【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

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第20話 ファッションショーデビューの日

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 同じ貴族だと言っても、上位貴族は雲の上の存在である。
 私のファッションショーデビューは『相手は常連でショーの手順が分かっている相手だし、少々の粗相をしてもなんとか切り抜けられるだろう』ということでロアンテ侯爵夫人のサロンに決定した。
 ロアンテ侯爵夫人はセユンことモナード伯爵の母方の叔母で、彼が平民に交じってブティックの仕事を手伝っていることを知っている数少ない関係者の一人でもあるという。

「今日は初めてのサロンでのお披露目だな。緊張してる?」

 セユンがこそっと話しかけてきてくれ、私はそれに迷わず頷いた。
 
「はい、めちゃくちゃ緊張してます」
「結構。緊張しているのを自覚しているなら大丈夫だよ」

 へらっと笑うセユンはいつもと雰囲気が違う。薄い金髪のかつらを着けて眼鏡をかけている。表に出る時にはちゃんと身ばれをしないように一応配慮をしているようなのは本当だったようだ。
 今日は乗馬服を思わせるようなきっちりとしたハッキングジャケットを身に着けて、すっかり営業モードになっている。

 緊張しているのは人前に出るからだけではない。
 足を踏み入れたこともない上流貴族の邸宅に自分がこの身を置いているということ自体にも落ち着かなくなってしまっている。
 そういう情緒的なものを自分以外の誰も感じてなさそうなのが意外なのだが、きっとそういうことを気にしない人種が集まっているだけなのだろうと思った。


「なのに今日のような日に限って、いつもより人数少ないなんて」
「サティは母親代わりで妹のエリーのことを育てていたからねえ。お産、無事に終わればいいね」

 今日は唐突にお針子のサティが休んでしまった。
 前々からショーに妹のお産がかぶるかもしれない。その場合はそちらを優先すると言われていたが、悪いことほどよく当たる。
 イライラと動き回っているクロエと対照的に、なんとかなるわよぉ、と落ち着きはらったリリンを見ているとなんとなく安心した。

 今日は新作のドレスが3着と、それに合わせたストッキングという珍しい高級アイテムのお披露目だ。
 今年、社交シーズン前にブティックプリメールで一番時間をかけて選びぬいた新作は、単価も高く目玉となる華やかなパーティドレスではなく、いわゆる室内ドレスにあたるナイトドレスになった。
 貴族は様々な種類のドレスを目的や場所によっても使い分ける。
 一番格が高く、社交で用いるパーティドレスに、外出する時に着る、それより少し格が落ちる外出用のドレス。そして家の中で着る室内ドレスだ。
 今回はその家の中でだけ、下手すると自分だけしか見ることのないナイトドレスに着目した。
 マーメイドラインでスリット付きという、今までになかったデザインは、足はセクシャルなもので見せる場所ではないという常識を打ち破るものだった。
 デザインしたのはクロエのはずなのに、クロエ自身はそれを売り出すことに最後まで抵抗していた。娼婦が着るような物を販売したらブティックの品位が落ちる! と難色を示したのだ。しかしそんなクロエに対し、セユンは頑として譲らなかった。
 
「これは女性が男相手に媚を売るためのドレスではなく、女性が今までに自慢したくてもできなかった場所を自分で発見して気に入るためのドレスだ。上位貴族なら使用人が着た姿を見るからその良さを口伝えにしていくだろうしな。今後はこれをきっかけにしてフォーマルドレスにスリットを採用していけるように世間の動きを作っていきたいんだ。あと、これを妻や恋人にねだられたら、男は絶対金を出す。神に誓ってもいい」
 
 その力説を聞いて、色々言っているが、一番最後がセユンの本音だな、と思ったのは女性陣全員の総意だっただろう。
 結局はそれが説得力となってクロエが折れた。
 
「ドレスは破いても補修きくけど、ストッキングは絶対に破かないで」
「心得てます」

 クロエがきつく言う言葉に頷いた。
 それは試着の時から何度も言われていたことだ。
 正直なところ、ストッキングのためだけにここ何週間もずっと足の手入れは欠かさなかったようなものだ。ささくれ1つで引っかけて伝線しかねない。それこそ顔の手入れよりそちらの方を真面目にしていた。
 シルクの細い細い糸で編まれたそれは、足を美しく見せる効果があるのだけれどとにかく脆い。
 まだストッキングは量産されておらず破損した時のスペアも準備できずに貴重なものだから、着脱も絶対に一人では行わず、誰かにやってもらうことを徹底していた。

 ファッションショーは時間との勝負だ。客が待ちくたびれる前に衣装を着替えて戻ってくる時間をどれだけ短くとるかが勝負になる。
 合間合間はセユンが場を持たせてくれ、今回はロアンテ侯爵夫人もそれに協力してくれる。
 今回は大広間に続く控えの間をスタッフルーム代わりとして使わせてもらっている。
 大広間で私が奥様方の前に出て、基本、私は立っているだけなのだが着心地などを訊かれたら答えるのは私だ。動きは最小限にして、そして堂々と。それを意識すること。
 大丈夫。あれだけ準備はしてきたのだから。

「最終チェックするわよ。セユンは先に出て紹介。次にレティエは1番を着て中央に。リリンは続きの間で……」

 クロエの言葉が自分の心臓の鼓動がうるさすぎて聞き取りづらい。自分の中の音がうるさいと思える程度には落ち着いていると思っておこう。

「大丈夫よ。落ち着いて。貴方は一人じゃないから」

 耳に囁かれたリリンの言葉に頷いて、私はその扉から出て行った。
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