36 / 60
第35話 遺言状 1
しおりを挟む
父がミレーヌの後見人になっているため、まとめて父に財産が行くかと思ったら、おばあ様はミレーヌにも何かを残していたらしい。
確かにミレーヌの父親が死亡しているため、ミレーヌは父親の代理におばあ様の相続を受け継ぐ権利はあるのだが、そういった類ではなさそうだ。
公証人の先生から書類を渡された父がそれを読む。
いくつか父が専門的な内容に対して質問をした後に複製された書類を受け取り、先生は帰っていった。
雨はいつの間にか強くなってきていたのか、屋敷の一番奥まった場所であるというのに、雨音がここまで響いてくる。
あまり音が大きくて家族四人だけが、応接間に取り残されたかのように、空間が切り取られているかのようだ。
父は先生から受け取った書類を見て、細かいチェックをしてから内容を教えてくれた。
「私には株、有価証券など債券と主だった不動産を全て譲る旨が書かれているが、銀行の現金と不動産の一部はミレーヌに譲るってあるね。現金はミレーヌが成人になったら権利が発生するという但し書きがあるけどそれはおいといて。不動産というのはおばあ様の家だ。土地ごとミレーヌにくださるらしいよ。しかし、おばあ様の家の蔵書は全部、レティエに譲りたいと書かれてる。これは本人たちの話し合いを優先に、と書かれている。お前たちで決めなさい」
「どうしてそんな遺言にしたのかしら……」
ミレーヌは両親が亡くなった時に両親の遺産を受け継いでいる。それは結構大きな額で、現在はまとめて父が管理をして運用しているし、それなりに利益も上げているため金銭的にミレーヌの将来が不安なわけではないだろうに。
正直、おばあ様の家をもらってもミレーヌの持つ個人資産からはかすんでしまうだろう。
それとミレーヌの家の中の大量の本は私に贈られるとなると管理者が別になり混乱するのに。
私が首を傾げていれば、母が私の考えだけれど、と口を開いた。
「今、ミレーヌの相続した屋敷は貸してるでしょう? それにパーマーのお屋敷は一人で暮らすには広すぎるわ。もしこのおうちに何か問題があってミレーヌが将来一人きりになってしまったとしても、パーマーの家はそのまま誰かに貸して収入にし、おばあ様のおうちに住めばいいという配慮じゃないかしら。あそこなら小さいから一人でも管理しやすいし」
さすが家政を取り仕切る女主人は目の付け所が違う。それとあの家をヘソクリとして見ることができるのは女だからだろう。
「でも、どうして逆じゃないんだろう? そういう考え方での遺贈ならミレーヌよりレティエの方が家を貰った方がよくないか?」
父は首を傾げている。
「ミレーヌは早く大人になりたい、と言ってたじゃないか。早く素敵な人と結婚して、お嫁さんになりたいって。家をもらっても結婚して嫁いだら住む機会ないだろう?」
父は自分が男のせいでその発想がまるでないのだろう。娘たちがひどい男と結婚して、身ぐるみはがされて追い出される可能性とか、その時に実家が没落していて帰る家が既にないとか、そのような可能性に。
実家とは違うルートから得たお金や家なら、この後結婚したとしても隠し財産としてずっと持っておくことだってしやすい。
父の言葉を聞いたミレーヌは、おじ様、あの言葉を覚えてらしてたんですか? というと子供のように大声で笑い始めた。
「そんなの小さい時の話じゃないですか。子供の時の夢なんて秋の天気なみにころころ変わりますよ? それにそう言ってたのは早く嫁に出て、この家に迷惑かけないでいる存在になりたいって意味でしたし」
「そ、そんなこと考えていたのか!? 迷惑なんて全然思ってないのに!」
父が本気で驚いている姿が滑稽で、ミレーヌがあんまり楽しそうに笑うものだからつられて笑いそうになってしまった。おばあ様が亡くなったばかりのこんな時だというのに。
ミレーヌは笑いをようやく治めると首を振る。
「大丈夫ですよ。心配なさらずとも、私はちゃんとおじ様たちに大事にされているってわかっておりますから」
ミレーヌの言葉に少し動揺を見せていた母は私の方を見る。
「レティエはどうなの? 私たち、レティエは結婚したくないんじゃないかって、ずっと話し合っていたのだけれど……」
「え?」
「そうだよ。レティエは人前に出るのを嫌がるし、怖がるし、私以外の男と話すこともできないじゃないか」
「…………」
ミレーヌの言葉ではないけれど、『それ、子供の時の私でしょう!?』と言いたくなる。
確かに人前に出て、交流したりは昔も今も得意ではない。
ずっと引きこもって、友達作りをしなかったのも事実だ。
しかし今はそうではない。
父は娘が外で人前に出て見られる仕事をしてて、男性たちと普通にお話しもしているだなんて思ってもいないだろう。私がその事実を彼に話していないということでもあるが、私が変わってきているということも気づいてないのだ。おばあ様や母は変わる私に気づいてくださっていたようなのに。
それに仮に今でもそのような状態だったとしても貴族の娘として、結婚したくないから結婚しないという我儘を押し通そうなんて思ったこともない。
もしかして両親は私に対する認知が子供の頃のままで止まっていて、貴族や商人としての義務や利より、娘を思いやるあまりに我儘を優先させようとずっと動いていたということだろうか。
「あの……私、ずっと、自分のことをみそっかすで何の役にも立たなくて、誰にも期待されていない存在だから、家のための結婚を期待されていないんだと思っていました。貴方は結婚しなくていいと言われる度に、この家にいなくていいと言われているようで……」
ミレーヌさえいればいいんだ、くらいに思いつめた頃もあったのに。
そう吐露したら両親の驚愕の表情は見ものだった。
顎を落とした父に目を見開いた母。まさかそんな風に娘が思っているだなんて、考えもしないし気づきもしなかったのだろう。
確かにミレーヌの父親が死亡しているため、ミレーヌは父親の代理におばあ様の相続を受け継ぐ権利はあるのだが、そういった類ではなさそうだ。
公証人の先生から書類を渡された父がそれを読む。
いくつか父が専門的な内容に対して質問をした後に複製された書類を受け取り、先生は帰っていった。
雨はいつの間にか強くなってきていたのか、屋敷の一番奥まった場所であるというのに、雨音がここまで響いてくる。
あまり音が大きくて家族四人だけが、応接間に取り残されたかのように、空間が切り取られているかのようだ。
父は先生から受け取った書類を見て、細かいチェックをしてから内容を教えてくれた。
「私には株、有価証券など債券と主だった不動産を全て譲る旨が書かれているが、銀行の現金と不動産の一部はミレーヌに譲るってあるね。現金はミレーヌが成人になったら権利が発生するという但し書きがあるけどそれはおいといて。不動産というのはおばあ様の家だ。土地ごとミレーヌにくださるらしいよ。しかし、おばあ様の家の蔵書は全部、レティエに譲りたいと書かれてる。これは本人たちの話し合いを優先に、と書かれている。お前たちで決めなさい」
「どうしてそんな遺言にしたのかしら……」
ミレーヌは両親が亡くなった時に両親の遺産を受け継いでいる。それは結構大きな額で、現在はまとめて父が管理をして運用しているし、それなりに利益も上げているため金銭的にミレーヌの将来が不安なわけではないだろうに。
正直、おばあ様の家をもらってもミレーヌの持つ個人資産からはかすんでしまうだろう。
それとミレーヌの家の中の大量の本は私に贈られるとなると管理者が別になり混乱するのに。
私が首を傾げていれば、母が私の考えだけれど、と口を開いた。
「今、ミレーヌの相続した屋敷は貸してるでしょう? それにパーマーのお屋敷は一人で暮らすには広すぎるわ。もしこのおうちに何か問題があってミレーヌが将来一人きりになってしまったとしても、パーマーの家はそのまま誰かに貸して収入にし、おばあ様のおうちに住めばいいという配慮じゃないかしら。あそこなら小さいから一人でも管理しやすいし」
さすが家政を取り仕切る女主人は目の付け所が違う。それとあの家をヘソクリとして見ることができるのは女だからだろう。
「でも、どうして逆じゃないんだろう? そういう考え方での遺贈ならミレーヌよりレティエの方が家を貰った方がよくないか?」
父は首を傾げている。
「ミレーヌは早く大人になりたい、と言ってたじゃないか。早く素敵な人と結婚して、お嫁さんになりたいって。家をもらっても結婚して嫁いだら住む機会ないだろう?」
父は自分が男のせいでその発想がまるでないのだろう。娘たちがひどい男と結婚して、身ぐるみはがされて追い出される可能性とか、その時に実家が没落していて帰る家が既にないとか、そのような可能性に。
実家とは違うルートから得たお金や家なら、この後結婚したとしても隠し財産としてずっと持っておくことだってしやすい。
父の言葉を聞いたミレーヌは、おじ様、あの言葉を覚えてらしてたんですか? というと子供のように大声で笑い始めた。
「そんなの小さい時の話じゃないですか。子供の時の夢なんて秋の天気なみにころころ変わりますよ? それにそう言ってたのは早く嫁に出て、この家に迷惑かけないでいる存在になりたいって意味でしたし」
「そ、そんなこと考えていたのか!? 迷惑なんて全然思ってないのに!」
父が本気で驚いている姿が滑稽で、ミレーヌがあんまり楽しそうに笑うものだからつられて笑いそうになってしまった。おばあ様が亡くなったばかりのこんな時だというのに。
ミレーヌは笑いをようやく治めると首を振る。
「大丈夫ですよ。心配なさらずとも、私はちゃんとおじ様たちに大事にされているってわかっておりますから」
ミレーヌの言葉に少し動揺を見せていた母は私の方を見る。
「レティエはどうなの? 私たち、レティエは結婚したくないんじゃないかって、ずっと話し合っていたのだけれど……」
「え?」
「そうだよ。レティエは人前に出るのを嫌がるし、怖がるし、私以外の男と話すこともできないじゃないか」
「…………」
ミレーヌの言葉ではないけれど、『それ、子供の時の私でしょう!?』と言いたくなる。
確かに人前に出て、交流したりは昔も今も得意ではない。
ずっと引きこもって、友達作りをしなかったのも事実だ。
しかし今はそうではない。
父は娘が外で人前に出て見られる仕事をしてて、男性たちと普通にお話しもしているだなんて思ってもいないだろう。私がその事実を彼に話していないということでもあるが、私が変わってきているということも気づいてないのだ。おばあ様や母は変わる私に気づいてくださっていたようなのに。
それに仮に今でもそのような状態だったとしても貴族の娘として、結婚したくないから結婚しないという我儘を押し通そうなんて思ったこともない。
もしかして両親は私に対する認知が子供の頃のままで止まっていて、貴族や商人としての義務や利より、娘を思いやるあまりに我儘を優先させようとずっと動いていたということだろうか。
「あの……私、ずっと、自分のことをみそっかすで何の役にも立たなくて、誰にも期待されていない存在だから、家のための結婚を期待されていないんだと思っていました。貴方は結婚しなくていいと言われる度に、この家にいなくていいと言われているようで……」
ミレーヌさえいればいいんだ、くらいに思いつめた頃もあったのに。
そう吐露したら両親の驚愕の表情は見ものだった。
顎を落とした父に目を見開いた母。まさかそんな風に娘が思っているだなんて、考えもしないし気づきもしなかったのだろう。
0
お気に入りに追加
325
あなたにおすすめの小説
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

彼の秘密はどうでもいい
真朱
恋愛
アンジェは、グレンフォードの過去を知っている。アンジェにとっては取るに足らないどうでもいいようなことなのだが、今や学園トップクラスのモテ男へと成長したグレンフォードにとっては、何としても隠し通したい黒歴史らしい。黒歴史もろともアンジェを始末したいほどに。…よろしい。受けてたちましょう。
◆なんちゃって異世界です。史実には一切基づいておりませんので、ご理解のほどお願いいたします。
◆あらすじはこんなカンジですが、お気楽コメディです。
◆ざまあのお話ではありません。ご理解の上での閲覧をお願いします。スカッとしなくてもクレームはご容赦ください。

元婚約者が愛おしい
碧桜 汐香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。
留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。
フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。
リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。
フラン王子目線の物語です。

僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる