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第40話 二人の噂
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サティの顔がどうも暗い。
私と同様に彼女から声を掛けられたのか、サティの後ろにいたリリンもサティを不安そうに心配そうに見ている。
「二人とも、ちょっとこっち来てほしいの……」
サティに連れられて別邸に向かった。そこは今なら誰もいなくて三人きりになれる場所だから。
一体どうしたのだろう、と置いてある椅子に各自座って向かい合うと、サティが思いつめたような顔で口を開いた。
「あのね、クロエさんがプリメールを辞める話って二人は聞いてない?」
サティの言葉に耳を疑ってしまう。
「え、どうして? なんでそんなことに!?」
クロエはプリメールの代表だ。セユンが実質の作業を担っているとはいえ、クロエは顔を担っていると言ってもいい。全体の進行や貴族との調整などはクロエが全て執り行っていて、表に出ているのは彼女だ。
クロエはここを出てどうするつもりなのだろう。
「別ブランドを立ち上げるつもりなのかわからないけど、うちの腕のいいお針子たちに声を掛けてるみたい」
クロエから引き抜きの打診をされた人がサティにプリメールの経営事情を聴いたことで、その話が発覚したらしい。きっと他にも見込みある腕のいい人には声を掛けているに違いない。
その話を聞いたリリンは考え込んでいたが口を開いた。
「私とサティに声を掛けてないところを見ると、プリメールの暖簾分けをするために動いてるってわけでもなさそうよね……。単なる引き抜きなら私たちは動かないってわかっているでしょうし」
「それなのよ。今まで給金の支払いが遅かったこともないのに、実はプリメールはお金がないのでは? なんて質問されるなんて、クロエさんが話した時にそういうことを匂わせたんじゃないかなって思うの。その子にはナイトドレスがヒットして、こんな忙しいのに売り上げ悪いわけないでしょ、と笑い飛ばしたんだけど……ようやく育ってきたうちの子たちが大勢辞めるなんてことになったら困るよ。ねえ、なんか話聞いてない?」
「ごめんなさい、私、何も知らないです……」
サティの小さな目が弱ったように瞬いているが、私も初めて聞いたばかりの話だし、それに繋がるような話も知らない。サティはがっかりしたように、そうか……と肩を落とす。そんなサティにリリンが声をかけた。
「ねえ、この話、私にまかせてもらっていい?」
なんか妙案でもあるのだろうか、とリリンを向けば、彼女は白い歯を覗かせて笑顔を見せる。それを見てサティもほっとしたような笑顔になり。
「うん、わかった。よろしくね」
というと仕事があるから~と慌ててアトリエを出ていった。彼女の赤毛が去って行くのを窓越しに見送ってから。
「リリンさん、クロエさんを引き留めるんですよね?」
二人であるのをしっかり確認してから、彼女に話しかけた。セユンの正体をリリンは知っているとクロエから聞いた。
リリンとクロエの付き合いは長い。それこそまだプリメールを立ちあげる前からの付き合いだから、リリンはそのように動くだろうと信じていた。しかし、リリンはゆるゆると首を振る。
「私はクロエを引き留めるつもりはないわ」
「え……」
「クロエとセユンはバラバラになった方がいいと思っているの。サティには悪いけれど、私はこの話、そのまま放っておくつもり。レティエはなんとかしたかったみたいだけれど、ごめんね。貴方からセユンに何も言わないでおいてほしい。ただ、お針子の引き抜きだけは私が阻止してみせるわ」
「リリンさん……」
どうして、という疑問が顔に出ていたのだろう。そんな私を見て、リリンがふっと笑顔になった。
「私はあくまでも伯爵家に仕える者なのよ。伯爵家と友人を比べたら、伯爵家をとるわ」
「え……?」
これはどういう意味だろうか。現伯爵のセユン……ジェームズとクロエの喧嘩なら、伯爵であるセユンの味方をするということだろうか。
しかしそれならセユンとクロエを比べたら、という言い方だろう。なぜ伯爵家という言い方をしているのだろうか。
「あの二人は一緒にいちゃダメよ」
「あの二人って、セユンさんとクロエさんのことですよね?」
「そう。……昔ね、クロエとジェームズ様は恋人同士だと言われてたわ。彼女がまだ騎士見習いで、伯爵家の騎士団にいた頃の話だから……今の貴方よりも二人が年下の頃の話よ。2人はもともと幼馴染で仲良かったけれど剣を交える姿はとても息がぴったりだった」
リリンはセユンではなく、彼の本名のジェームズで話している。
私がセユンが伯爵であることをこの人は知っていることに驚いた。
クロエかセユンか知らないが、私も彼の秘密を共有しているということを誰かがリリンに話したのだろう。その上であえて私にこの話を聞かせているのだ。
私と同様に彼女から声を掛けられたのか、サティの後ろにいたリリンもサティを不安そうに心配そうに見ている。
「二人とも、ちょっとこっち来てほしいの……」
サティに連れられて別邸に向かった。そこは今なら誰もいなくて三人きりになれる場所だから。
一体どうしたのだろう、と置いてある椅子に各自座って向かい合うと、サティが思いつめたような顔で口を開いた。
「あのね、クロエさんがプリメールを辞める話って二人は聞いてない?」
サティの言葉に耳を疑ってしまう。
「え、どうして? なんでそんなことに!?」
クロエはプリメールの代表だ。セユンが実質の作業を担っているとはいえ、クロエは顔を担っていると言ってもいい。全体の進行や貴族との調整などはクロエが全て執り行っていて、表に出ているのは彼女だ。
クロエはここを出てどうするつもりなのだろう。
「別ブランドを立ち上げるつもりなのかわからないけど、うちの腕のいいお針子たちに声を掛けてるみたい」
クロエから引き抜きの打診をされた人がサティにプリメールの経営事情を聴いたことで、その話が発覚したらしい。きっと他にも見込みある腕のいい人には声を掛けているに違いない。
その話を聞いたリリンは考え込んでいたが口を開いた。
「私とサティに声を掛けてないところを見ると、プリメールの暖簾分けをするために動いてるってわけでもなさそうよね……。単なる引き抜きなら私たちは動かないってわかっているでしょうし」
「それなのよ。今まで給金の支払いが遅かったこともないのに、実はプリメールはお金がないのでは? なんて質問されるなんて、クロエさんが話した時にそういうことを匂わせたんじゃないかなって思うの。その子にはナイトドレスがヒットして、こんな忙しいのに売り上げ悪いわけないでしょ、と笑い飛ばしたんだけど……ようやく育ってきたうちの子たちが大勢辞めるなんてことになったら困るよ。ねえ、なんか話聞いてない?」
「ごめんなさい、私、何も知らないです……」
サティの小さな目が弱ったように瞬いているが、私も初めて聞いたばかりの話だし、それに繋がるような話も知らない。サティはがっかりしたように、そうか……と肩を落とす。そんなサティにリリンが声をかけた。
「ねえ、この話、私にまかせてもらっていい?」
なんか妙案でもあるのだろうか、とリリンを向けば、彼女は白い歯を覗かせて笑顔を見せる。それを見てサティもほっとしたような笑顔になり。
「うん、わかった。よろしくね」
というと仕事があるから~と慌ててアトリエを出ていった。彼女の赤毛が去って行くのを窓越しに見送ってから。
「リリンさん、クロエさんを引き留めるんですよね?」
二人であるのをしっかり確認してから、彼女に話しかけた。セユンの正体をリリンは知っているとクロエから聞いた。
リリンとクロエの付き合いは長い。それこそまだプリメールを立ちあげる前からの付き合いだから、リリンはそのように動くだろうと信じていた。しかし、リリンはゆるゆると首を振る。
「私はクロエを引き留めるつもりはないわ」
「え……」
「クロエとセユンはバラバラになった方がいいと思っているの。サティには悪いけれど、私はこの話、そのまま放っておくつもり。レティエはなんとかしたかったみたいだけれど、ごめんね。貴方からセユンに何も言わないでおいてほしい。ただ、お針子の引き抜きだけは私が阻止してみせるわ」
「リリンさん……」
どうして、という疑問が顔に出ていたのだろう。そんな私を見て、リリンがふっと笑顔になった。
「私はあくまでも伯爵家に仕える者なのよ。伯爵家と友人を比べたら、伯爵家をとるわ」
「え……?」
これはどういう意味だろうか。現伯爵のセユン……ジェームズとクロエの喧嘩なら、伯爵であるセユンの味方をするということだろうか。
しかしそれならセユンとクロエを比べたら、という言い方だろう。なぜ伯爵家という言い方をしているのだろうか。
「あの二人は一緒にいちゃダメよ」
「あの二人って、セユンさんとクロエさんのことですよね?」
「そう。……昔ね、クロエとジェームズ様は恋人同士だと言われてたわ。彼女がまだ騎士見習いで、伯爵家の騎士団にいた頃の話だから……今の貴方よりも二人が年下の頃の話よ。2人はもともと幼馴染で仲良かったけれど剣を交える姿はとても息がぴったりだった」
リリンはセユンではなく、彼の本名のジェームズで話している。
私がセユンが伯爵であることをこの人は知っていることに驚いた。
クロエかセユンか知らないが、私も彼の秘密を共有しているということを誰かがリリンに話したのだろう。その上であえて私にこの話を聞かせているのだ。
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