【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

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第49話 事件後

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――――その後。



 結局のところ、大公妃殿下のサロンのコンペは、辞退することになってしまった。
 一人しかいないモデルが顔に怪我をしたのだから当然といえば当然なのだが、事件後、私はしばらく熱を出て寝込んでしまった。
 
 私が寝込んでいる間に、この一連の事件は大スキャンダルになって王都の街を駆け巡ってしまっていたようだった。

 今をときめく人気急上昇中のブティック『プリメール』のデザイナーは実は伯爵のジェームズ・ラルム・モナードだったということまで知れ渡ったのはともかく、セユンとして婦人のサロンに潜り込み、営業をしていたことはやはり、男性の高位貴族から非難が集中し問題となってしまった。
 もしかして妻を寝取られたのではないか、と恐れもあったのだろう。
 近衛隊長の不祥事ということで王宮に謹慎を求める意見書まで出されたとか。
 しかし、事態はまたたくまに鎮静化した。
 セユンの営業中のセールストークはともかく、彼自身の行いが潔癖すぎたことは明らかで、どこを叩いても1つも埃が出なかったからだという。
 それと、なぜかプリメールの専属モデルとモナード伯爵は恋人同士であるという噂が流れたらしい。

 それ誰のこと? と、一番最初に噂話を我が家のメイドから聞いた時は脳が考えることを拒否していたが……。

 私がケガの治療のためしばらく家に引きこもらざるを得なかったのも、噂と憶測が飛び交う理由にもなったのだろう。
 元々は私を介抱するセユンの態度を見ていた人達から流れた噂らしい。
 噂が噂を呼んで私が知らない間に、セユンと私は恋人同士であると確定したような噂に変じていたようなので、噂とは恐ろしくも呆れるものだ。

 そして。
 
「ごめんね、レティエ……」
「貴方の判断は正しかったから謝らないでいいのよ? 本当にミレーヌありがとうね。貴方のおかげだわ」

 なぜかミレーヌは私に謝り続けていた。彼女のその謝罪は不要だというのに。
 頭を垂れるミレーヌを私は抱きしめて心を込めてお礼を告げる。ミレーヌがいなければ万が一ということもありえたかもしれなかったのに。

 クロエと対峙していたあの時。
 飛び込んできてくれた衛兵たちを遅いと思ったが、しかしあれは想定以上に早かったらしい。それはミレーヌのおかげだった。
 あの時に見覚えのあるモナード伯爵邸の衛兵に紛れた見知らぬ人達は、街の憲兵隊だったのだ。
 私が約束の時間をだいぶ過ぎても帰らなかったことからミレーヌが異変に気付き、母に伝えたことから私がこっそりと働いていたことがばれてしまった。
 しかし母が大急ぎで街の憲兵隊に連絡をとらせ、そこからモナード伯爵家に照会し、門番が私が外に出ていないという情報から邸内を捜索させたことが窮地に間に合わせたのだ。
 あれがミレーヌが勝手な判断で自分だけで伯爵邸に乗り込んだり、秘密を守ることを優先させていたらと思うと恐ろしい。
 もっとも娘可愛さに母が大騒ぎしたことから話が外に漏れ、ゴシップの匂いを嗅ぎつけた新聞記者が伯爵邸に集結してしまい、今のようなわけもわからない噂まで流れたことになったのだけれど。

 私が働きに出ているという秘密を洩らしたことから、色々な騒ぎに私が巻き込まれたと思い、ミレーヌはいたく落ち込んでいるわけで。そんなミレーヌに私は晴れやかに笑ってみせた。

「これはちょうどいい機会と思うわ。私、この仕事が好きなの。お父様には私からちゃんとこの仕事をしたい、続けたいって言うつもりだわ」

 もう、私はおばあ様の花園を見つける必要はない。しかし、今度は私のために見つけたいと思う。
 でも、仕事をするのはそのためだけではなく、仕事自体が楽しくて仕方なくて。
 セユンと共に夢を見続けたい。それが今の私の夢でもあった。
 そんな私をミレーヌは眩しそうに見る。

「……レティエ、貴方、すごくたくましくなったわね」
「そう?」
「この家に引きこもっていた時より、ずっと楽しそうよ」

 私は大きくミレーヌに頷いてみせた。
 そうだとしたら、それはきっとセユンのおかげだと思う。いや、セユンだけではないだろう。
 外に出て変わることができたのだから、それは外で出会えたみんなのおかげだ。

「レティエ、起きてるか?」
「あ、はい」

 扉の外からの父の声にミレーヌとの話を止め、メイドにドアを開けさせる。

「モナード伯爵がお見舞いに来てくださっているよ。応接室にお通ししている」
「そうなんですか!? 急いで支度をいたします」

 起きられるようになったので寝間着のままではなかったけれど、それでも誰かお客様を迎えるような恰好ではない。慌てて身なりを整えてから父に連れられる形で階下に降りて行った。
 私が応接室に姿を見せると、所在なさげにソファに座っているセユンが見えた。
 大きな身体なのに、妙に縮こまっているのがおかしい。

「お見舞いだけ置いて帰るつもりだったのだけれど……なんか申し訳ないね。具合は大丈夫なのかな?」

 久しぶりのせいか、どこかセユンの態度がよそよそしい気がする。
 まるで見張りのように私の側にいる父と、好奇心たっぷりで様子をうかがっている母のせいの気がするが。
 父はセユンの前の席に私を座らせてから咳払いをする。

「モナード伯爵は、娘と面会の後にあとでお時間いただけますかな?」
「え?」
「娘のことでブティックや伯爵家に対して当家から申し上げたいことはたくさんございますが、コンペ用に作られたというドレスをぜひうちで買い取りたいと思いまして」

 コンペ用のドレスといえば、今回私がケガしたために参加できなかった大公妃用にデザインされたものだろう。
 結局出品できなかったため、デザインも材料費も人件費も全て無駄となり、ブティックの負債となってしまったはずなのだが。
 セユンは情けない顔から営業用の顔にいきなり切り替わると、首を振る。

「補償のお話でしたら結構です。以前から文書にて伝達させている通りこちらの問題でお嬢様を怪我させてしまったことに対してお詫びをしないといけない立場ですし」

 セユンは困ったように私の方をちらちら見ながら話している。私の前では言いにくい話なのだろうか。 

「お父様、私のケガについてモナード家に申し立てでもしたのですか? それならおやめください。私が勝手にしたことですから」

 今回のセユンの騒動は私も巻き込まれたため、私の評判が落ちていることにもなっているだろう。
 顔にもけがもしてしまったし、伯爵本人とも噂が流れてしまっているようだし。嫁入り前の娘を持つ貴族とし、抗議をしていてもおかしくはないが。しかしセユンが首を振る。

「レティエ……くん、それは違うよ。これに関して、君のお父さんは悪くない。それにこれは大人として当たり前のことだ」
「むしろ私のせいでブティックに損害を出してしまったというのなら、お父様に買い上げていただき、私が働いてお返しします!」
「そうじゃないよ! それくらい無駄になる覚悟がなかったら投資なんてできないんだから。会社はアクシデントは見越した上で計画立ててるもんだから、安心してよ」

 セユンは困ったように父の方を見る。父は私とセユンを見比べるようにすると「勘違いさせてすみません」と謝った。そして私の方に向かって言う。

「モデルのお前のサイズで作られたものなのだろう? 見本として作られているとしても、それはオーダーメイドと一緒じゃないか」
 
 唐突に父は何を言いだしたのだろう。
 意味が分からず当惑していたら、父は今度はセユンに向けて話しだした。

「来シーズン、わが娘は社交界デビューを控えています。その時のためにそのドレスを買い上げたいんです。将来、クローデット商会のキャンペーンガールにもなる娘に」
「!」

 その言葉は、一見すれば、ブティックの顧客としてドレスを買い上げてくれたように聞こえる。それだけでも嬉しいのにそうではない。
 現在はブティックプリメールの専属モデルとして働いている私に、将来は父の持つクローデット商会とも契約するモデルになれと言っているのだ。 
 つまりモデルとして働き続けることを認めてくれたのだ。
 箱入り娘として、貴族らしくあることを求められていると思っていたのに、父は娘が働くことを認めてくれるのだ。そのことが嬉しくて声が出なかった。

「そういうことなら、ありがとうございます!」

 それがセユンにも伝わったのだろう。
 今まで以上にはきはきとした大きな声でセユンが返事をする。そんな彼を一瞥すると。

「また後で」

 そう言って父は部屋から出て行った。
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