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第17話 彼の名前はジェームズ・ラルム・モナード
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「一応、他の人には黙っていてね。リリンだけは知ってるけれど」
リリンは伯爵家に仕えていたと言っていたから、確かに事情を知っていなかったらおかしいだろう。
「秘密にされている理由をうかがってもいいですか?」
「別に秘密にしてないわよ。貴方みたいに気づいた人には伝えてるつもりだけれど、今まで気づいた人がいなかっただけ。あと、古い家系だと変わったことをすると色々周囲がうるさいのよ」
そう言われて、大きく頷いた。モナード伯爵の別の顔なんて、確かに面白がって吹いて回る人間の方が多いだろう。しかも、セユンは中で平民に交じって楽しそうに働いて、その平民に顎でこき使われているわけだし。威厳がどうのと文句を言い出す貴族の方が多そうだ。
「一応、サロンに行く時は変装させたりしてるんだけどね。伯爵がお金大好きでがつがつ働いているなんて知れたらみっともないし」
お金大好き?
セユンは仕事大好きなだけにみえるけど。実際はそうなのだろうか。
私が疑っているような顔をしていたのだろうか。クロエは肩を竦めている。
「貴方も今後、サロンで行われるショーに出て、彼の仕事している姿見ればわかるわよ。剣振り回している時と別人だから。変装の必要ないくらいキャラが違うわよ」
「はぁ……」
剣を振り回している姿というのは騎士の時の彼のことなのだろう。
やはりクロエとセユンことモナード伯爵はよく知った仲だということがそれでもうかがわされた。
「セユンさんって、もしかして、このブティックのオーナー……なんですか?」
「そうね、そういうことになるわ」
私がそう思ったのは貴族が平民や、下の爵位で事業を起こそうとしている人の後見になることが多いからだ。
かくいう我が父の会社も最初は他の貴族に頼んで後見になってもらっていた。
自己資本で会社を立ち上げることもできるが、他の貴族と繋がりを得ることもできるので、あえてそういうところの伝手を作るためにもそういう制度を使うことが多い。貴族社会ならではの事業の立ち上げ方だ。
セユン自身が伯爵で、彼が表に立つことを隠しているのなら、きっと表に出ているのはクロエなのだろう。そこにもセユンとクロエのお互いへの信頼関係と絆が感じられて……ほんの少し羨ましい。
この調子だとセユンは貴族として他の事業にも手を伸ばしてそうだなぁ、色々と多才な人だからとセユンのことを思い返していたら……この間から感じていた些細な違和感を思い出してしまった。
まさか……。
私が考え込んでいたら、呑気な声がした。
「やぁ、レティエくん。チェリーの本はどうだったかな~」
そこにタイミング悪く表れたのはセユンだ。彼に対してふふっとクロエが鼻で嗤うようにして向き直る。
「あとは本人にきいた方がいいんじゃないかしら。ジェームズ・ラルム・モナード伯爵に」
戦う伯爵家と名高いモナード家。王族を警護する近衛を排出する名門一家の当主様は、質のよさそうなシルクのシャツを肘まで腕まくりをして、胸元をぱたぱたとさせて扇ぎながら現れる。
その行儀の悪い姿に……この人、本当に伯爵なの? と疑う目で見てしまった。
確かに貴族だって人間なのだから色んな人がいるのはわかるのだが、私の中にあった、伝統ある貴族、凛々しい騎士様、高貴なイメージ、その全てがガラガラと崩れていく。
「セユンさん……」
「な、なに? なんで俺の本名をクロエに言われてんの? え、レティエくんに俺が貴族ってことがバレてお説教される流れ?」
私とクロエの視線から何かを察したように、セユンがびくびくしている。
大きな体で縮こまっている様子に、あ、やっぱりこの人、貴族なんだ、と思ったらかえって変なイメージを押しつけていたことに申し訳なさが浮かび上がった。
「セユンさんが貴族であるということと、プリメールのオーナーということを知っただけですが……あの……出版社のオーナーもされているとかいうことはないですよね? それであのチェリーの本が手に入ったとか……」
まさかねえ、と思いつつ昨日からの疑惑を口にしたら、ぴしっと空気が凍った。
リリンは伯爵家に仕えていたと言っていたから、確かに事情を知っていなかったらおかしいだろう。
「秘密にされている理由をうかがってもいいですか?」
「別に秘密にしてないわよ。貴方みたいに気づいた人には伝えてるつもりだけれど、今まで気づいた人がいなかっただけ。あと、古い家系だと変わったことをすると色々周囲がうるさいのよ」
そう言われて、大きく頷いた。モナード伯爵の別の顔なんて、確かに面白がって吹いて回る人間の方が多いだろう。しかも、セユンは中で平民に交じって楽しそうに働いて、その平民に顎でこき使われているわけだし。威厳がどうのと文句を言い出す貴族の方が多そうだ。
「一応、サロンに行く時は変装させたりしてるんだけどね。伯爵がお金大好きでがつがつ働いているなんて知れたらみっともないし」
お金大好き?
セユンは仕事大好きなだけにみえるけど。実際はそうなのだろうか。
私が疑っているような顔をしていたのだろうか。クロエは肩を竦めている。
「貴方も今後、サロンで行われるショーに出て、彼の仕事している姿見ればわかるわよ。剣振り回している時と別人だから。変装の必要ないくらいキャラが違うわよ」
「はぁ……」
剣を振り回している姿というのは騎士の時の彼のことなのだろう。
やはりクロエとセユンことモナード伯爵はよく知った仲だということがそれでもうかがわされた。
「セユンさんって、もしかして、このブティックのオーナー……なんですか?」
「そうね、そういうことになるわ」
私がそう思ったのは貴族が平民や、下の爵位で事業を起こそうとしている人の後見になることが多いからだ。
かくいう我が父の会社も最初は他の貴族に頼んで後見になってもらっていた。
自己資本で会社を立ち上げることもできるが、他の貴族と繋がりを得ることもできるので、あえてそういうところの伝手を作るためにもそういう制度を使うことが多い。貴族社会ならではの事業の立ち上げ方だ。
セユン自身が伯爵で、彼が表に立つことを隠しているのなら、きっと表に出ているのはクロエなのだろう。そこにもセユンとクロエのお互いへの信頼関係と絆が感じられて……ほんの少し羨ましい。
この調子だとセユンは貴族として他の事業にも手を伸ばしてそうだなぁ、色々と多才な人だからとセユンのことを思い返していたら……この間から感じていた些細な違和感を思い出してしまった。
まさか……。
私が考え込んでいたら、呑気な声がした。
「やぁ、レティエくん。チェリーの本はどうだったかな~」
そこにタイミング悪く表れたのはセユンだ。彼に対してふふっとクロエが鼻で嗤うようにして向き直る。
「あとは本人にきいた方がいいんじゃないかしら。ジェームズ・ラルム・モナード伯爵に」
戦う伯爵家と名高いモナード家。王族を警護する近衛を排出する名門一家の当主様は、質のよさそうなシルクのシャツを肘まで腕まくりをして、胸元をぱたぱたとさせて扇ぎながら現れる。
その行儀の悪い姿に……この人、本当に伯爵なの? と疑う目で見てしまった。
確かに貴族だって人間なのだから色んな人がいるのはわかるのだが、私の中にあった、伝統ある貴族、凛々しい騎士様、高貴なイメージ、その全てがガラガラと崩れていく。
「セユンさん……」
「な、なに? なんで俺の本名をクロエに言われてんの? え、レティエくんに俺が貴族ってことがバレてお説教される流れ?」
私とクロエの視線から何かを察したように、セユンがびくびくしている。
大きな体で縮こまっている様子に、あ、やっぱりこの人、貴族なんだ、と思ったらかえって変なイメージを押しつけていたことに申し訳なさが浮かび上がった。
「セユンさんが貴族であるということと、プリメールのオーナーということを知っただけですが……あの……出版社のオーナーもされているとかいうことはないですよね? それであのチェリーの本が手に入ったとか……」
まさかねえ、と思いつつ昨日からの疑惑を口にしたら、ぴしっと空気が凍った。
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