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第二話 被害者と加害者

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 救急車は絶対に嫌だ、保護者も呼ぶなと思いっきり駄々をこねたら、そのまま整形外科をやっている病院に引きずってこられてしまった。
 まずは私だけ診察しなさいと、運転してた男性が受付の人に事故を起こしたということを話したら、看護師さんたちの見張りの元、他の患者さんを待たせた上での診察が始まってしまった。
 その間に、警察に対応すると言って、かの男性は出ていってしまった。
 自分が思ったよりどうも交通事故というのは大きいことらしい。むちうちとか、ぶつかっていない箇所までチェックされて。
 しかし、レントゲンを撮る前や診察を受ける前に「それ、いくらかかりますか?」といちいち聞いていたら「金の心配はしない!」と叱られてしまった……。

「車、移動をさせてきたよ。現場検証すんだら警察の人こっちに来てもらうから、ちょっと後で顔出してね」

 息を切らせた先ほどの人がすぐに戻ってきた。そのまま逃げたりしないし、ずいぶんと律儀な加害者である。
 整形外科はジジババが多く常連ばかりらしく、その中に飛び込みで、しかも若い患者とあって、やたらと注目を浴びて恥ずかしい。
 
「レントゲンでも骨に異常は見られませんね。腹部の軽い打ち身だけですから、一週間も経てば痛みも痕もなくなると思いますよ。湿布は出しておきますけど、痒みとか肌トラブルあるなら塗り薬にも変えられますから言ってくださいね」

 ほらー、やっぱり、大したことないじゃん。病院なんて来ることなかった。
 なんでもなかったとわかった途端に、どや顔を披露してしまう。

 あぁ、早く帰りたいなぁ。

 その後の警察の事情聴取もあっという間に済んでしまった。
 やる気のなさそうなお巡りさんが何か書類を書いてすぐに終わってしまって。

 薬も貰ったのでさっさと別れて帰りたかったのだが、とりあえずお詫びと今後の保障の話もあるからと言われて、病院の近くにあった喫茶店に引っ張り込まれてしまった。

「ご心配をおかけして」
 向かい合わせに座ってオーダーを済ませた時点で相手に頭を下げた。私が謝る筋合いもないと思うけど。しかし。
「本当だよ」
 なんだろう、この人は怒っているのだろうか。ちらっと顔を上げると睨むように見られた。

「君は俺に借りがある。車道に飛び出してきたのは君だからね。君の治療費も、車の修理代も含めてこちらは大きな損害だ」

 えええええ、私、被害者なんじゃないの!?
 痛い思いまでして、なんで私が責められているの?!

 わたわたとしていたら、ちょうどタイミング良く二人のオーダーしたものが届く。相手はコーヒーで私はチョコレートパフェだが。
 まずは食べなさい、と置かれたチョコレートパフェを指さされた。言われた通りに黙って口に運ぶが……味がしないよ。

「君、あの時に変な飛び出し方してきたよね。なにしてたの?」
「あー、突き飛ばされたんですよねー」
「ふぅん、いじめられてるの?」
「うーん、どうなんでしょうね」

 よくわからない。
 あれは果たしていじめなのだろうか。
 教室ではあの子たちとあまり接触がない感じだし、呼び出しを受けたのも初めて。

 大体、なんで他人の名前を騙ってまで私を呼び出そうなんて思ったのかすらもよくわからなくて。

「あと、なんで保護者の方に連絡してはいけなかったの?」
「それは、個人的なことで……」
「親とうまくいってないとか?」
「そういうわけではないんですが……」

 あー、もうやだ。事情聴取かよ。
 こういう風に詮索されるのが嫌だから、他人に関わりあいたくないのに。

 自分から『聞くんじゃねえオーラ』が出ているのが伝わったのだろうか。
 相手さんは諦めたように乗り出してこちらを見ていた躰をさげて、背もたれに体を預ける。

「まぁ、とりあえずそこは置いておこうか……」
「おじさん……」
「おじ……確かに君の年齢からしたら、俺はもうおじさんだけれどね」

 自分がナチュラルに言った言葉に地味にショックを受けているらしい。申し訳ないことを言ったかもしれない。

「マドカと呼んでほしい」
「はぁ、マドカさんですか」
「君、名前は? 高校生だろ?学年は?」
「高松志保、17歳、高3です」

 本当のところを言うと、名前はもう知られているだろう。
 先ほどの医者で診察を受ける前に初診だから診察券を作ると言われた時に答えたのだから。
 それでもちゃんとこうして知己を得るチャンスを作ってる相手に、ほんのり好感を持った。

「君はスマホ持ってる?」

 唐突に言われて目を瞬かせた。
 なんだろう。電話番号でも知りたいのだろうか。

「はい……」
「出してくれる?」

 いくら貧乏とはいえ、最低限の機能を備え、最低限のデータ通信料で契約しているスマートフォンは持っている。私の場合生活必需品だからだ。
 しかしこれ以上の個人情報は渡さないと警戒していれば、それがわかったのだろうか、彼はそれに触ろうともせずに指示を出してきた。

「検索して」
「は?」
「二木本航大って知ってる? 今、売り出し中の男性アイドルなんだけれど」
「アイドルって興味ないんで知らないですけど……」

 なんなんだ、急に。
 言われるままに検索を掛ければ、公式サイトなるものがヒットしてそれをクリックする。
 悪いが芸能界、スポーツ、お笑い……その辺りは全部私の範疇外だったりする。テレビもロクに見ないし。私が知ってる有名人といえば、かろうじて政治家が顔と名前が一致するレベルだろうか。

「この子ですかね? 年齢19歳の埼玉県出身で特技は声帯模写……」

 四人組の男性アイドルグループ、マンダリンとかいうのに所属しているらしい二木本くん。
 写真を見るが、そこまでイケメンとも思わないし、愛嬌はあるが普通の子に見える。
 クラスメイトにでもいそうな感じだ。
 どちらかといと目の前のマドカの方が容姿は整っているし、芸能人ぽく見える。

「そう、その子だね。じゃあ次、君はSNSは使っている?」
「見る専門なら少しだけ」

 短い文章をメインにやり取りができるものや、写真がメインにやりとりするもの、若者を中心に人気の短い動画をアップできる動画など様々なものがあるようだ。
 元々プリインストールされているものもあるが、地震などの災害情報に強いと聞いて始めることにした。
 しかし、自分がそれに発言してコミュニケーションをとることはほとんどない。

 なぜなら自分、友達がほとんどいないから。
 あ、目から汁が出てきそう。

「ならアカウント持ってるね?」
「はぁ、まぁ一応は」
「これから君はSNSでインフルエンサーになって、この二木本航大を応援してほしい」


 …………は?
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