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第35話 遺言状 1

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 父がミレーヌの後見人になっているため、まとめて父に財産が行くかと思ったら、おばあ様はミレーヌにも何かを残していたらしい。
 確かにミレーヌの父親が死亡しているため、ミレーヌは父親の代理におばあ様の相続を受け継ぐ権利はあるのだが、そういった類ではなさそうだ。
 公証人の先生から書類を渡された父がそれを読む。
 いくつか父が専門的な内容に対して質問をした後に複製された書類を受け取り、先生は帰っていった。

 雨はいつの間にか強くなってきていたのか、屋敷の一番奥まった場所であるというのに、雨音がここまで響いてくる。
 あまり音が大きくて家族四人だけが、応接間に取り残されたかのように、空間が切り取られているかのようだ。

 父は先生から受け取った書類を見て、細かいチェックをしてから内容を教えてくれた。

「私には株、有価証券など債券と主だった不動産を全て譲る旨が書かれているが、銀行の現金と不動産の一部はミレーヌに譲るってあるね。現金はミレーヌが成人になったら権利が発生するという但し書きがあるけどそれはおいといて。不動産というのはおばあ様の家だ。土地ごとミレーヌにくださるらしいよ。しかし、おばあ様の家の蔵書は全部、レティエに譲りたいと書かれてる。これは本人たちの話し合いを優先に、と書かれている。お前たちで決めなさい」

「どうしてそんな遺言にしたのかしら……」

 ミレーヌは両親が亡くなった時に両親の遺産を受け継いでいる。それは結構大きな額で、現在はまとめて父が管理をして運用しているし、それなりに利益も上げているため金銭的にミレーヌの将来が不安なわけではないだろうに。
 正直、おばあ様の家をもらってもミレーヌの持つ個人資産からはかすんでしまうだろう。
 それとミレーヌの家の中の大量の本は私に贈られるとなると管理者が別になり混乱するのに。

 私が首を傾げていれば、母が私の考えだけれど、と口を開いた。

「今、ミレーヌの相続した屋敷は貸してるでしょう? それにパーマーのお屋敷は一人で暮らすには広すぎるわ。もしこのおうちに何か問題があってミレーヌが将来一人きりになってしまったとしても、パーマーの家はそのまま誰かに貸して収入にし、おばあ様のおうちに住めばいいという配慮じゃないかしら。あそこなら小さいから一人でも管理しやすいし」

 さすが家政を取り仕切る女主人は目の付け所が違う。それとあの家をヘソクリとして見ることができるのは女だからだろう。

「でも、どうして逆じゃないんだろう? そういう考え方での遺贈ならミレーヌよりレティエの方が家を貰った方がよくないか?」

 父は首を傾げている。

「ミレーヌは早く大人になりたい、と言ってたじゃないか。早く素敵な人と結婚して、お嫁さんになりたいって。家をもらっても結婚して嫁いだら住む機会ないだろう?」

 父は自分が男のせいでその発想がまるでないのだろう。娘たちがひどい男と結婚して、身ぐるみはがされて追い出される可能性とか、その時に実家が没落していて帰る家が既にないとか、そのような可能性に。
 実家とは違うルートから得たお金や家なら、この後結婚したとしても隠し財産としてずっと持っておくことだってしやすい。
 父の言葉を聞いたミレーヌは、おじ様、あの言葉を覚えてらしてたんですか? というと子供のように大声で笑い始めた。

「そんなの小さい時の話じゃないですか。子供の時の夢なんて秋の天気なみにころころ変わりますよ? それにそう言ってたのは早く嫁に出て、この家に迷惑かけないでいる存在になりたいって意味でしたし」
「そ、そんなこと考えていたのか!? 迷惑なんて全然思ってないのに!」

 父が本気で驚いている姿が滑稽で、ミレーヌがあんまり楽しそうに笑うものだからつられて笑いそうになってしまった。おばあ様が亡くなったばかりのこんな時だというのに。
 ミレーヌは笑いをようやく治めると首を振る。

「大丈夫ですよ。心配なさらずとも、私はちゃんとおじ様たちに大事にされているってわかっておりますから」

 ミレーヌの言葉に少し動揺を見せていた母は私の方を見る。
 
「レティエはどうなの? 私たち、レティエは結婚したくないんじゃないかって、ずっと話し合っていたのだけれど……」
「え?」
「そうだよ。レティエは人前に出るのを嫌がるし、怖がるし、私以外の男と話すこともできないじゃないか」
「…………」

 ミレーヌの言葉ではないけれど、『それ、子供の時の私でしょう!?』と言いたくなる。

 確かに人前に出て、交流したりは昔も今も得意ではない。
 ずっと引きこもって、友達作りをしなかったのも事実だ。

 しかし今はそうではない。

 父は娘が外で人前に出て見られる仕事をしてて、男性たちと普通にお話しもしているだなんて思ってもいないだろう。私がその事実を彼に話していないということでもあるが、私が変わってきているということも気づいてないのだ。おばあ様や母は変わる私に気づいてくださっていたようなのに。

 それに仮に今でもそのような状態だったとしても貴族の娘として、結婚したくないから結婚しないという我儘を押し通そうなんて思ったこともない。
 もしかして両親は私に対する認知が子供の頃のままで止まっていて、貴族や商人としての義務や利より、娘を思いやるあまりに我儘を優先させようとずっと動いていたということだろうか。
 
「あの……私、ずっと、自分のことをみそっかすで何の役にも立たなくて、誰にも期待されていない存在だから、家のための結婚を期待されていないんだと思っていました。貴方は結婚しなくていいと言われる度に、この家にいなくていいと言われているようで……」

 ミレーヌさえいればいいんだ、くらいに思いつめた頃もあったのに。

 そう吐露したら両親の驚愕の表情は見ものだった。
 顎を落とした父に目を見開いた母。まさかそんな風に娘が思っているだなんて、考えもしないし気づきもしなかったのだろう。
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