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17 身内なら襲っても別に犯罪にならない

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 アリクは涼しい顔でかけている眼鏡を直していた。

「たとえそれが、そこでふらふらしていた実家の馬車でもなんでもね」

「はぁ!?」

 なんか思いがけない言葉を聞いた気がするのは気のせいだろうか。野良犬が徘徊でもしているように馬車がその辺にいるのはあり得ないだろうに。しかしアリクは肩を竦めている。

「ここから逃げ出した時に、たまたまうちの馬車に行き会ったんですよ。身内の馬車なら襲っても別に犯罪にならないでしょう?」

「なるよ。なるってば!」

「でも、事情を話したら快く馬も貸してもらえましたし、御者も手伝いさせることができたんですよね」

 いやあ、運がよかった、とにこにこしているアリクの台詞が、なぜか空恐ろしく聞こえる。

 脅迫だ。絶対そうだ。馬車の持ち主をなんかいい感じに脅迫したんだろう、とセンシとローレルは目で会話をしてうなずきあう。

 しかし、馬車といえば……。なんか覚えがあるのだけれど、とローレルは記憶を振り返った。そういえば帰ってくる時に、馬がついてない馬車が王宮の前あたりに転がっていた気がする。

「え、でも、確かあれって、ソルテ公爵家の馬車……?」

「はい、それがうちの馬車ですよ」

 信じられない話をさらりと聞いて、二人して驚愕の表情を浮かべて顎を落とした。

「なんで公爵家がお前んちなの!? お前、公爵家出身だったの!? なんちゃら伯爵家とか言ってなかった!?」

「アリク、俺の知らないうちに結婚してたのか!?」

 二人してアリクの言葉に驚いて思わず詰めよれば、あれ? なんで知らないの? というような顔をしてアリクが首を傾げている。

「私は独身です! ……うち、多産系なんですよ。それで四男の私は親戚の家だったテレド伯爵家に養子に行ってるんです。珍しくない話でしょう? 安心してください。実家とも仲がいいですよ?」

 唐突な実家との仲よいアピールはローレルとセンシが実家と折り合いが悪いから養子に行かされたのかという憐れみを回避のためだろうか。きっと普段から変な気遣いを受けて苦労しているのだな、と察してしまった。 

「でも殿下には以前にちゃんと言ってましたけどね」
 
「そんなのいつの話だよ……」

 アリクが眉を寄せてそういうが、それはきっと年端も行かない子供の時にでも伝えたのだろう。
 上下関係とか爵位とかそういうのをわかっていない時期に言われたようなことなんて、それこそアリクくらいの脳みそもでないと覚えていないからな、とローレルは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

「話戻しますけど、見かけたのが一番上の兄の馬車だったんで止めさせて馬を借りたんです。二頭立ての馬車だったので、御者も馬乗らせて付き合わせましてね。そのまま公共墓地で埋葬待ちの遺体を探したら、ちょうど病死した小柄な遺体があって……あ、殿下のお金、ありがたく有効活用させていただきましたから」

 つまり、墓穴を掘る人夫や墓の管理人などに口止め料としてばらまいたと言いたいのだろう。何かあった時に強いのは確かに現金であるし、大金を普段からアリクが持ち歩いているわけもないので、ローレルの貯金をここで使ったのは当たり前なのだが。

『返せ! 戻せ! 泥棒!』

 半泣きになったローレルが怒鳴るのを察したセンシが咄嗟にローレルの口に飛びついて塞いだ。もがもが言ってるローレルをセンシがどうどう、となだめている。

「その辺りは私ではなくこの状況にさせた輩か、陛下あたりに補償を願ってくださいね」

 弁償すると口約束すらしない、まるで払う気のないアリクがそこにいたが。ふっと鼻で笑うと話を続けた。

「まー、あとはお分かりでしょ? 森まで運んで人目を盗んで油をかけて燃やして髪の毛置いて。そして御者に町の憲兵隊に報告させて私はここに戻ったんです。もっとも、そのご遺体の主は女性だったので、すぐに殿下じゃないってばれますよ。でもここまで距離があるので、人を向かわせて、遺体を調べて戻ってくるまで時間かかるでしょう。切った跡がない魔力のこもった髪の束が落ちているわけですから、状況がわからず相当混乱すると思いますしね。髪の毛はどう見ても本物なのに、死体は女性。もしかして隠されて育てられた王子は、実は女でここで殺されたのかもと思ったりして?」

 取り逃した王子らしき遺体があるとなれば、クーデター側はそれが嘘だと思っても確認せざるをえない。戦力の分散をさせるいい手だ。
 しかし、なんたる死者への冒涜……自分のためにやったアリクを責めることはできないが、後でちゃんと遺体の主を弔わないと、とローレルはため息を殺しきれなかった。アリクはじっとそんなローレルを見つめていたが、センシの方を向く。

「センシ、殿下を運んであげてください」

「別にいいけど、なんで?」

 唐突にそうアリクに命じられたセンシはよくわからないまでも、ローレルの前に背を向けてしゃがんで乗れ、と言う。本人無意識の行動かもしれないが、ローレルに関わることでアリクが誤ったことを言わないという信頼があるのだろう。

「こういう体力を使う時はうちの不良な殿下が完全な引きこもりじゃなくてよかったと思いますが、殿下、だいぶお疲れではないですか?」

「あ、うん、でも大丈夫だぞ?」

 こんな非常事態なのに疲れたとか言っていられない。疲労で頭痛はしているが我慢できる程度だ。しかし、アリクは首を振る。

「少しでもいいから体を休めてください。これから先、殿下の力を使って陛下たちをお助けしなければならないのですから」

「それって?」

「陛下たちの詳しい居場所を索敵してもらいます。以前に私とかくれんぼをした時に魔術使って見つけましたよね? あれと同じことをしてもらいます」

 8年くらい前の話を唐突に蒸し返された。ほぼ生まれた時からの付き合いの人間との関係には時効がまるで存在しない。

「そーだ、さっきの奴ら、父さんたちは迎賓館に掴まってるって言ってたけど、なんでそんなところに集めたんだ? なんかあんのか? あそこ」

「ちょっと待ってください。さっきの奴らって?」

 先ほど盗み聞きした内容をさっそくアリクに伝えれば、『なんて危ないことをしているんですか! 忍び込むなんて!』とまたセンシが叱られていたが、アリクはその情報を信じてくれた。

「とりあえず入口突破したら殿下はどこかに隠れててください。あとは私とセンシでなんとかしますから」

「ひどい! 魔力のない俺は不要ってことなのね!」

 膨れていたローレルだったが、立ち上がったセンシはひょいと抱き上げると自分の首に掴まらせる。

「いや、女の姿のままのローレルが万が一他の奴に見つかった時が危ない。このまま連れていった方がよさそうだ」

「その危ないっていうのは……」

 嫌な予感が走ったローレルが不審な顔を隠さずにセンシに尋ねるが、センシはあくまでも真顔で言い切った。

ゴー〇ンごーほにゃららん?」

「ほにゃららの中に入る言葉が、『モ』でも『カ』でも嫌だな……それ以外の言葉が入るのを切望するけど、俺の乏しいボキャブラリーの中にはそれ以外の言葉が入ってないんだわ」

「ぶつぶつ言ってないで、掴まれよ」

 いくぞ、とセンシが言うが。

「センシ、貴方、迎賓館の場所知らないでしょ」

 あさっての方向に走りだしそうになったセンシをアリクが慌てて引き留め、こっちです、と正しい方向を指さした。
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