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第十八話 女物のブレスレット

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 侍女にデュークの部屋に連れていってもらって、彼の部屋に足を踏み入れた途端に、急に緊張してきてしまった。
 普通、婚約者か身内でもないと、異性の部屋に入ったりはしない。
 室内の設えは、彼がしているとは限らないのに、こげ茶色の家具に薄い緑の壁紙という組み合わせは、デュークらしい気がする。
 部屋の主がいない隙に、勝手に見て回っては失礼になると思うのに、好奇心に負けて室内をゆっくりと見て回り、マントルピースの上に男性の室内にしては可愛らしいリボンがかかった袋を見つけた。
 どこかで見覚えのあるそれをじっと見つめ、その袋に書かれた店の名前を読んで、あっと思いだした。
 それはヨーランダへのお祝いを買いに、二人で訪れたあのガラスの専門店の名前だった。

「これは……」

 震える手で持ちあげ、せめて灯に透かして中に何があるかを確認しようとすれば、長く置かれていたものなのだろうか。封が弱っていて、持ち上げた瞬間に勝手に中のものが滑り落ちた。
 慌ててそれを落とさないように手で受け止めて、顔がこわばった。

 それは、お姉さまが家に置いていった、デュークからのプレゼントのブレスレットと色違いのものだった。
 他の男性からのいただき物は、マクスルド卿に申し訳ないから、とそっくりおいていったもののうちの1つ。
 昔の恋の思い出でもいいから、姉にはデュークのよすがを何か持っていってほしかった気がしていた。
 デュークの恋心が置き去りにされているようで、苦しくて。
 そう思いながら置いて行かれたものをしげしげと眺めたのだから、デュークが姉に贈ったものを自分が見間違えるはずがない。

 どうして……同じデザインのものを、デュークが持っているのだろう。

 瑠璃色のそのブレスレットは、美しく、少し色合いが違うけれど、今日の姉のドレスの色を思い起こさせた。

 封が弱って開封してしまったけれど、きっとこれはデュークが誰かに贈ろうと包んでいたものだろう。

 一瞬、自分へのプレゼントだろうかとも思った。
 しかしこれがもし私へのプレゼントだとしたら、とっくに渡してくれていただろう。
 となれば他の誰かに渡すつもりで買っていたものなのだろうか。

 お母様のリントン辺境伯夫人に対してだったら、このデザインは若々しすぎるし、それにあまりお似合いにならないだろう。
 彼ほどの見る目を持つ人なら、これが自分の母親に似合わないというくらいはわかるはずだ。

 となると、これを渡そうと買った相手は若い相手で、同世代くらいで、ブレスレットの細さからしても相手は女性で。

「…………」
 
 目の前が真っ暗になりそうだった。
 とっさに怒れればよかったのに。しかし、自分はさもありなんと受け止めてしまった。
 もし、これがどこかの女性にデュークが渡す目的で買われたものだったとしても、よりによって私との思い出の店で、自分以外の誰かを想って買うなんて、あまりにも思いやりがなさすぎる。

 私からいい店を教えてもらえてラッキーだったということだったのだろうか。

 もし彼がそういうつもりならば、自分にとっては大事にしていた思い出を、どこか穢されたような気がした。

 それに昔の恋人に渡したのと同じデザインで色違いのものを選ぶなんて、渡そうとしている相手にも、失礼ではないだろうか。
 一体どういうつもりなのだろう、とブレスレットの前で考えこんでしまった。


 部屋の前の廊下から足音がする。
 彼が来たのに気づき、慌ててそのブレスレットを袋に戻し、そのまま元の場所に戻した。
 この耳鳴りのように聞こえる自分の激しい心臓の音は見てはいけないものを見てしまった恐れからだろうか。
 それとも他人のプライバシーを勝手に見てしまったという罪悪感からだろうか。
 足音が部屋の前で止まり、ドアが開かれた瞬間に、どっと疲れが出た。

「お待たせ」
 濡れた髪の彼が、本を片手に入ってくる。彼は何も気づかずに本を無造作に私に渡した。

「一緒に見ようよ、こっちにおいで」
「はい……」

 椅子を二つ側につけて、肩を並べて本を見つめる。
 彼が持ってきてくれたのは、絵が多く含まれる隣国の軍記物の創作物。
 1枚1枚が手作業で刷られている多色刷りのもので、装丁も金や刺繍で彩られている価値の高い物だ。

 ずっと本物を見たくて、憧れていたものなのに、隣で本に目をやる彼にも、そしてマントルピースの上の物にも、そちらの方が気になってしまって、ちっとも集中できやしなかった。
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