運び屋竜騎士はお荷物王女と天を舞う

すだもみぢ

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第一章 俺はとことん運が悪い

王女との出会い

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 「君はなかなか整った顔立ちをしているね」

 そう王女殿下は騎士の一人に声をおかけになった。それ自体はさほど珍しいことではないだろう。

 ――それが自分に対してでなければ。

 貴人を下の身分の者が直視するのは無礼に当たる。騎士は護衛という立場上、拝礼は免除されるが中空を見て敬礼するように叩き込まれる。
 トールの場合、敬礼をしながら『昼飯何を食べようかなぁ……昨日半額でゲットしたパンに卵をのせて……いやいや、それは贅沢か』とか、つらつらどうでもいいことを考えていたのもあって、反応ができなかった。いや、声を掛けられたこと自体を脳が処理できていなかったともいう。

 ここはリントン王国の謁見の間。
 各国の使者が来た時に通されたり、公的な式典が行われたりする特別な部屋だ。
 この国で一番権威が高い部屋と言ってもいいだろう。内装も無駄に豪華で、目が細かすぎる刺繍や織物で作られた敷物やカーテンが敷き詰められているし、緻密すぎる細工の室内品はぶつかって傷の一つでも付けたらオオゴトだろう。天井からは宝石がちりばめてあるのかやたらキラキラした照明がぶら下がっているし。
 王宮勤めの人ならまだしも、そうでない人間にとっては特別な時にしか入ることは許されない。
 そこに竜騎士であるトールが入らされているというのは他国から身分が高い者が来ているからだ。
 それが目の前の美女、バシャル王国のアシャーヌ王女だ。
 彼女は三国会談の開催国となったこの国に国の代表としてきているのだ。

 今、その広い謁見の間に二列になって騎士が並んでいる。貴賓から近い方ほど身分が高い騎士が並ぶ。もちろん端になればなるほど身分も地位も低い。
 竜騎士として三年目のトールはかろうじて最下位ではないものの、限りなく下っ端に立たされていた。
 つまり公的な場で、一国の代表として来た他国の王女が、個人的に、部屋の隅にいた身分の低い騎士に話しかけた状況なのだ。
 トールでなくても、何が起きたかわからないのは当然だろう。
 周囲も顔には出していないが動揺しているようで、空気がさざめいているのを感じられる。

 だから最初は、自分が話しかけられたと思えず、自分の隣に控えている貴族出身の騎士なのだろうかと思い込んでいた。しかし彼女が話しかけたのは自分だと気づき、弾かれたように顔を上げた。

 彼女は綺麗に整えられた指先で、ツイっと顎の下を撫でてきて。くすぐったくて顎を引けばその人と目が合う。

「うん、やはり君が気に入った」

 朗らかに笑う声に惹かれて、そこで初めて相手の顔を正面から見た。

 真っ先に目に入ったのはその黒い瞳。
 まるで黒曜石のように黒く深い瞳なのに、その目は黒真珠のように独特の光沢を持っていて。
 象牙色の肌はきめ細かく、でもその唇は面白そうに口角が上がっていた。
 まるで人形のように綺麗な顔だというのに、表情がなぜだろう……やんちゃというか、下卑ているというか。
 女性相手に思う表現ではないと分かってはいるが、そう思ってしまった。

 自分の顔はまぁ、彼女の言うように確かに悪い方ではないとは思う。王国の騎士団に入るには容姿レベルも一定以上を求められるからだ。
 この顔を褒めてくれたのが、例えばよく行く飲み屋で隣に座った綺麗なお姉さんとかだったら……下心つきで嬉しかったと思う。
 しかし、そう言ってくれたのが一国の王女様なら、エッチな見返りがなにもないだろうというのが丸わかりなのでがっかりでしかない。

「君はその顔を使って女をさんざん食いちらかしているんだろう? 私の予想は当たるんだ」
「……ご想像にお任せいたします」

 なんつーこというんだ、この王女様は。

 呆れて口がきけなくなりそうだったけれど、否定も肯定もしないでごまかした。周囲に自分と彼女の言動を見ないふりして興味津々で見守っている連中がいるから、迂闊なことを言えやしない。

 しかし、驚きでしかない。

 自分の中の常識では、貴族階級以上の人間がそんな無防備な言葉遣いをしたり、自分の考え、趣味や嗜好をさらすようなことなんてもってのほかだった。
 もちろん自分がするのは許される。だって俺は平民だもの。

 王宮の騎士団は貴族の子弟ばかりが存在している。いや、正直なところトールは唯一の平民と言っても過言ではない。なのになんでこの王女様はよりによって自分にちょっかいをかけてきているのだろう。解せない。
 そんなに俺の顔が気に入った? ……そんなバカな。
 自分は自分をよく知っている。竜騎士として槍を扱うがその腕前自体だって並程度と目されているだろう。他から情報を得ていたとしても、自分に目がかかる理由がない。

 しかし、アシャーヌ王女はこちらの逡巡には一切関知せず振り返る。

「私は彼が気に入った。この国での護衛は彼に頼みたい。フェザー殿、よろしいか?」
「構わないさ」

 隣国の王女様が気安く振り返って呼ぶのはわが国の王子の名前。あっさりと頷いた王子に、なぜだろう。裏切られたような捨てられたような気分になってしまった。

「辞令は後で出させよう。貴殿はアシャーヌ殿の護衛を頼むぞ」
「…………はっ!」

 この国の騎士は全て国王陛下に、そしてついで王族に属する。
 フェザー王子に彼に命じられては何も言えない。慌てて恭しく頭を下げて殿下と王女に承諾の意を示せば、一歩近づいてきた王女様に耳元で囁かれた。


「見つけたぞ。私は君を探してたのさ」

 
 ――ぞわっとした。

 囁かれた内容より、薔薇の香りがする唇が自分の髪に触れた気がして、びくっと体が反応してしまったのだ。

 いや、探したって、なんで? とも思うけど。

 それに気づけたのはたっぷり三秒は経ってからだったので、思考の巡りが随分と遅い。

「さて、後で私の部屋に来てもらおうか」

 王女様は笑顔で俺を見て命じてきた。

 ――天空を舞う竜は蛇をも食らう。

 それなのに、なぜだろう。俺は蛇に睨まれたカエルになったような気分でいっぱいだった。




 アシャーヌ王女の鶴の一言で、彼女のこの国にいる間、俺が彼女の護衛担当に決まってしまったのだが、本気で俺なんかでいいのか、と思う。


 俺は政治にはあまり詳しいほうではないけれど、アシャーヌ王女はかの国では王の第一子にあたる人というのは知っている。どういう順番で王位継承が決まる国なのかは知らないが、この国で言ったら皇位継承権第一位であるフェザー様と同格なのではないだろうか。

 しかも、アシャーヌ王女は特別なお方だ。

 ハシャル王国の王族は珍しい力を持つと言われている。それは黒薔薇の力と呼ばれ、他の国の王族にも似たようなものが存在しているが種類は別だ。

 黒薔薇……それはいわゆる魅了の力。

 薔薇に似たかぐわしい体臭を持ち、その匂いを嗅ぐと酩酊したかのようになって誰もが相手の言いなりになってしまうのだそうだ。
 虫のフェロモンのようなものなのだろうか? 一種の媚薬だろうかと噂されているが実際嗅いだことがある人間が周囲に存在していないのでそれはわからない。
 王族全てがその力を持っているわけではなく、しかもアシャーヌ王女の力は歴代でもずば抜けているとも聞いたことがある。
 もっとも自分の場合は、そんな力を使われなくても「命令だ」と言われれば従わざるを得ないのが悲しい騎士団員なのだが。

 そんな特別の人の護衛をなぜ俺がするのだろう。
 俺の本職は竜騎士。竜に乗って戦うのがお仕事。
 そりゃ確かに剣や槍は使えるけれど、地面に下りたらただの人なんで、そちらに特化している王直属の近衛騎士とかもっと強い人に護衛を頼む方が理にかなっているだろうに。それに悲しいかな、そこまで俺は腕っぷしが強いわけではない。

 そして、先ほど最後に囁かれた意味深な言葉……あれはなんだろう。

 まあ、この国は平和だから、外国の王族が襲われるようなそんなやばいことはないだろうし、何かあることもないだろう。

 ……そう願おう。
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