【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

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第32話 真実

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 ◇◇◇


「あっ!」

 高いヒールとドレスの重さに足が追い付かず、足をひねりバランスを崩した。そのまま踏みとどまろうとしたができず、結局転んでしまって床に膝を着く。
 その途端、頭の上からクロエの叱責が浴びせられた。

「何をしているの! これが本番だったらどうするの!」

 転んだ私の腕をクロエは強くねじり上げる。その強さでは腕に彼女の指の形の痣ができてしまうだろうと肌が弱い私は覚悟をした。
 クロエはそのまま激しい剣幕で私に怒鳴り続ける。

「それにもっと軽やかに歩きなさいと言ってるでしょう! 何度言ったらわかるの!」
「すみません……」
「口だけだったら誰でも言えるわよね」

 頭ごなしに否定されて私はうつむいた。

 最近はクロエと二人きりになるといつもこんな感じだ。彼女からの当たりがいっそう強くなったような気がする。
 クロエが私を気にいってないことは最初からわかっていた。
 しかし今までは不愉快そうに私を見ることはあっても、直接当たり散らすようなことはなかったのに、露骨に敵意を露わにされているようで、どうしたらいいのか途方にくれてしまう。

 典礼用ドレスのショーが行われるのを見越して練習しろと言われ、さしあたり過去に作ったというドレスでウォーキングの練習をしろと言われたけれど、以前のモデルはこれで動きまわることができたのだろうか。
 今回着せられているドレスは試作品として作られたものとはいえ、本物と同じように作られている。いつもより布地が厚く、刺繍なども施されていてかなり重い。スカートの裾も長く布の量も多い。
 それにアクセサリーなども含めると総重量はますます増えていて、立って歩くだけでも精一杯だ。
「ポージングの訓練も甘いし、姿勢1つもまともにとれないし、長時間キープできる筋力もないし。貴方、やる気の1つでも見せたらどう?!」

 立ち上がり、言われた通りにやってみる。そしてつもりでも、出された指示が次々と変わり混乱してしまう。
 そしてついていけなくなると、今度は脚を叩かれた。

「上にばかり伸びていくからバランスが悪くなってよろけるのよ。これ以上身長を変えるのもやめてちょうだい。背が高い方がドレスを作るにしても布や飾りのコストが増えるし、何より作り直しの手間がかかるし」
「……」

 それに関してはもっともだ、と思う。
 身長が高く目立つという宣伝効果を優先するか、それとも布代というコストを考えるかは作り手としては大事だと思うから。黙り込んだ私に何を思ったのかクロエが私の髪飾りを掴む。

「いたっ」

 乱暴に髪飾りを取り外しされて、それに伴って絡まった髪が何本か抜けてしまう。

「練習はもういいわ。役立たずは嫌いなのよ。貴方に練習する価値あるのかしらね」

 痛みはあったけれど髪飾り分の頭の重さが少なくなり、頭が軽く感じられる。
 どことない開放感に浸っていたが、窓の外を見ていたクロエが、なぜか慌てて部屋から出て行った。
 何も言わず出て行ってしまったのでポカンとするが、一体どうしたのだろうか。

 嵐のような時間が過ぎ去り、一人きりになりドレスを脱ごうともたもたと体を動かしだした。
 典礼用のドレスは本来なら一人で着られるものではない。しかしこれは留め金などはあらかじめ取り外してある。
 試作品だからこそ、このように練習に使うこともできたのだけれど。

 ドレスを脱いで、汚れがないかチェックをしながら、先ほど言われたことを思い出す。
 クロエが言うように、私がモデルを辞めた方が迷惑かからないのだろうか。 
 成長期のモデルより成長が確実に止まった大人の方がサイズが変わるというリスクは減らせるだろうから。
 身体全体が大きくなるのなら、肉を落とすことでその影響が出ないようにならないかと、こっそりと食事を制限してもいるがそれも限界がある。
 
 どうすべきなのかと考えながら古いトルソーにドレスを戻そうとしていたが、なかなか重くて難しく、もたもたしていたらセユンが入ってきた。

「レティエくん、どうしたんだ? うわ、懐かしいドレスだねー」

 ドレスと戦っていた私だったが、セユンは懐かしそうにドレスに目を向ける。
 
「何してたの?」
「これを着てウォーキングの練習をしてました」
「え? なんでそのドレスで? それ、典礼用のドレスだから、こまめに立ったり座ったりするようにできてないよ。せいぜいまっすぐ歩くくらいしかできない。見た目重視にしているから腕とかもろくに上にあげられないだろうしね」
「……筋トレですかね?」
「はは、確かに君は随分とたくましくなった気がするよ。昔に比べれば」

 クロエに言われてしてた練習はなんだったのだろうか。よくわからないが、セユンが眩しそうに私を見る姿に恥ずかしくなり頬をかく。
 セユンが手伝ってくれてトルソーにようやくドレスを戻せて、ふぅ、と息を吐いた。

「そういえば君がうちに来てくれてからだいぶ経ったよね。なんかいいことあった?」
「いいこと?」
「せっかくの仕事なんだから、賃金以外でも楽しいと思えなかったらつまらないじゃん」

 期待しているような視線を受けて、私は少し考えてから思いついたことを口にした。

「……チェリーの本をもらえたこと?」
「そ、そういうことじゃなくてさ」

 見るからにセユンは脱力しているが、モデルをしていて一番良かったことといったらそれなので仕方がない。

「モデルをやりたがる人は、貴族と縁や支援をつけたりしたがる人が多いけど、君はむしろ最低限しか客に接触しないようにしているよね」
「……そうですか?」

 とぼけてみせたけれど、実際はその通りである。
 自分のことを知っている誰かが客の中にいて、自分のことがばれてしまったら大事になるということを恐れているからだ。
 私の目的はあちこちの邸宅の庭園の情報を集めることなので、サロンやパーティーに赴いて客と接触するよりも、その家のメイドや下働きの人達に話を聞きまわっていた。
 もちろん客層は上流階級の女性たちなのだから、彼女たちに近づいて自宅の話を聞きだせばいいのだろうけれど、あの手の人達は自分の家のことを意外と知らない。
 特に大人になってからなんて、自宅の庭は見飽きてしまいよく見ようともしなくて、何が置いてあるかなんて忘れてしまっていて。勤め人の方が詳しいくらいだった。

「元々、君はこの仕事をやりたがっていたわけではないし。お金のために働いているにしては熱心にしてくれているし……君はどうしてモデルを引き受けてくれたんだい?」 

 好奇心があふれ出しているような純粋な質問。
 以前は彼という人間を計りかねて、自分の秘密を打ち明けることができなかった。
 しかし今は彼という人の人となりをそれなりにわかっている。

 セユンの協力を得られれば、もしかしたら、おばあ様の思い出の場所が見つかるかもしれない。

 私は覚悟を決めて口を開いた。
 
「私……祖母の思い出の場所を探したいんです」
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