【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

文字の大きさ
上 下
35 / 60

第34話 葬式

しおりを挟む
 おばあ様が亡くなったことと仕事をしばらく休むということ、忙しい時期に申し訳ないという謝罪を走り書きしたものを用意すると、自分でモナード伯爵家にまで走った。

 誰かに持たせることも考えたが、私がモナード伯爵家ゆかりの場所で仕事をしていることは、ミレーヌしか知らないのだ。使用人たちは『なんか外でお嬢様が働いている』くらいしか気づいていないだろう。
 まだ早い時間だったが、今回の夜警の番人の中には顔見知りのジョンがいて慌てて使用人門を開けてくれようとした。
 私は首を振ってそうではないことを伝えると、柵越しに持ってきた手紙を彼に押し付けながら、祖母の死を彼に伝えた。 
 私がよほど憔悴した顔をしていたのか、ジョンの気の毒そうな顔と、たどたどしいお悔みの言葉に胸が締め付けられるような気持ちになる。
 確かに身なりに気を使うこともできなかったけれど、人の見た目は他の人に対して、いい意味でも悪い意味でも影響を与えるものなのだなと実感してしまった。


 おばあ様のお葬式は我が家で行うことになった。

 ひっそりと暮らしていたとはいえ、あの小さな邸には弔問客は入りきらないだろうから。
 貴族の場合は、葬式ですら社交の場になる。
 事業をしている父の場合も例に漏れず、人がたくさん訪れた。

「そこまでしなくてもいいのよ?」

 喪服だけでなく、ベールで顔も隠そうとした私を母は慌てて止めようとしてくる。それをするのは既婚女性の風習だから、まだ未婚の私がするのは確かにおかしいことなのだ。
 しかし弔問客の中にモデルとして働く私に見覚えがある人がいるかもしれないと思うと、それくらいはしておかないと不安になるのだ。

「いえ、おばあ様が亡くなって泣いて腫れた顔を見せたくないから、私も顔にベールをかけます」

「あら、そうなの……? わかったわ」

 ミレーヌがそうフォローを入れて、私と同じようにベールで顔を隠せば、母はいぶかしがりながらも納得してくれた。そして彼女の言葉に感じるところがあったのか、母が心配そうに私の髪を撫でる。

「貴方とおばあ様は仲良しだったから、貴方が一番苦しいかもしれないわね」 

「いいえ、実の母親を喪ったお父様こそが悲しいと思います。どうかお母様からお父様をお慰めください」

「どうして貴方が言わないの?」

「私が言うより、お母さまが言う方が喜ばれると思うから……」
 
 父は何も言わないで朝から忙しく立ち働いているが、そうしないと悲しみに崩れてしまうからかもしれない。
 おばあ様にゆっくりお別れをすることはできるのだろうか、と見てて不安になるくらいだ。

「雨……」

 霧のような雨が降ってきて、気温が一気に下がってきた。まるでそれは父の心を表しているようだと勝手に思ってしまった。悲しいからといって、涙を流すだけが悲しさを表しているわけではない。
 いつもより丸まった背中が、父の悲しみを表しているようだ。

「ケンウッド前侯爵様がいらしてるから、ご挨拶なさい」

「ケンウッド……?」

 聞き覚えがある家名なのだが、あまり人付き合いをしているわけでもなく、社交界デビューもまだの自分には誰のことかとピンと来なくて考えこんでしまった。

「ウィルおじ様のことよ」

「ああ!」

 そういう言われ方をすればすぐにわかる。
 ちゃんと家名を覚えていなかったことを悟られないように咳払いをしてごまかした。
 普段はお会いすることがない御方だけれど、成長の節目にはお祝いを贈ってくださる血縁はないけれど、遠い親戚のようなお方。
 数回しかお会いしたことがないがダンディという言葉が似合う素敵なおじい様で我が家のメイドの中にもファンが多かった。
 目の前に立つ小柄な男性は私たちを見て懐かしそうに目を細める。

「お久しぶり。2人とも大きくなったねえ。最後に会ったのは……ヘンリーの葬式の時か。嫌だね、歳をとると友人の訃報の時しか顔を合わせることがなくなる」

 おじい様のお葬式は5年くらい前だろうか。
 その時より腰が曲がってしまっているような気がするウィルおじ様に、私とミレーヌはそろって礼を述べた。

「本日はお越しいただきありがとうございます」

「当たり前だよ。彼女は私の古い友人でもあるのだから」

 おばあ様の縁でウィルおじ様は私たちの名づけ親になってくれたらしい。
 今は引退されているが、当時はまだ侯爵という地位の高かった方が、たかだか男爵家の娘の私やミレーヌの後見人でもあるのだ。

 名づけ親に代父母……貴族は生まれ落ちた瞬間に血の繋がりだけでない様々な親を与えられる。それは実の親がいなくなった時の保険であり、後見人でもあるのだ。単に名前を付けてもらっただけでもないし、名付け親が何人もいる人もいる。
 そしてそれが多ければ多いほど、身分が高いほど、その子の未来は確立される。
 たかだか男爵の子女だとしてもそれは同じで、その子がたとえ普段は平民以下の困窮した暮らしをしていたとしても、いざとなった時は貴族として生まれついた者の特権とも横の繋がりとも言われる貴族籍の保証をしてくれるのだ。

 皮肉なものね。普段は貴族ということを不要として生きているのに。

 そう、冷ややかに思ってしまう。
 貴族であることを自意識として生きてる貴族はどれくらいいるのだろう。
 こういう慶事や弔事の時、私たちは貴族なのだ、と改めて自分の足場を噛みしめさせられる気持ちになった。




 弔問客が帰り、人であふれていた屋敷の中の人口密度が減ると、唐突にガランとした感じになってしまう。ようやく落ち着いてお茶でも用意しようかと思っていたら、玄関に誰かが来る音がした。耳をそばだてていれば使用人ではなく父が自ら出迎えているようた。
 遅れてきた弔問客だろうかと思えばどうも話し声の様子からしてそれも違うようだ。

「雨の中、ありがとうございます」

 応接間に通されたその人に、誰かしらと思いつつも我関せずと思っていたら、私たち他の家族までその場所に来るように言われてしまった。
 応接間の椅子に腰を落ち着ければ、父からおばあ様の遺言状を預かっていた公証人の方だと紹介される。 
 彼は皆の前でおばあ様の字が書かれたその書を開封し目を通すと、はきはきとした声で内容を告げた。

「クローデット男爵と、パーマー家のご令嬢に相続権が発生しております」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...