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第八話 噂

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 私のことを呼び出していた陽キャ軍団。
 大人の恫喝は普通の女子高生には恐ろしいものだから、あの時のことはなかったことのように、大人しくなってくれたかと思った。
 しかしそれは一時期だけだったようで。
 一週間も経てば私への嫌がらせは復活した……らしかったのだけれど、私の方にそれを意識するような余計なことを考えている暇なんてなくなった。
 例えば、教科書を破くとか上履きを捨てるとかいうような実害のある嫌がらせだったら対処はしたと思うけれど、そういう類じゃなかったから、全然気づかなかったんだよね。

 授業中は授業を真面目に聞き(当たり前だ)、休み時間には授業の予習復習ノートまとめ。
 昼休みはスマートフォンにかじりついて、放課後は猛ダッシュでバイトに行って帰ってきたら家事とSNSににらめっこしながら、フォロワー数を増やす方法とかいう動画とかブログを漁って勉強をしていた。

 もうそんなこんなで、疲労困憊状態。時間的にも精神的にも余裕がないの。
 寝てても数字が頭から離れないし。一人フォローしてくれた数が減っても胃が痛くなる
 うちのクラスは、スマートフォン持ち込みが、たまたま担任が緩くて黙認されてる状態なので、昼食を食べながらスマホアプリのゲームをしている人が多かった。
 この仕組みいいなと思う。ぼっち飯が目立たなくていいという効果があるのだよ。

 しかし頭をずっと使っているような状況では、さすがに疲れて、今日のお弁当は数少ない私なんかとお話をしてくれる心優しい人と食べることにした。
 なんと向こうが誘ってくれて。お友達と呼ぶのは恐れ多いくらいのお相手だ。
 話しかけてくれた小田さんは私みたいな陰キャというより、単に大人しいだけの、可愛らしい子。
 私みたいに、スマホを見るのが苦手というより、それより本を読むのが好きみたいだ。

 せっかく誘いを受けたのだから教室で食べるのもなんだし、と小田さんと屋上に行くことにした。
 屋上はお互いの話が聞こえない程度に等間隔に人が離れて座っている。
 端っこの方の壁に寄りかかれる部分をえらんで、二人で座った。

 私の弁当とは名ばかりの、もう給餌というか、給油のような食事と違い、小田さんは小さなお弁当なのに、それをゆっくりもぐもぐとよく噛んで食べている。私ならきっと2分で食べつくせるような量なのに。
 私はさっさと食べ終えてしまったので暇を持て余し、申し訳ないと思いつつ小田さんの前でスマートフォンをいじりだしていた。

「志保ちゃんがフラれたから髪切ったって噂になってるよ~」

 今の自分にあり得ない言葉を聞いて、は? とさすがにスマホから顔を上げた。
 小田さんは私を志保ちゃんと呼んでくれるのもコミュ強ぽくてすごい。だからこの人は陰キャじゃないと思うんだ。

「フラれた?」
「相手を見返すために綺麗になろうとしてるって」

 まぁ、嬉しい。美容院効果は出ているらしい。さすが。
 それって私が綺麗になったって皆が褒めてくれてるってことだよね。
 努力の結果を評価してもらえるって嬉しいことですね。

 マドカさんとの約束通り、顔を洗ったら洗いっぱなし、乾燥が気になったらワセリンを塗るだけだった私だけれど、その塗り方にも一工夫をするようにと言われた。
 美容液とか化粧水とかを買えと言われなかったので、その辺りは諦めたらしい。
 顔を洗って拭いたらすぐにワセリンを塗る。塗りすぎたらティッシュでいいからオフ、だそうだ。
 そこで迂闊な私だったら、ティッシュの繊維を顔に残したまま登校しそうだから、拭き取りの時は鏡でチェックと言われた。なんでバレてるんだろう。

「あと、エンコーしてるって」
「あー、言われる心当たりあるけど、それはないし、相手は親公認だし」

 多分それ、マドカさんの車に乗るところを誰かに見られたんだろうな、と遠い目をしてしまう。
 私のエンコーを心配するより未来の義理の父親にならないように心配しておかなければならないんだけれど……。
 私は手をひらひら振った。

「恋愛なんて、そんな精神的余裕はないよ。今の私はニッキーの事しか考えられないし」
「ニッキー? マンダリンの?」
「ニッキーを知ってるの?」

 思わずがばっとに隣に座る小田さんに向かい直す。
 私が食いついたので、小田さんは驚いたように体を引いていた。

「う、うん、知ってるけど……」
「そうだ! お願い、私と相互フォローして!」
「え、あ、うん、別にいいけど……」

 そうか。こんな風にリアルの知り合いに頼めばいいんだ。そうすれば少しでも足しになるのになんで今の今まで気づかなかったんだろう……と思ったけど、私、友達いなかったんだ……とほほ。

「詳しい理由は言えないんだけれど、ニッキー好きとして、お友達を増やしたいの。できるだけ多く、できるだけ早く」

 私の要領を得ない説明なのに、小田さんは真面目に色々と考えてくれているようで。お弁当を中断してスマートフォンを取り出すと、SNSを起動してくれた。

「それなら……こっちの方がいいかな」
「こっち?」
「あ、ううん、なんでもないの」

 私のアカウント名、しほろんで検索してもらって、フォローをしてもらった。
 こちらからも小田さんと思われるアカウントの人をフォローする。
 といっても、フォローバック率100%なのですけれどね、私。
 そして、彼女のアカウントを何気なく見に行って驚いた。

「小田さん、フォロワー数多いね!四千人以上いるの!?」
「あ、うん、そうだね」
「どうやったら、こんなに……」

 と、彼女のツイートを見て理由がわかった。イラストとがたくさん載っている。
 これは今、やってるアニメのキャラクターかな?
 あ、これは知ってる。少年漫画雑誌で連載されてて有名なものもある。いいねの数もものすごい。

「ええっ、すごっ うまっ!」
「志保ちゃん、しーっ」

 私が一人ではしゃいでいたら、恥ずかしそうに小田さんに制された。もしかしたら、他の人には隠していることだったのかな。
 しかし、小田さんってこんな素敵な絵を描けるんだ、といきなり目の前の彼女に後光が差して見えるんだけど。

「志保ちゃんて、オタクとかに偏見なさそうだなって思ったらやっぱりだったね」
「え? 小田さんってオタクなの?」

 オタクっていうと、何か趣味に熱中している人の総称だという認識なのだけれど、違うんだろうかね。
 男性オタクのステレオタイプみたいなのがよく漫画とかにも描写されているけれど、周囲にそういう人を見たことがないから本当にいるのかなーと思うし。

「こういうの描いてたら、もうオタクっていわれるんだよ」
「そうなの? 私は芸術家って思うけどねえ」

 声を潜めて小田さんはため息をついている。なんか過去に嫌な思いを受けたこともあったのかな。

「アイコンとヘッダーこれなの?」
「え?ダメ?」

 私のアイコンはお絵描きソフトと写真を使って作ってみたのだけれど、小田さんは微妙な顔をしている。

「ニッキーのファンってことを前に出してフォロー数伸ばしたいなら、アイコンとヘッダー変えた方がいいと思うよ」

 そういうものかな、と思ったら、小田さんのヘッダーは四コマ漫画みたいになってて華やかだし、アイコンも原色が鮮やかでわかりやすい。いわゆるキャッチ―である。
 一目見て、……惚れた。

「お願い!! 描いてもらえませんか! お礼はお金がないので体で払わせていただきますが!」

 土下座する勢いで頭を下げた。
 いやもう、土下座しろと言われたらするし、土下寝でもするし。

 そして、第三者から言われて、フォローした人がフォローバックしてくれないのは、私のアイコンが怪しすぎたのかと初めて気づいた。
 やっぱり、ミドリムシとゾウリムシじゃいけなかったか。
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