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第52話 名探偵リリン1
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ようやく医者の許可が下りて、私は外に出ることができるようになっていた。
気づけば外は春を通り越していて、日差しも強くなりつつあった。
私は陽に灼けないように帽子を深くかぶる。
久しぶりのモナード伯爵邸に行けば、皆が私の顔を見て、喜んでくれた。
私の救出劇に参加してくれた衛兵の人達や門番の方々にも一人一人お礼を言い、差し入れをして回って。
ようやくいつもの別邸にたどり着いた時には、そうとうな時間が経ってしまっていた。
もちろんそこで出迎えてくれたのは、サティとリリンの二人だった。
「レティエさん、もう大丈夫なの!? 心配したわよぉ」
あんなにめちゃくちゃにしてしまったのに、アトリエ内は綺麗になっていた。2人が片付けてくれたのだろうか。
二人は私の側に寄ると「身体は大丈夫なの?!」と容赦なく服をめくったり剥いだりして傷跡の確認をしてくる。そして目立った外傷が残ってないことにもほっとしてくれていた。
最後に顔の傷をじっくりと確認もされて。
「さすが若いわねー。こんな短時間でここまで治るなんて。もう少し経ったら傷跡は化粧で綺麗に消せるわよ」
「ほんと、30過ぎると傷が何か月経っても治らなくなるからね」
二人の実感のこもった言葉に、私は心得た、と大きく頷いた。
「今度このようなことがあったら、顔だけは絶対守りますんで」
「二度とあっちゃダメだから!」
私の言葉に即座にリリンが突っ込んで大笑いする。その和やかな雰囲気に空気がほどけた気がした。
「お二人には……本当にご迷惑おかけしました」
やはり、コンペに挑戦すらできなったことは残念だっただろう。それとあの事件でプリメールへ風評被害もあっただろうし。この二人はその対応に追われたのではないだろうか。2人が立ち働いただろう間、私は臥せっていて何もできなかったのだ。
「レティエさんのせいじゃないんだから謝らないの! 貴方は被害者なんだから」
二人は私を気遣っているのか、クロエのことは口にしないでいてくれているのが嬉しい。この場で彼女の名前を聴くのも今はまだ、辛かったから。
「ほんとほんと。記者とかがおうち取り巻いてたんじゃないの?」
サティは心配そうにしてくれたが、私はその事にすら気づかなかった。
もしかしたらブティックの方も記者がきて騒ぎになっていたのだろうか。仕事はちゃんとできたのだろうか。どんな様子だったか尋ねようとしたら、扉側を向いていたサティが、私の肩越しに何かに気づくような顔をした。
「あ、セユンさん、どうしました?」
振り返れば、セユンが入ってくるところだった。
「いや、レティエが来てると聞いて顔出しにきた」
「仕事しましょうよ、伯爵様」
サティがからかうようにセユンに言っていて、もうすっかり彼の身分は周知のものなのだ、と感じさせられた。
しかしサティのセユン呼びも相変わらずだし、彼を敬うような様子もまるで見えないのは、サティらしい。
セユンも来たことだし今日はゆっくりしましょうか、とリリンが私たちを座らせてお茶を淹れてくれてた。
いつもはパターンやデザイン画がごちゃごちゃ並ぶ机の上も、今日は珍しくティーカップが並んでいる。
主に作業しかしてこなかったこのアトリエだったが、こうして家庭的な何かが1つあるだけで、随分と印象が変わる。
リリンが持ってきたというクッキーを口に放り込みながらサティが笑う。
「でも、レティエさんが貴族っていうの知ってびっくりしたよー。新聞見るまで気づかなかった!」
「父に内緒で来てたんです。黙っててすみません」
「いいよ、そんなの。今まで通りでいいでしょ?」
「はい」
伯爵であるセユンに対してあれだというのに、たかだか男爵令嬢の私にかしこまられても困る。ティーカップを綺麗な仕草で持っているリリンの方を私は見た。
「リリンさんは私が貴族だということはご存じだったんでしょう?」
「まぁね。レティエさんが隠したかったみたいだから言わなかったけど」
リリンがセユンと私をくっつけようとしていた時から妙だと感じていた。
伯爵家に仕えているなら、どうあがいても妾止まりになるだけの平民の女と仕えている相手をくっつけようとする行動すらおかしい。
彼女が伯爵家の味方をすると言っていたのは、跡継ぎの事を言っていたのだ。
私が男爵家という低い身分だとしても貴族の娘で、跡継ぎを産める人だったらもう誰でもいいから伯爵と結婚してくれ、と暗に言っていたわけで。
それくらい水面下では伯爵家の跡継ぎは切望されていたのだろう。
「でもなんでリリンはレティエさんが貴族ってわかったの?」
サティがリリンに不思議そうに首を傾げている。それにあっさりとリリンは答えた。
「ミレーヌさんのドレスよ」
ミレーヌのドレス?
私とサティは首を傾げる。ミレーヌは確かに一度このアトリエに訪れていてサティとリリンにも会った。その時に何か特別なことがあっただろうか。
「あの手仕事はうちのライバルのブティック、ポワソンのオーダーものだったわ。そこにオーダーできるなんて上位の貴族かお金持ちの下級貴族のどちらかだし。上位貴族のお嬢様ならその関係者を含めてだいたい知ってるけど、ミレーヌさんは知らない子だったから下級貴族の誰かかなって。でも彼女は自己紹介の時に自分の家名を名乗らなかった。怪しいじゃない、そんなの。レティエさんも育ちがよさそうだし、服は既製品のワンピースだったけれど働いてる手をしてなかった。それならよいところの貴族のお嬢様たちがお忍びで何かしてるのかなーって思ってたの」
……名探偵がここにもいる。
いや、リリンはクロエのことも勘づいてセユンに警告していたようだったし、頭の回転が速い人なのはわかっていたが、そこまで色々見抜くのはすごい。
あんぐりと口を開けて、リリン探偵の名推理を聴く私と、なるほどなるほど、と目を輝かせて聞いているサティ。そしてセユンは腕組みをしながら苦笑いを浮かべていた。
気づけば外は春を通り越していて、日差しも強くなりつつあった。
私は陽に灼けないように帽子を深くかぶる。
久しぶりのモナード伯爵邸に行けば、皆が私の顔を見て、喜んでくれた。
私の救出劇に参加してくれた衛兵の人達や門番の方々にも一人一人お礼を言い、差し入れをして回って。
ようやくいつもの別邸にたどり着いた時には、そうとうな時間が経ってしまっていた。
もちろんそこで出迎えてくれたのは、サティとリリンの二人だった。
「レティエさん、もう大丈夫なの!? 心配したわよぉ」
あんなにめちゃくちゃにしてしまったのに、アトリエ内は綺麗になっていた。2人が片付けてくれたのだろうか。
二人は私の側に寄ると「身体は大丈夫なの?!」と容赦なく服をめくったり剥いだりして傷跡の確認をしてくる。そして目立った外傷が残ってないことにもほっとしてくれていた。
最後に顔の傷をじっくりと確認もされて。
「さすが若いわねー。こんな短時間でここまで治るなんて。もう少し経ったら傷跡は化粧で綺麗に消せるわよ」
「ほんと、30過ぎると傷が何か月経っても治らなくなるからね」
二人の実感のこもった言葉に、私は心得た、と大きく頷いた。
「今度このようなことがあったら、顔だけは絶対守りますんで」
「二度とあっちゃダメだから!」
私の言葉に即座にリリンが突っ込んで大笑いする。その和やかな雰囲気に空気がほどけた気がした。
「お二人には……本当にご迷惑おかけしました」
やはり、コンペに挑戦すらできなったことは残念だっただろう。それとあの事件でプリメールへ風評被害もあっただろうし。この二人はその対応に追われたのではないだろうか。2人が立ち働いただろう間、私は臥せっていて何もできなかったのだ。
「レティエさんのせいじゃないんだから謝らないの! 貴方は被害者なんだから」
二人は私を気遣っているのか、クロエのことは口にしないでいてくれているのが嬉しい。この場で彼女の名前を聴くのも今はまだ、辛かったから。
「ほんとほんと。記者とかがおうち取り巻いてたんじゃないの?」
サティは心配そうにしてくれたが、私はその事にすら気づかなかった。
もしかしたらブティックの方も記者がきて騒ぎになっていたのだろうか。仕事はちゃんとできたのだろうか。どんな様子だったか尋ねようとしたら、扉側を向いていたサティが、私の肩越しに何かに気づくような顔をした。
「あ、セユンさん、どうしました?」
振り返れば、セユンが入ってくるところだった。
「いや、レティエが来てると聞いて顔出しにきた」
「仕事しましょうよ、伯爵様」
サティがからかうようにセユンに言っていて、もうすっかり彼の身分は周知のものなのだ、と感じさせられた。
しかしサティのセユン呼びも相変わらずだし、彼を敬うような様子もまるで見えないのは、サティらしい。
セユンも来たことだし今日はゆっくりしましょうか、とリリンが私たちを座らせてお茶を淹れてくれてた。
いつもはパターンやデザイン画がごちゃごちゃ並ぶ机の上も、今日は珍しくティーカップが並んでいる。
主に作業しかしてこなかったこのアトリエだったが、こうして家庭的な何かが1つあるだけで、随分と印象が変わる。
リリンが持ってきたというクッキーを口に放り込みながらサティが笑う。
「でも、レティエさんが貴族っていうの知ってびっくりしたよー。新聞見るまで気づかなかった!」
「父に内緒で来てたんです。黙っててすみません」
「いいよ、そんなの。今まで通りでいいでしょ?」
「はい」
伯爵であるセユンに対してあれだというのに、たかだか男爵令嬢の私にかしこまられても困る。ティーカップを綺麗な仕草で持っているリリンの方を私は見た。
「リリンさんは私が貴族だということはご存じだったんでしょう?」
「まぁね。レティエさんが隠したかったみたいだから言わなかったけど」
リリンがセユンと私をくっつけようとしていた時から妙だと感じていた。
伯爵家に仕えているなら、どうあがいても妾止まりになるだけの平民の女と仕えている相手をくっつけようとする行動すらおかしい。
彼女が伯爵家の味方をすると言っていたのは、跡継ぎの事を言っていたのだ。
私が男爵家という低い身分だとしても貴族の娘で、跡継ぎを産める人だったらもう誰でもいいから伯爵と結婚してくれ、と暗に言っていたわけで。
それくらい水面下では伯爵家の跡継ぎは切望されていたのだろう。
「でもなんでリリンはレティエさんが貴族ってわかったの?」
サティがリリンに不思議そうに首を傾げている。それにあっさりとリリンは答えた。
「ミレーヌさんのドレスよ」
ミレーヌのドレス?
私とサティは首を傾げる。ミレーヌは確かに一度このアトリエに訪れていてサティとリリンにも会った。その時に何か特別なことがあっただろうか。
「あの手仕事はうちのライバルのブティック、ポワソンのオーダーものだったわ。そこにオーダーできるなんて上位の貴族かお金持ちの下級貴族のどちらかだし。上位貴族のお嬢様ならその関係者を含めてだいたい知ってるけど、ミレーヌさんは知らない子だったから下級貴族の誰かかなって。でも彼女は自己紹介の時に自分の家名を名乗らなかった。怪しいじゃない、そんなの。レティエさんも育ちがよさそうだし、服は既製品のワンピースだったけれど働いてる手をしてなかった。それならよいところの貴族のお嬢様たちがお忍びで何かしてるのかなーって思ってたの」
……名探偵がここにもいる。
いや、リリンはクロエのことも勘づいてセユンに警告していたようだったし、頭の回転が速い人なのはわかっていたが、そこまで色々見抜くのはすごい。
あんぐりと口を開けて、リリン探偵の名推理を聴く私と、なるほどなるほど、と目を輝かせて聞いているサティ。そしてセユンは腕組みをしながら苦笑いを浮かべていた。
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