【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

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第29話 不穏な変化

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 冬になった。
 社交シーズンがいざ始まると、ブティックプリメールのメインの顧客は上流階級の女性ということもあり、オーダーされたドレスの納品が落ち着いたら、少し余裕ができてくる。
 自分はそちらには関係ないというのに、ほっとした笑顔を見せ始めた縫製担当のお針子たちを見ていると、知らないうちに肩に力が入っていたような自分も安心してしまった。

 そんな矢先だった。朝食の最中に父が食事の手を止めて離れて暮らすおばあ様のことを話題にしたのは。

「おばあ様の病状がここのところ優れないらしい」
「え……」

 思わず私の手からフォークが落ちて、皿からガチャンと大きな音がした。しかしそれを行儀が悪いとたしなめる人はいなかった。

「看病でも手があるこちらで引き取ろうというのだけれど、本人が頑として譲らないんだ。せめてお見舞いに行こうと思うのだが……」
「行きます」
「私も行きたいです!」

 私とミレーヌは口々に父に同行したい、という意思を示す。

「……大丈夫?」

 ミレーヌが小声で私に話しかけてきてくれる。それに私は弱弱しく微笑んだ。
 最近、おばあ様の屋敷に足を向けていなかった。
 けっしておばあ様のことを忘れていたわけではない。ただ、おばあ様の記憶の庭園が見つからず、どこか私は意地になっていたのかもしれない。
 次に会う時は、その情報を仕入れておばあ様に伝えようと。
 そしてあわよくば彼女と一緒にその場に行きたい、という一種の願掛け。
 しかし、おばあ様の容態が悪くなっていたら、例えそこが見つかったとしても一緒に行くことも難しいかもしれない。
 早く見つけ出さなければ。
 いや、とりあえず、先におばあ様に会いに行かないと。
 本当はサプライズをしたかった。しかし、もうそんな余裕はなさそうだ。

「じゃあ、明後日にみんなでおばあ様の家まで伺うから、そのつもりで」

 なぜか募る罪悪感の中、予定を告げる父の声がやたらと響いて聞こえた。



 ◇◇◇ 


 それを言われたのは、プリメールでも少し低級路線である既製服の新作を試着している時だった。
 ブティックの経営陣二人とお針子の二人は私を取り囲み、あれこれ話し合っている。
 先取りした春物の軽やかな色合いが冬の落ち着いた色彩の中ではなおさら華やかに見え、なんとなく私までウキウキしているさなかだったのだが。
 
「レティエさん、貴方太った?」

 リリンの言葉に動きが止まった。

「え……?」

 そういえば、最近、服の腕や腰回りがきつくなったかもしれない。
 私が硬直していたら、私がリリンの言葉を気にしたと思ったのだろうか。慌てて言い繕うように早口で話し出した。
 
「あ、ごめんなさい。この世界だとモデルの少しのサイズ変更は見た目に反映されて重要だから、通常よりチェックが厳しいの。普通だとわからないレベルだと思うけれどね」

 しかしリリンの声が聞こえたのか、クロエがつかつかと近づいてきては、私の腕を捩じ上げる勢いでぐいっと掴んだ。思わず小さな声で、イタッと悲鳴を上げてしまう。そんな私をクロエはじろじろと眺めると、声を張り上げた。

「サティ! レティエのサイズチェックして」
「はいな~」

 いつも巻き尺を持ち歩いているサティは白衣のポケットの中からそれを取り出すと、私のサイズ表を取り出している。
 私に近づいてきたクロエに低い声で囁かれた。
 
「体型維持も仕事のうちよ。貴方はプロとして金をもらっているでしょう? そのあたり自覚しなさいよ」
「すみません……」
 
 特別食べているつもりはないし、元々食は細い方だ。
 月のものとかで食欲が増したり、減退したりはあるけれど、身体につくことはなかったのに体質でも変わったのだろうか。
 私が悩んでいたら、リリンに言われた。
 
「もしかして、これから背が伸びるんじゃない?」

 また伸びるの!?
 ただでさえ人より背が高くて困っているのに、これ以上、背が伸びるなんて……。
 
「いいことだね」

 セユンはクロエとは対照的にご機嫌だ。背が高い方が人目を引くのでモデルとしてはよいようだけれど、日常生活を送る上ではほどほどでないと困るのに。

「いいことなんかじゃないわよ。体型が変わったら手間がかかるじゃないのよ! トルソーも型紙も一から作りなおししなくてはいけないし、ドレスにもどれだけ影響が出ることか! だから成長期の子をモデルにするのは嫌なのよ」
「それも魅力だよ? 成長期の子のサイズを調整とかできるドレスとか、作るの面白そうだなあ」

 なぜかわくわくしたような顔をしているセユンに、クロエはぎりっと歯をきしませている。

「…………貴方は無責任よ。レティエが太ったり痩せたりしたら尻ぬぐいするのはこっちなのを忘れないでいてね」

 セユンに食って掛かるクロエに、リリンがのんびりと私に話しかけた。

「レティエ、クロエのいうことは気にしないでいいわよ。ドレスを直すのはクロエではなく私たちお針子なんだから、なんとでもしてあげるわ」

 それを聞きつけてクロエがギッとリリンを睨みつけた。
 
「だからといってドレスのシルエットを勝手に変えたりしないでよ? 貴方がレティエを気に入っているからといって、ただのモデルにえこひいきをしないでほしいわ」
「私たちがそんなに能無しだと思うの? えこひいきは……どうかしら? レティエほどの人材はもう巡り合えないと思うから、少々のことは目をつむってしまうかもね」
 
 おっとりと言って私に片目をつぶってみせるリリン。
 彼女が私に味方してくれるのは嬉しいが、自分のせいで仲たがいしている人たちを見るのは心苦しく、私はどうしたらいいかわからなかった。
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