初めて相手の顔を正面から見た。

 真っ先に目に入ったのはその黒い瞳。
 まるで黒曜石のように黒く深い瞳なのに、その目は黒真珠のように独特の光沢を持っていて。
 象牙色の肌はきめ細かく、でもその唇は面白そうに口角が上がっていた。
 まるで人形のように綺麗な顔だというのに、表情がなぜだろう……やんちゃというか、下卑ているというか。
 女性相手に思う表現ではないと分かってはいるが、そう思ってしまった。

 自分の顔はまぁ、彼女の言うように確かに悪い方ではないとは思う。王国の騎士団に入るには容姿レベルも一定以上を求められるからだ。
 この顔を褒めてくれたのが、例えばよく行く飲み屋で隣に座った綺麗なお姉さんとかだったら……下心つきで嬉しかったと思う。
 しかし、そう言ってくれたのが一国の王女様なら、エッチな見返りがなにもないだろうというのが丸わかりなのでがっかりでしかない。

「君はその顔を使って女をさんざん食いちらかしているんだろう? 私の予想は当たるんだ」
「……ご想像にお任せいたします」

 なんつーこというんだ、この王女様は。

 呆れて口がきけなくなりそうだったけれど、否定も肯定もしないでごまかした。周囲に自分と彼女の言動を見ないふりして興味津々で見守っている連中がいるから、迂闊なことを言えやしない。

 しかし、驚きでしかない。

 自分の中の常識では、貴族階級以上の人間がそんな無防備な言葉遣いをしたり、自分の考え、趣味や嗜好をさらすようなことなんてもってのほかだった。
 もちろん自分がするのは許される。だって俺は平民だもの。

 王宮の騎士団は貴族の子弟ばかりが存在している。いや、正直なところトールは唯一の平民と言っても過言ではない。なのになんでこの王女様はよりによって自分にちょっかいをかけてきているのだろう。解せない。
 そんなに俺の顔が気に入った? ……そんなバカな。
 自分は自分をよく知っている。竜騎士として槍を扱うがその腕前自体だって並程度と目されているだろう。他から情報を得ていたとしても、自分に目がかかる理由がない。

 しかし、アシャーヌ王女はこちらの逡巡には一切関知せず振り返る。

「私は彼が気に入った。この国での護衛は彼に頼みたい。フェザー殿、よろしいか?」
「構わないさ」

 隣国の王女様が気安く振り返って呼ぶのはわが国の王子の名前。あっさりと頷いた王子に、なぜだろう。裏切られたような捨てられたような気分になってしまった。

「辞令は後で出させよう。貴殿はアシャーヌ殿の護衛を頼むぞ」
「…………はっ!」

 この国の騎士は全て国王陛下に、そしてついで王族に属する。
 フェザー王子に彼に命じられては何も言えない。慌てて恭しく頭を下げて殿下と王女に承諾の意を示せば、一歩近づいてきた王女様に耳元で囁かれた。


「見つけたぞ。私は君を探してたのさ」

 
 ――ぞわっとした。

 囁かれた内容より、薔薇の香りがする唇が自分の髪に触れた気がして、びくっと体が反応してしまったのだ。

 いや、探したって、なんで? とも思うけど。

 それに気づけたのはたっぷり三秒は経ってからだったので、思考の巡りが随分と遅い。

「さて、後で私の部屋に来てもらおうか」

 王女様は笑顔で俺を見て命じてきた。

 ――天空を舞う竜は蛇をも食らう。

 それなのに、なぜだろう。俺は蛇に睨まれたカエルになったような気分でいっぱいだった。




 アシャーヌ王女の鶴の一言で、彼女のこの国にいる間、俺が彼女の護衛担当に決まってしまったのだが、本気で俺なんかでいいのか、と思う。


 俺は政治にはあまり詳しいほうではないけれど、アシャーヌ王女はかの国では王の第一子にあたる人というのは知っている。どういう順番で王位継承が決まる国なのかは知らないが、この国で言ったら皇位継承権第一位であるフェザー様と同格なのではないだろうか。

 しかも、アシャーヌ王女は特別なお方だ。

 ハシャル王国の王族は珍しい力を持つと言われている。それは黒薔薇の力と呼ばれ、他の国の王族にも似たようなものが存在しているが種類は別だ。

 黒薔薇……それはいわゆる魅了の力。

 薔薇に似たかぐわしい体臭を持ち、その匂いを嗅ぐと酩酊したかのようになって誰もが相手の言いなりになってしまうのだそうだ。
 虫のフェロモンのようなものなのだろうか? 一種の媚薬だろうかと噂されているが実際嗅いだことがある人間が周囲に存在していないのでそれはわからない。
 王族全てがその力を持っているわけではなく、しかもアシャーヌ王女の力は歴代でもずば抜けているとも聞いたことがある。
 もっとも自分の場合は、そんな力を使われなくても「命令だ」と言われれば従わざるを得ないのが悲しい騎士団員なのだが。

 そんな特別の人の護衛をなぜ俺がするのだろう。
 俺の本職は竜騎士。竜に乗って戦うのがお仕事。
 そりゃ確かに剣や槍は使えるけれど、地面に下りたらただの人なんで、そちらに特化している王直属の近衛騎士とかもっと強い人に護衛を頼む方が理にかなっているだろうに。それに悲しいかな、そこまで俺は腕っぷしが強いわけではない。

 そして、先ほど最後に囁かれた意味深な言葉……あれはなんだろう。

 まあ、この国は平和だから、外国の王族が襲われるようなそんなやばいことはないだろうし、何かあることもないだろう。

 ……そう願おう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

転生して貴族になったけど、与えられたのは瑕疵物件で有名な領地だった件

桜月雪兎
ファンタジー
神様のドジによって人生を終幕してしまった七瀬結希。 神様からお詫びとしていくつかのスキルを貰い、転生したのはなんと貴族の三男坊ユキルディス・フォン・アルフレッドだった。 しかし、家族とはあまり折り合いが良くなく、成人したらさっさと追い出された。 ユキルディスが唯一信頼している従者アルフォンス・グレイルのみを連れて、追い出された先は国内で有名な瑕疵物件であるユンゲート領だった。 ユキルディスはユキルディス・フォン・ユンゲートとして開拓から始まる物語だ。

モンスターが現れるようになった現代世界で悪魔として生きていく

モノノキ
ファンタジー
ある日、突如として引き起こった世界のアップデート。 これにより人類は様々な種族へと進化し、世界中にモンスターが解き放たれた。 モンスターだらけになってしまったことで、人類はそれぞれの地域の避難所に集まり生活することに。 そんな中、悪魔に進化してしまった佐藤ヒロキは避難に遅れてしまい1人で活動することになってしまう。 そうして眷属を増やしたり人を救ったりしているうちに何やら大事になっていく話。

悪魔転生奇譚Ω

草間保浩
ファンタジー
ある高校で突然起こった1クラス丸々異世界召喚事件。 異世界の国を救う勇者として召喚された彼らは、元の世界に帰るために様々な苦難を乗り越えていく。  陰謀渦巻く世界の動乱に巻き込まれながら、生徒たちは強くなっていく。 その中の1人、鬼神龍虎には人とは違う秘密があって―――  これは悪魔の物語。

処理中です...