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第41話 二人の噂2
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「クロエさんて、騎士見習いだったんですね……」
セユンと一緒に剣を振るう若い頃の彼女を想像し、自分にはできない彼への寄り添い方が羨ましく、胸が痛んだ。勝手に妬ましく思う自分はなんて見苦しいのだろう。
リリンは私の言葉に小さく頷いて話を続けた。
「まだ二人が子供の頃に、先代の伯爵様とクロエの父……かの方も騎士だったのだけれど、北部の戦いに赴いて命を落とされたの」
「……」
二人とも同じ時期に親を亡くしていたのか。それも騎士としての戦いのさなかに。
「それまでクロエは騎士を目指して努力していたわ。彼女は騎士見習いの中でも抜きんでた剣の才能の持ち主で、同世代で彼女に勝てる者はいなかった。それこそ体格が優れた男の子でもね。でも、先代の伯爵が亡くなったらジェームズ様は伯爵の跡目を継がなければならなくなった。ジェームズ様は彼女の主になってしまったの。あの戦いがきっかけになったのかわからないけど、その後、クロエは騎士になる道を捨ててしまった。それは貴族になる手段を諦めることも同じよね」
「え……?」
彼女の言葉に違和感を感じた私は顔を上げるが、リリンはそのまま話を続ける。
私は問いかけるのをやめ、そのまま彼女の話を大人しく聴くことにした。
「……それはクロエとジェームズ様の別れを意味するわ。ジェームズ様はクロエより伯爵であることを選んだともいえるけれど、そんなの当たり前よね。女より地位や名誉を選ぶとかそういう話じゃない。彼がそんなことをしたら私たちはみんな路頭に迷ってしまう。家臣だけでなく従騎士や陪臣、伯爵家に勤める人、そして領民。それらだけでも大勢の人間が寄る辺を失うことになるから」
領地を下賜された貴族は、領民を守るだけでなく守り切る義務も持つ。それは我が家のような領地を与えられない貴族には考えられないほどのプレッシャーだろう。
「……本当はジェームズ様は貴族なんて、一番嫌っている人かもしれない。自由を好み、有能な人だから。でも彼は自分からの責任からは逃れなかった。優しすぎるのね。でも、その優しさのせいで、彼はクロエを完全に切り離すことはできず、いまだに側に置いている。その結果、お互いに依存するような形になってしまっているように思うの」
あくまでもこんなの勝手な想像だけどね、とリリンは肩を竦めている。
しかし、ずっと彼らを見続けていた彼女からしたら、二人の依存関係は事実に思えるのだろう。
「ジェームズ様はここにいる時はあんなに闊達でいるけれど、騎士としてはとても苛烈で厳しい方なのよ。そして伯爵家に関わることだとひどく頑固で融通が効かないの。家臣の誰が、家のことを考えて結婚を進言したとしても聞く耳を持たないくらいに。……でもジェームズ様はもう31。クロエに対していくら引け目があったとしても、もう次に進むべき時じゃないかしら」
リリンは私に一歩近づいてきた。思わずとっさに私は顔を引いてしまった。
「ねえ、貴方はジェームズ様のことが嫌い? 私は貴方が伯爵夫人になってくれればいいって思ってる。私も随分と長いこと、こちらの伯爵邸に勤めているけれど、あの方が誰かに執着したのを見たのは貴方が初めてなの。確かに貴方とは少し歳が離れているけれど、彼は魅力的な男性ではあるでしょう?」
「…………っ」
「…………今度は即座に否定しないのね。貴方のその沈黙は、前に訊いた時とは違って、前向きに検討してくれてる証拠って思っていいかしら?」
リリンの言葉に、自分の心の中が読まれたような羞恥に、顔が赤らんだ。
それは彼を思う私には願ってもみない提案だ。
確かにリリンが言うようにセユンは私に執着しているし、私だって彼への思いを自覚している。
しかし彼は私をモデルとしてしか見ていない。
彼のアイディアを刺激する素としてしか見られていない。
それは恋情とはまた別種のものだと……悲しいけれど私はそれを自覚もしているのだ。
「私は好きだとしても、あの人からしたら私はまだ子供ですし……」
「子供はいつまでも子供じゃないわよ……それにジェームズ様に大人にしてもらえばいいんじゃない?」
茶目っ気たっぷりにウィンクされて、その意味が分かってしまった私の顔から火を噴いた。
「リリンさん!」
「冗談よ」
おかしそうに私のウブさをまたからかわれてしまった。リリンはひとしきり笑うと、優しい目で私を見つめて呟く。
「でもね、それが私の本音なの」
彼女は無理には言わないわ、と納めてくれて、ほっとした。
私は彼のお気に入りではあってもあくまでも、それだけ。
たとえ、誰かの後押しでセユン……いや、伯爵のジェームズと結婚する関係になれるとしても、彼から恋されたいと願うことは、贅沢だろうか。
セユンがクロエを今、側に置いているということは、彼はクロエを選んでいるということだ。
リリンの言葉を借りるなら、まだ彼がクロエに依存しているということにもなる。
もし、クロエがプリメールを辞め、彼から離れたとしても、クロエの影はいつまでも付きまとわないだろうか。少なくとも私はそう見てしまう。
そんな状況の彼の側に置いてもらっても、彼に自分に恋させるというなんて自信は、今の私には持つことすらできなかった。
セユンと一緒に剣を振るう若い頃の彼女を想像し、自分にはできない彼への寄り添い方が羨ましく、胸が痛んだ。勝手に妬ましく思う自分はなんて見苦しいのだろう。
リリンは私の言葉に小さく頷いて話を続けた。
「まだ二人が子供の頃に、先代の伯爵様とクロエの父……かの方も騎士だったのだけれど、北部の戦いに赴いて命を落とされたの」
「……」
二人とも同じ時期に親を亡くしていたのか。それも騎士としての戦いのさなかに。
「それまでクロエは騎士を目指して努力していたわ。彼女は騎士見習いの中でも抜きんでた剣の才能の持ち主で、同世代で彼女に勝てる者はいなかった。それこそ体格が優れた男の子でもね。でも、先代の伯爵が亡くなったらジェームズ様は伯爵の跡目を継がなければならなくなった。ジェームズ様は彼女の主になってしまったの。あの戦いがきっかけになったのかわからないけど、その後、クロエは騎士になる道を捨ててしまった。それは貴族になる手段を諦めることも同じよね」
「え……?」
彼女の言葉に違和感を感じた私は顔を上げるが、リリンはそのまま話を続ける。
私は問いかけるのをやめ、そのまま彼女の話を大人しく聴くことにした。
「……それはクロエとジェームズ様の別れを意味するわ。ジェームズ様はクロエより伯爵であることを選んだともいえるけれど、そんなの当たり前よね。女より地位や名誉を選ぶとかそういう話じゃない。彼がそんなことをしたら私たちはみんな路頭に迷ってしまう。家臣だけでなく従騎士や陪臣、伯爵家に勤める人、そして領民。それらだけでも大勢の人間が寄る辺を失うことになるから」
領地を下賜された貴族は、領民を守るだけでなく守り切る義務も持つ。それは我が家のような領地を与えられない貴族には考えられないほどのプレッシャーだろう。
「……本当はジェームズ様は貴族なんて、一番嫌っている人かもしれない。自由を好み、有能な人だから。でも彼は自分からの責任からは逃れなかった。優しすぎるのね。でも、その優しさのせいで、彼はクロエを完全に切り離すことはできず、いまだに側に置いている。その結果、お互いに依存するような形になってしまっているように思うの」
あくまでもこんなの勝手な想像だけどね、とリリンは肩を竦めている。
しかし、ずっと彼らを見続けていた彼女からしたら、二人の依存関係は事実に思えるのだろう。
「ジェームズ様はここにいる時はあんなに闊達でいるけれど、騎士としてはとても苛烈で厳しい方なのよ。そして伯爵家に関わることだとひどく頑固で融通が効かないの。家臣の誰が、家のことを考えて結婚を進言したとしても聞く耳を持たないくらいに。……でもジェームズ様はもう31。クロエに対していくら引け目があったとしても、もう次に進むべき時じゃないかしら」
リリンは私に一歩近づいてきた。思わずとっさに私は顔を引いてしまった。
「ねえ、貴方はジェームズ様のことが嫌い? 私は貴方が伯爵夫人になってくれればいいって思ってる。私も随分と長いこと、こちらの伯爵邸に勤めているけれど、あの方が誰かに執着したのを見たのは貴方が初めてなの。確かに貴方とは少し歳が離れているけれど、彼は魅力的な男性ではあるでしょう?」
「…………っ」
「…………今度は即座に否定しないのね。貴方のその沈黙は、前に訊いた時とは違って、前向きに検討してくれてる証拠って思っていいかしら?」
リリンの言葉に、自分の心の中が読まれたような羞恥に、顔が赤らんだ。
それは彼を思う私には願ってもみない提案だ。
確かにリリンが言うようにセユンは私に執着しているし、私だって彼への思いを自覚している。
しかし彼は私をモデルとしてしか見ていない。
彼のアイディアを刺激する素としてしか見られていない。
それは恋情とはまた別種のものだと……悲しいけれど私はそれを自覚もしているのだ。
「私は好きだとしても、あの人からしたら私はまだ子供ですし……」
「子供はいつまでも子供じゃないわよ……それにジェームズ様に大人にしてもらえばいいんじゃない?」
茶目っ気たっぷりにウィンクされて、その意味が分かってしまった私の顔から火を噴いた。
「リリンさん!」
「冗談よ」
おかしそうに私のウブさをまたからかわれてしまった。リリンはひとしきり笑うと、優しい目で私を見つめて呟く。
「でもね、それが私の本音なの」
彼女は無理には言わないわ、と納めてくれて、ほっとした。
私は彼のお気に入りではあってもあくまでも、それだけ。
たとえ、誰かの後押しでセユン……いや、伯爵のジェームズと結婚する関係になれるとしても、彼から恋されたいと願うことは、贅沢だろうか。
セユンがクロエを今、側に置いているということは、彼はクロエを選んでいるということだ。
リリンの言葉を借りるなら、まだ彼がクロエに依存しているということにもなる。
もし、クロエがプリメールを辞め、彼から離れたとしても、クロエの影はいつまでも付きまとわないだろうか。少なくとも私はそう見てしまう。
そんな状況の彼の側に置いてもらっても、彼に自分に恋させるというなんて自信は、今の私には持つことすらできなかった。
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