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第二十話 優しい嘘

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「俺の部屋で少しお話でもしないか?」

 私のために割り当てられた客室の方に行こうとする私をデュークが引き留める。

「いえ、せっかくですから、本を読ませていただきたいなと思います」
「それなら、俺の部屋でだっていいじゃないか」
「貴重な本を心配なさるという意味でならお邪魔はしますが、そうでないなら私は部屋に戻らせていただきたいと思うのですが」
 
 一人でゆっくりしたいし――今はデュークの側にいるのも辛い。
 先ほどのブレスレットのことを思い出してしまうから。

「少しでも一緒にいたいんだ。ダメかな?」

 私がためらっている間に、デュークは私の手を握る。そして少し強引に彼の部屋へと引っぱられていった。
 絶対離さないとでもいうような強硬な姿勢にどうしたのだろう、と不思議に思いつつも後をついていったが。

 彼がドアを開けて部屋に入り、ドアを閉めるなり、振り返って問いかけられた。

「カリン、何を怒っているんだ?」
「ちょっと待ってください。ドアは開けて!」

 慌てて細くドアを開ける。いくら婚約者同士とはいえ未婚の男女が密室の中にいるのはタブーだからだ。
 ここは他所のおうちだし、家からついてきてくれている侍女は母の方にいる。この家の使用人も食堂や応接間の方に集中しており、主人たちの私室辺りは人の気配がない。たとえ不埒なことをしていたとしてもきっと気づく人はいないだろうけれど、それでもマナーは守らないと。
 デュークを軽く睨めば、デュークは大きな体を縮めて謝ってきた。

 ……話の腰がすっかり折れてしまったが。

「別に怒ってないですけど」

 違う意味でならデュークを今叱ったが。
 
「なら、何かを隠してないか?」
「隠しているのはデュークでしょう?」

 ちょうどいい、と彼から離れ、部屋の奥へと入っていく。
 マントルピースの上にあったそれを掴むとデュークに突き出した。

「……ねえ、デューク。この青いブレスレットは、誰への贈り物ですか?」

 わざと見せつけているのだろうか、と思うくらい、堂々と置いてあるもの。もしかして私の嫉妬心を煽るための小道具?と思いたくもなるほどの。
 しかしそれにしてはあまりにもあざといし、ばかばかしいし……悲しいかな、自分と彼はそこまでの仲ではない。

 一瞬、なんのこと? というような顔をした彼は、次の瞬間に、しまった、というような顔を見せる。そして、目に見えてうろたえ始めた。

「え、それなんでそんなところに?」
「あえて目立つところにご自身で置いてたのではないのですか? マントルピースの上に普通にありましたよ?」
「え、ほんとに? というかそれ、いつからバレてたの?」

 ばれてたとはなんだろう。浮気……とか?
 私が無意識に彼にカマをかけたということなのだろうか。

「別に、デュークがどなたかに何を贈ろうとしても、私に気兼ねする必要はないですけど」

 ああ、ダメだ。声が震える。
 こういう時、お姉さまなら毅然とした態度をとることができるのだろう。
 しかし、精一杯背筋を伸ばしを、大きく息を吐いたら少しばかり落ち着いただろうか。

「私と貴方が結婚するのは、家同士のため。そうちゃんと理解しておりますから。貴方は私を大事にしてくださると約束してくださいましたが、無理に優しくしてくださる必要はございません」

 昔、姉とデュークが結婚するのは、家同士としても悪くないと思ったことがあった。でもそれは私とデュークでも同じことが言えるのだ。

 いや、もしかしたら私が選ばれたのは、お姉さまと繋がった血のせいなのかもしれない。
 彼は私を通して姉に触れてるつもりなのだろうか。
 でも、誤解なんかしない、自惚れなんかしない。それでは自分があまりにもみじめになる。
 私がただ、この片思いを抱えて苦しんでいけばいい。

「私にお姉さまの代わりを求められましても、私はお姉さまにはなれませんしね」
「え? ヨーランダ?」

 私は貴方が求めるような大人の女性にはなれない。
 見苦しい嫉妬もするし、笑顔で貴方の前にいることが、苦しくて、切なすぎて、もうできない。
 しかし、傍にいることも思いきれない。弱い、私。
 こういう時に、怒れる人が羨ましかった。怒れる権利を私は持っていないから。

「でも、思い返してもくれない好きな人を追いかけるだけの人生って、淋しくないですか?」

 ずっとお姉さまに縛られている。そんなデュークが可哀想だと思った。
 私が彼を忘れさせてあげる。そんなことが言えればいいのに。
 そんな風に言えるほど、人生経験があるわけでもなかった。

 そして、自分とデュークは同じ思いをしていくのだろう。
 二人して、思い返してもくれない人を好きになって。返す刀で自分を傷つける。 

「愛してないのに、愛しているふりをするのって心の何かが削れていくような気がしますし」

 だから、貴方は無理をしないでいい、とそう言いたかったのに。

 私を愛するふりをしないで。

 優しくしないでいい。

 お姉さまのことが好きだというのなら、貴方は彼女を好きなままでいいから。

 そんな貴方でも、私は貴方が好きだから。


「もう、優しい嘘はいりません、から……」

 だからもう、これ以上、貴方は嘘をつかないでいい。
 ああ、ちゃんと言えた。
 泣きそうになっていたけれど、ちゃんと笑えた。





 どこかあっけに取られて私の話を聞いていたようだったデュークが、ようやく声を上げた。


「……君は俺のことを好きなんじゃないのか?」
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