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第七話 親子面談

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「ただいまー」
「おかえり」

 バイト帰りは9時過ぎになる。
 家に着いたら母の声が返ってきた。
 あ、よかった。今日はお母さん具合よさそう。起き上がって台所でお茶を飲む気力もあるみたいだ。
 朝に作ったご飯が消えていてほっとした。

「あら、貴方、随分雰囲気変わったわね」
「うん、ちょっとね」
 髪型にも気づいてくれたようでよかった。下手したら丸坊主にしても気づかないかもしれないから。
 それくらい普段の母は辛そうで。
 制服を片付けながら、さりげない風を装って母に話しかけた。

「お母さん、ごめん、ちょっとお母さんにどうしても会いたいという人がいて」
「それって、貴方がお付き合いしている人?」
「違うから!」

  どうやったらそういう発想がでてくるのやら。
 しかし、下手にマドカさんに会わせたらエンコーかパパ活とかと思われてしまう。マドカさんだってJKに興味ないみたいなこと言ってたから、それはないと言い切れるんだけれどね。
 私は賄いを食べてきたけれど、お母さんはあまり夕飯を食べない。それだとさすがに体に良くなさそうなので、焼きそばでも作ってあげようかと思ったら、ショートメールが入っていたのに気づいた。

『お母さん紹介して』

 速攻で消した。

 だからそういう言い方やめろっていうに。絶対、マドカさん面白がっているだろう。
 母の調子にもよるから、会えるかはわからないと思っていたのだけれど……。
 マドカさんの話をしたら母の方がなぜかノリノリで、幸いマドカさんと約束をした日にも、ちゃんと起きてきていた。

 マドカさんと会うのは、ご馳走してくれるというので、近所のファミレスを指定した。

「あ、私、こういうものです」
「頂戴いたします」

 母が珍しくきりっとしている。そして久しぶりに化粧をしている母の顔を見た。
 マドカさんから受け取った名刺を私も覗き込むと、名刺には、『笹原健斗』と書かれていて、スポーツ用品の代理店の店長とか肩書に書かれているのだけれど。

 マドカって名前どこに消えたんだ!?
 これ、ダミー名刺ってやつかなぁ。
 やばい、マドカさんって関わっちゃいけない世界の人なんじゃあ……。
 でも美容院の人も、マドカさんのことをマドカさんと呼んでたし。

「笹原さん、ですか。うちの娘がお世話になっております。志保の母の高松万里子と申します」

 私の隣に座る母が深々と、テーブル越しのマドカさんに頭を下げる。

「いえ、こちらの方こそ、志保さんにはお世話になっております。お母さん、お綺麗ですね」

 マドカさん、先制攻撃で相手を褒め殺しにきたよ。
 お母さんもそこで、まんざらでもなさそうな顔しないでください。
 熟女専かよ!
 うちのお母さん狙わないでよ!? 確かにシングルだから結婚するのは問題ないけど、こんな怪しい人をお義父さんとか呼びたくないからね。
 私はなんか話がつまらなそうというか、どうでもよさそうな気がしてきたので、スマートフォンを取り出して、SNSをチェックすることにした。
 えーと、なになに、ニッキー、バラエティ番組に出るの決まったのね。リツイートっと。

 ちなみに今のフォロワー数は48人。まだまだすぎる。

「志保さんとは学校関係で知り合いましてね。その際にご家庭のことも少しお聞きしまして」

 この人、さらっと嘘ついたよ。私、何も教えてないのに。
 まあ、知り合ったというか、ぶつかったのは学校関係というか、学校の前だったけど。

 マドカさんは上手だなぁ、詐欺師だなぁと思いながら、二人が話すのを見ていた。
 話しやすいのか、お母さんはとても楽しそうに話しているし。
 話してる内容も、金がないとか自分が働けてなくて私に迷惑ばかりかけてるとか、そんな話なのだけど。
 マドカさんは、うんうん、と頷きながら、軽く微笑んで聞いている。つまんないだろうになあ、うちの話なんて。
 食事をしてからも、デザートをどうですかとすすめられて、まだお喋りをしていたが、一通り話を聞いた後に、マドカさんが口を開いた。

「失礼ですが、お母様、生活保護とか受けてらっしゃいます?」
「いえ……私が行きましてもどうせ門前払いでしょうし……外聞も悪いですしね」
「そんなことはありませんよ。生活保護は国民の権利ですから、最低生活費より、世帯収入が低ければ、その差額が生活保護費として支給されます。よろしかったら、今度、私と一緒に福祉事務所に行きませんか?」

 なぜだろう。内容が内容なのに、なんかデートの誘いでもしているような響きに聞こえるのは私だけかな?

「それと、お母様の御病気の話を志保さんにも聞きました。とても優しいお嬢さんですね。お母様のことを心配してましたよ。お母様の教えがよろしいんですね」

 隣で聞いている方がなんか痒くなってきたし。
 お母さんもお母さん。恋する乙女みたいな顔になってるよ。

「一度、ちゃんと病院の方に行ってみたらいかがでしょうか。検査をするのもいいですし。お母様……いや、万里子さん」

 ぶほっ。
 とうとう我慢しきれずに思わずドリンクバーのレモンスカッシュをふいた。
 この人タラシだ。娘が隣にいるのに、よくできるねえ。

「そうですね、笹原さんがそうおっしゃるなら……行ってみようかな」

 そう言いながら、お母さんが不安そうに私の方を見る。私もにこっと笑って、大きく頷く。

「行くだけ行ってみて、何もないならそれでいいじゃん。ね? えーと、笹原さん?」

 行く気になっただけでもよかった。けれど。

「行く時は私も行くから。ね?」

 当たり前だ。二人きりにしてたまるか。そう思っているのに、そこで、あら残念みたいな顔をしないでください、お母さん。

「そうそう、印鑑とかお持ちいただくよう、前もってお話しておりますよね。志保さんに弊社の仕事を手伝っていただいてる関係で、保護者の方にも契約書と、契約内容を一緒にご説明を聞いていただきたいのですが」

 渡されたのはスポーツ用品の代理店という名刺なのに、契約書の内容は動画配信やインターネット事業の上でのモデルになってるんだけれど。しかも会社名がなんか違くない?
 お母さん、さすがに気づくかな、と思ったら。

「あ、はい、ここにサインすればいいですね?」

 と、ロクに読まないでサインしてるし! ちょっとこれ、ヤバイんじゃ。
 マドカさんはニコニコ笑っているし。
 しかし、私が目を皿にして契約書を何度も見たけれど、特別こちらに不利になる内容じゃないし……。何の目的なのかもわからなくて。

 ……私も結局、母に続けてサインすることになった。
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