【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

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第28話 セユン視点 これは本当に恥ずかしいことなのだろうか

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 レティエが来てくれたからだろうか。
 あれだけ難航していた作業だったのに、あっけなく終わってしまった。

「疲れた……」

 どさっとソファの背もたれに身体を預けて、天井を仰ぐ。
 煮詰まっている時は少しでも寝た方がいいのだろうか。ほとんど意識を失うようだったけれど、少し寝ていたおかげで少し楽になっていた。
 二十代のうちは徹夜が続いてもピンピンしていたのに、そうもいかない年齢になってきたのかと思うと、体力だけが自慢だったのにな、と衰えを感じてしまう。
 もっと鍛えなければな、と長時間の同じ姿勢によって強張った筋肉をほぐすように揉んでいった。

 俺の本職は騎士。王宮警護をする近衛を指揮する隊長の一人だ。
 もっとも今は平和だから王に近づきたい派閥の者にそちらは任せて、王宮には儀式典礼の時に呼ばれるだけで、日々屋敷で訓練している方が多い。
 つい数十年前までは領地同士の争いがあったことを忘れてしまいそうになるほどの呑気さだ。
 表向きは領主として領地を治めることを忙しいとしているが、裏では下の身分の者が行うと言われている事業に携わり、額に汗して作業しているなんて頭の固い貴族たちは気づきもしないだろう。

 何かを作り出すことは楽しい。それを知ってしまってからはもうやめることなんてできそうになかった。

 それでも、最近は作品を作っても昔のように心が跳ねるようなことは少なくなっていった。こんなものがかきたい、こんなものが作りたい。そう思うままに自由に発想して形にできた頃はよかった、と昔を懐かしんでしまう。
 今は何かを作りたいとそう思ったとしても、まずトレンドを考えて、売れるものを優先して考えてしまうから、自由に発想を飛ばすことができなくなってしまった。
 プリメールという枷が俺を縛っている。しかし、もう動き始めてしまった計画は止められない。

 いいかげん部屋に灯をいれないと、と思っていたらノックの音がした。

 この部屋に自分がいるのを知っている人間は帰ったレティエ以外では一人だけだ。伯爵家の執事たちですら、この別邸に足を踏み入れることは許していない。

「ジェームズ、終わったの?」

 そしてここで自分の本名を無遠慮に呼ぶのは彼女だけだ。入ってきたクロエに頷いて、新しいデザインと様々な事業の計画書を渡した。
 クロエと自分の関係はもう随分と長い。彼女の父も騎士であったし、彼女の母親が自分の乳母だったことからも家族ぐるみの付き合いになっていた。
 自分もクロエも兄弟に恵まれなかったから、いつも二人で遊んでいた。
 自分の両親も彼女の両親も喪われた今、家族に近い存在だと言えるのはクロエだけかもしれない。

「今日の売り上げ、あんまり良くなかったわ。やる気ない従業員には反省文でも書かせようかしら」

 口を尖らせて不平を漏らし始めたクロエの言葉を遮った。

「クロエ」
「? なぁに?」
 
 彼女の方を見つめれば、眼鏡の向こうのクロエの目が驚いたように瞬いている。
 
「レティエくんに俺がプリメールのデザインしていることがばれた」
「なんですって!?」
「ラフ絵を見て、描き癖から利き手を推理して君の絵ではないということを判断したようだ」

 俺の言葉でクロエが舌打ちをした。

「あの子、ほんとに目ざといわね。ここの家を偵察でもしているのかしら」
「まさか。そんなことするメリットないだろう?」
「どうだか? 貴方を落とそうとしているのかもしれないわよ。伯爵家に入り込むためにね」
「クロエ、彼女に失礼な憶測はやめるんだ」

 クロエは腕組みをしてイライラと歩き回っている。
 今までもこんな風に思いがけないところに自分の正体がばれそうになったことはないではなかった。しかし、深い事情が割れる前にクロエが相手を追い払ってしまったり、あれは勘違いだと誘導したりして誤魔化せてきていたのだ。特にデザインに関しては徹底して秘密を守っていた。
 今回レティエに秘密が漏れたのは、ただ自分がレティエを気に入って懐に入れすぎたせいだろう。俺のせいだ。

「だいたい貴方は呑気すぎるのよ。プライドのない女には、伯爵という身分は魅力的な美味しい餌よ。得られるものがたとえ正式な妻でなかったとしてもね。それをわかってない」
「クロエ!」
「私に怒らないでよ。警戒心がない貴方の代わりに、私が番犬代わりをしているってだけ。これも全て伯爵家のためよ」

 伯爵家のため。
 そう、伯爵家の権威を落とさないためにも自分はクロエにデザイナーとして表に立つことを頼み、自分は隠れることにしたのだ。
 そんなクロエの言葉は社会の代弁、そのままなのだろう。

「……本をあげたら出版社と俺の関係を見抜いたくらい洞察力優れてたんだぞ、あの子は。甘く見てた俺らが悪いだけだ」 
「仕方ないわね……ジェームズ、あの事だけは絶対にばれるんじゃないわよ? あの子、それだけは許さなさそうだから」

 クロエの念を押す言葉に、目を閉じた。

「わかってるよ……ただ、あの子は知ってもそのまま受け入れてくれそうな気がするんだ」
「そんなわけないでしょ?」

 ぴしゃん、と俺の望み混じりの言葉を切り捨てるクロエは辛辣だ。 
 
「どこかの誰かだから許せることも、身近な人間がしていたら許せないというものも世の中には存在するものなのよ。あの子に嫌われて、モデルを辞めるなんて言われたくなかったら、隠し通しなさい。黙っていなさい。いいわね?」
「わかったよ……」

 クロエは厳しい目をして俺を見据えている。まるで聞き分けの悪い犬を躾でもしているようだな、と彼女のその苛烈な視線に苦笑いをしてしまった。その場合、犬は俺自身を差すのだから。
 
「貴方の【恥部】はこれまで通り私が引き受ける。したいことがあるなら、私に全部任せてちょうだい」
 
 そう言い置くと覚悟を決めたように歩み去っていくクロエ。その後ろ姿をぼんやりと見送った。
 しばらくそうしていただろうか。
 まだ疲れていて頭が働いていないのかもしれない。しかし。
 
「でもな、クロエ。本当にこれが恥ずかしいことなのか……俺にはわからないんだよ」

 社会が望まない形である本当の自分。
男であり貴族であり、いっぱしの騎士がすると軟弱だとされることを好む自分。

 レティエが言ってくれた言葉と。
 クロエに言われてきた言葉と。

 今までもらってきてた二つの言葉の中で揺れ動いていて。
 それを情けないと自負しながらも、まだどうしたらいいのか決めあぐねていた。
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