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第一話 最悪の出会い

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 隣接している伯爵領に、同じくらいの年頃の子供がいるとしても、お互い貴族同士だとなかなか顔を合わせるチャンスはないものだ。
 派閥とか力関係とか、そういうものも影響するし、領地は広く、その館がほど近くにあるとは限らないから。
 同じ伯爵家といってもあちらは国王陛下の覚えも愛でたい辺境伯で肥沃で広大な土地持ちな一方、こちらはほどほどの大きさの領地しかない伯爵家なのだから差が大きいのだけれど。

 だから私がリントン伯爵の一人息子であるデュークと会ったのは、生まれてから6年も経ってからだった。

 少なからず、私はその時は、新しく会える男の子という存在に期待をしていたのだ。
 使用人の子供は身分の差があるということで一緒に遊べず、兄姉は歳が離れていて、自分と遊んでも子供じみて退屈と、なかなか遊んでくれなかったから。

 新しいお友達になってくれるかしらと、伯爵家の紋が描かれた馬車が到着した時は、馬車から下りてくる彼らをわくわくしながらそっと見ていたのだ。
 ご挨拶をして始めて見るリントン伯はがっしりとした体格の大きな人で、少し怖そうだったけれど、その息子のデュークは大人しそうで、ほっとした。
 屋敷の中に招き入れられ、一緒に遊びなさいとデュークと私が二人にされて、大人達は応接間の方に行ってしまった。

「カリン?」
 確認するように呼ばれて、彼の傍になんの疑いもなく歩いて行った。
「なぁに?」
「いいもの」
 デュークは話すのがあまり好きではないのか、先ほどから片言でしか話さない。
 先ほども自己紹介の時だって、「デューク」と名乗っただけだったし。

「いいもの?」

 どこか得意そうに突き出された手。
 目の前に現れたのは、大きなカエルだった。

 とって?とばかりにさらに出されるが、掴み損ねた彼の手から、ぴょん、とカエルが自分の方に飛び跳ねて、お気に入りのドレスの胸元にべたっと貼り付いた。


「きゃあーーーーっ!!」

 彼から飛び退るが、胸に貼り付いたカエルは落ちてくれない。

「いやぁ、いらない、あっちいって!」

 触ってはたき落とすのも嫌で、腕を大きく振って振動で取り落とそうとするが、そうすればいっそうカエルがしがみつき、はい上ってこようとする悪循環。
 間近に見えるカエルの縦長の瞳孔に、気を失いかけた時、私の悲鳴を聞きつけて、大人達が部屋に飛び込んできた。
 その時、カエルが床にぼとっと落ちてくれ、私は大声で泣き始めた。

「あらあら、どうしたの?」

 わんわん泣くだけの私にヨーランダお姉さまが優しく床に跪いて話しかけて、抱きしめてくれる。
 柔らかく、温かく。いい匂いを嗅いでいたら安心して、ようやく落ち着いてきた。
 泣いて、泣きすぎてひきつけを起こしながらも、とぎれとぎれにデュークにされたことを姉に訴えれば、姉はただ、そうね、そうね、と聞いてくれた
 困ったようなデュークが私に一歩近づいたのがお姉様の肩越しに見え、ひぃっと喉の奥から怯えた声が出た。

「デュークなんて、だいきらい! あっちいって! ちかくにこないで!!」

 デュークが見えないように姉の胸に顔をうずめて、ぎゅうっと彼女を抱きしめ、それから顔をずらしてデュークを睨みつけた。

「そんなこと言ってはいけないわ。デューク、ごめんなさい。あちらで待っていてね。カリンをなだめてから私も参ります」

 姉の言葉に、デュークが1つ、コクン、とうなずき、素直に離れていく。

「もう大丈夫よ。貴方がカエルが怖いってことをデュークは知らなかったのよ。きっとデュークはカエルが好きで、貴方に見せてあげたかっただけだと思うのよ」

 必死に姉が私の頭を撫でてなだめてくれるが、仲良くしようと思っていた相手に意地悪をされたという悔しい思いと、相手への怒りで涙が止まらない。 
 様子をうかがっていれば、声だけが聞こえる。
 リントン伯がデュークを叱りつけ、お父様がそれをなだめているようだったが、あんな奴、もっと叱られてしまえばいいのに、と思っていた。



 それからデュークを見ると大きなカエルのことを思いだして足がすくむようになってしまった。
 あの時のカエルは自分の記憶の中でいつまでも消えず、どんどんと大きくなっていくほどで、歳を重ねていくうちに、カエル自体への恐怖は薄れていったけれど、デュークへの嫌悪感や恐怖心が薄れることはなかった。

 彼が屋敷を訪れる時は最低限の挨拶をするだけでそれ以降は部屋にこもって隠れ、我が家が相手の邸宅を訪れる時は、病気を理由に屋敷でお留守番が定番となっていた。

 だからデュークがその頃、どのような顔をしていたのかはまるっきり覚えていない。

 あの日、あの時、デュークと私は確かに初めて出会っけれど、彼と出会いがあったのは私だけではない。
 8歳の私にとって、12歳であった姉は冷静に私を慰め、とても大人に見えた。
 それはきっと、10歳だったデュークにも同じに見え、彼が年上の女性に好感をもったのは事実だろう。


 デュークとヨーランダお姉様の仲が急速に近づき始めたのは、私が12の春を迎える頃だった。




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