上 下
47 / 60

第44話 守りたいもの

しおりを挟む
 昔の恋人を遠ざけたくて、相手から貴族という身分を奪い、合法的に結婚できなくさせるという大義名分をなくしたというのなら、彼は30過ぎまで独身でいる必要がないし、いまだにクロエを身近に置いている意味もわからなくなる。
 それに自分の秘密がばれないように平民を盾にしたいのなら、リリンでもよかったのでは? とも思うのだ。
 リリンはクロエが側にいるからいまだに彼は結婚しないというような言い方をしていたし、実際、過去のトラウマで騎士という未来を諦めた貴族の恋人がいたのなら、あのような古い家系なら出るであろう跡継ぎ問題でうるさく言われることから逃げるためにもクロエと結婚した方がセユンは楽だったと思う。
 
 彼女の編んでまとめた髪を見る。
 以前までクロエはこれ見よがしに髪を下していた。しかし、そういう髪は維持するのが大変だということを私は知っている。
 それでもその髪型を未婚女性がする理由は、それが周囲へのアピールになるからだ。それは『私は誰かと結婚したい』という意思をだ。

 二人で黙り込んでにらみ合うようにしているが、私は1つのことに思い当たっていた。

 これから私が口にしようとしていることは、とても意地が悪いことだ。それが真実ならばなおさら、相手に言わない方がいいとは思う。
 しかし、それを言って彼女が傷つくとしても、私はどうしても訊かなければならなかった。

「あの……貴方とセユンさんって、本当に恋人同士だったのですか?」

 人の行動の裏側を勝手に推測して、それを問いただすのは、こちらも胃が痛くなる行為だ。下品だと自分で思いながらもやるしかない。たださなければ進めないからだ。

「貴方とセユンさんが愛し合っていたのなら、貴方は結婚相手として悪い相手ではありません。むしろ最良ではないですか? そりゃもっといいおうちとご縁があったかもしれないですが、プリメールをするにおいて理解ある相手ですし後継者も得ることができます」

 先ほどとは逆に、私が顔を少し前に出すと、クロエは少し身体を引いた。それ以上はもう近づかず、私は言葉を続ける。

「恋人同士だと噂が立ったけれど本当はそうではなかった。このままでは、その嘘がばれてしまう。そのため貴方は自分から平民に身分を落として、そのことが原因で結婚できなくなったという理由を作ったのではないですか? 彼と結婚できないという恥をかきたくなかったから」

「なっ!!」

「もしかしたら、恋人であると噂を流したのは貴方自身だったのかもしれない。伯爵夫人になりたくて。しかしセユンさんはそれにのってくれなかった。幸い、貴方が元々貴族だったということを知っていた人は、貴方のお父様を始め、北部の戦争である程度亡くなってうやむやになったでしょうし。もちろんセユンさんは知っていたでしょうけれど、それまでに既に貴方は彼を支配していたのではないですか? 洗脳と言いますか……クロエさんが剣を捨てたのは伯爵家のせい、伯爵家に仕えていたから親は死んだとかそういう言い方をして、彼が罪悪感から逃れられないようにして」

 未婚の髪型を続けていたクロエは、アピールしていなかっただろうか。伯爵に後継を希望する周囲の目に対して。
 クロエが独身のまま側にいれば、周囲は結婚してないまでもクロエがセユンの恋人……ないしは愛人など大事な人だと思い込む。セユンに来た縁談も近づく女性も全てクロエが排除していたのだろう。
 クロエがセユンの隠れた趣味を昔から知っていたなら、それを盾に脅迫して、自分が傍にいないとセユンはダメなのだと思い込ませていた可能性もある。
 それは彼女が時々見せる、セユンに対する異常ともいえる高圧的な態度からの推測だったが……たとえ幼馴染とはいえ、主従の間ではありえない物言いの仕方だったのに、セユンはそれに対して何も言い返さなかった。
 セユンが持っていた強い劣等感、それはクロエから植え付けられたものだったのでは?

 先程「全部ジェームズが悪い」と独善的なことを吐いていたクロエならありえなくもない。

 そう疑いの眼差しでクロエを見れば、それが気に入らなかったのか、クロエが唐突に怒りだしたした。

「はっ! 何を言っているの! そんな自分を憐れませるために貴族籍を捨てるような愚かな人間がいるわけないでしょう!? そんなことで私になんのメリットがあるというの!? 貴族であることを捨てるくらいなら、恥なんていくらでもかいたほうがましじゃない!」
「本当にメリットありませんか? 貴方は新進気鋭のデザイナーという名誉を今、もらっていますよね。上流階級に顧客が多いブティックの経営者としても既に、今まで会うこともできなかった人たちと対等に交流できているのではないですか? 貴方の親が伯爵家の家臣だったということは、貴方の貴族としての元の身分はそれと同等もしくはそれ以下。逆立ちしても侯爵以上の人と交流できるものではないでしょう。なのにその上流貴族のサロンに出入りできているんですよ? 単なる一貴族でいた時より、平民だとしてもはるかに今の方がコネがついてると思いませんか? それに自由になるお金も。騎士として伯爵家の家臣として働くよりよほど多くもらえているはずですし」

 貴族であれば信用がありお金が稼ぎやすい。
 貴族であればお金を汚いものとみなして稼ごうとしなくなる。このダブルバインドが貴族の世界にはある。
 しかし、セユンは貴族としての信用を持ち、それを自分で利用して自分で稼ぎ、才能を開花させて商売としても軌道に乗せつつある。

「名を捨てて実を取るという打算を働かせられれば、この方法は悪くないしょう。実際、セユンさんの才能に早い段階で目をつけて彼を囲って洗脳し、上手いこと働かせれば自分はいいとこどりできますよね。貴方が言っていた、彼は私がいないと何もできないという言葉は本当ですか?貴方は自分をプリメールに必要な人と言ってましたけど、貴方の存在は、本当に必要ありますか?」

「うるさい!! お前のそれはあくまでも妄想だ! ジェームズは私のいう事を聞いていたから、今までうまくやってこれたのも知らないくせに!」

 そのクロエの言葉を聞いて、これが真実だったのだと気づいてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗
恋愛
エリー王女と側近レイの二人がそれぞれ物語を動かしていきます。 初めての恋に気づくまでのドキドキ感と恋と知った後の溢れる想い。 その後、禁忌を犯してしまう二人に待っていたのは、辛い別れだった。 どのようにして別れてしまうのか。 そしてどのようにしてまた出会うのか。 エリー王女は、どんなことがあってもレイをずっと愛し続けます。 しかし王女という立場上、様々な男性が言い寄り、彼女を苦しめます。 国同士の陰謀に巻き込まれるエリー王女が取るべき行動とは。 また、恋愛とは別のところで動き出すレイの過去。 十六歳の時、記憶を一切持たないレイがなぜ国王の第一側近に引き取られたのか。 この失われた記憶には大きな秘密が隠されており、明らかになった頃には転げ落ちるように物語が暗転していきます。 関わってくる四カ国が様々な思惑で動き出し、迫りくる魔の手に覆われます。 愛する人のために命を懸けるレイは、何度も危険な目に……。 そんな中、世間知らずの箱入り娘であったエリー王女は泣いているだけではありません。 様々な経験を得ながら成長し、前を向いて歩いていきます。 これは二人が苦難を乗り越え、幸せになるための物語です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

小さな恋の行方(修正版)

花影
恋愛
拙作「群青の空の下で」に出てきたコリンシアとティムを主人公にした外伝。 「タランテラの悪夢」と呼ばれた内乱が集結して6年。立派な若者に成長し、晴れて竜騎士となったティムは復活した夏至祭の飛竜レースと武術試合に挑む。 年齢差がもどかしいコリンシアと身分差に悩むティムのちょっとじれったい恋物語……の予定。 独特の世界観がありますので、「群青の空の下で」をお読みいただいた方がよりわかりやすいかと思います。 小説家になろうで完結した作品の修正版。外部登録の方は近日中に解除します。 同じものをカクヨムにも同時投稿しています。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

処理中です...