【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

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第19話 閑話 騎士の顔

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「あれ、ジョンさん、こんにちはぁ」
「レティエさん、いらっしゃいー。いつもお仕事大変だねえ」

 何度もアトリエに通ううちに、伯爵家の裏門番のジョン氏とは顔見知りになっていた。本邸に勤める人達も私のことを知っているのか、気軽に挨拶してくれたりして、だいぶ中の地理にも明るくなってもいる。
 今日はたまたまモナード伯爵家に向かう途中で、制服を着ているのに門ではなく道を歩いているジョンに出会った。
 となると、今は裏門に誰か違う人が詰めているのだろうかと思ったら、ジョンはほっとしたような顔を見せた。

「ここで会えてよかったよ。今、裏門は閉めてるから、伯爵邸には通用門の方から入ってくれる?」
「あ、わかりました」

 本当にジョンに会えてよかった。中に入るのに手間をかけるところだったから。
 伯爵家には3つ門がある。
 高貴な方、客人を迎え入れるための正門。使用人などが使う裏門。そして馬車庫が近く、日用品などを納入するためのやや広めな通用門。
 それぞれに門番が存在しているが、後者2つは伯爵邸に勤めている人が利用する門である。私は伯爵邸の使用人ではないがブティックが邸宅内の別邸をアトリエに使っていることから裏門を随時使用している。
 通用門の門番にも自分のことは伝わっていたためあっさりと中に入ることができた。
 そのまま塀に沿って歩き離れの方に進んでいたら。
 
「そこぉっ!!! 動きが重い! 鎧つけて外20周走ってこいっ!!!」

 唐突に怒号が聞こえて、びくっと身体を震わせた。

 空気を切り裂くような鋭いその大声の主が誰かわかる。セユンだろう。
 普段、穏やかな声しか聴いたことない彼は、そんな声も出せたのか。
 ……正直怖い。
 声の方向を見たらそちらは開けていて、どうやら騎士たちの訓練場のようだ。
 伯爵邸の中にそういうところがあったのは知っていたけれど、訓練に行き会ったのは初めてだった。
 茂みがお互いの間を遮っていてこちらの姿は向こうには見えていないようで。邪魔しないように私はそそくさとその場を通り過ぎることにした。
 しかし、激しい訓練の様に、大きな音が出る度に、びくっとそちらを見てしまう。
 
 伯爵レベルでは普通は私兵を持つことは許されていないのだけれど、このモナード家は別だ。それくらい陛下の信任が厚い。
 モナード家の君主は代々モナード騎士団の団長の任を預かる規則のはずだからセユンが団長なのだろう。
 同時にセユンがこの中で一番強いとは限らないのだろうけれど、そうでないとしてもなぜか一際目を引く。その体格だけでなくても動きが速くて、剣を振り回していても腰がぶれてなくてどっしりしていて安定感があるのだ。
 
 こうしてみていると、なんとなく不思議な感じがする。
 クロエは、ああ言っていたが、私にとっての『通常の』セユンは騎士としてのセユンではなく、プリメールブティックで働く彼である。
 確かにこの厳しい姿の彼しか知らなかったら、ナンパ一歩手前な甘い言葉を吐きながらドレスや帽子の話をしているのが同じ人物だなんて思わないだろう。
 そして、たまに彼が濡れた髪のままで作業部屋に来ていたの理由が今さら分かった。
 騎士としての鍛錬の後、急いで汗を流して、私たちに合流していたのだ。
 作業の合間も彼はちょくちょくいなくなってはいたが、もしかしたらその時間は領主としての仕事もしていたのだろうか。

 ――超人?
 
 命を賭けて戦う騎士の彼ら。その剣をふるう姿、汗が飛び散る様すら美しいと思ったらいけないだろうか。
 いや、騎士ではなく、セユンの姿だけに目を奪われる。
 青空の下、木製の剣だろうか。それをふるう剣士たちの後ろでそれを指導し、声を上げて叱咤して厳しい顔で檄を飛ばす。それは私の知らないセユンの顔だった。
 そのたくましい大きな体が肉食動物のようにしなやかに動く様がただ、ただ美しいと思った。
 
「あ、いけないっ!」

 あまり日差しの強いところにいてはいけないと言われていたのに。思わずセユンに見とれて歩みを止めてしまっていた。
 名残惜しく後ろ髪を引かれる思いをしながらも、私はアトリエのある離れの邸宅に足を運んだ。

 
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