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第13話 同好の士
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「もしかして君はおうちの人と仲が良くないのかな……?」
なんかすごく想像力過多な人だ。私は何も言わず、答えず、下を向くだけにとどめた。そうしたら勝手に色々と理由を妄想してくれそうな気がして。
「そうか……!」
セユンの目が思い切り同情モードになっている。女性の職場で働いている彼は、もしかしたら家族の理解を得られていないのかもしれない。勝手な妄想で同情したくなった私は彼と同類なことに私は自分で気づいていなかったが。
「頑張ってくれているご褒美に何か買ってあげよう。欲しいものはないかい?」
「やめなさい。若い娘に貴方みたいなおじさんがそういうことすると、犯罪臭しかしないわよ」
後ろからクロエが容赦なくセユンの頭を小突いている。
「おじさん?」
「この人、31よ」
「年齢私のほぼ2倍……」
まさかそんなに年齢が離れているとは思わなかった。だから私が歳を言った時に、ため息をついていたのか。
私がうっかりそんなことを呟いたら、がっくりと肩を落として、どうせおじさんだよ、と落ち込んでいる。
いや、セユンは姿勢もいいし若々しいのでそんな風に見えないからこそ実年齢を聞いて驚いたんであって。
こういう時、どういう風に慰めたらいいのかわからず、私は慌てて両手を振った。
「いえ、本当にいいですよ。お気持ちだけで……」
「ダメよ、レティエさん。男がこういう時は遠慮なく吹っ掛けるのがいい女の証拠よ」
リリンがそんなことを言って焚きつけるものだから、セユンも調子づいて私に頷いているし。なんかお願いを言わないといけない雰囲気になってきた。
「……。……それなら、本でもいいですか?」
「本?」
「はい、チェリー・レイモンドの新しい本を……」
無理だろうなぁ、と思いつつも今、一番欲しいものを言ってみる。人気絶頂の作家の新刊は、どこも売り切れが続出で発売日に並んでも手に入らなかったのだ。
絶対買うのだから予約させてくれればいいのに、そういう仕組みが本屋に存在してないのは売り手市場だからだろう。
「チェリー・レイモンド?」
「あ、ご存じじゃないですよね。女性に人気の小説家なんです」
細やかな女性の心理描写が巧みなロマンス小説作家だが、男性が知ってることはないだろうと思ったが。
「いや、知ってる、大丈夫。彼の本なら全部チェックしてる」
「彼?」
チェリー・レイモンドは覆面作家で性別も年齢も不明だ。なぜ彼? と思ってセユンに聞き直したら、ああ、勘違い、と頭を掻いて照れくさそうに笑われてしまった。
「あ、ごめん、チェリー・レイモンドって、別ペンネームでも小説書いてるって言われてるから、そっちの印象に引きずられて男だと思っちゃってただけ。やっぱりあの作風だと女だよね」
「ええ? そうなんですか? 誰ですか?」
「知らないと思うよ。リズリーっていう犯罪小説作家。『鮮血のナイフ』とか『真夜中の鏡』とかの。そっちも噂だけどね」
ミステリーはおばあ様が好きで買っているし、その中には話題のリズリーの小説も存在していて、私も読ませてもらっていて知っていた。
「そうなんですか!? 作風全然違うじゃないですか!」
「あれ、君、リズリーの小説も読んでるの?」
「はい! 面白すぎて、徹夜したこともありますよ。あれは危険です」
「ぶっ」
私が力説したせいか、セユンがふき出した。
それにしても意外だ。
男性は仕事の資料でのみ文字を目で追うだけで小説などを楽しむ余裕がないのではと勝手に思っていた。自らの父親が本を読まない人間だったので、男という生き物を勝手にカテゴライズしてしまっていたのかもしれない。失礼だったか、と我ながら反省した。
「セユンさんが美容方法に詳しいのはチェリーの本を読んだりしてたからですか?」
かの人の作品は取材が行き届いていてそういう細かい描写が美しく、あまりこの街から離れたことのない私でも旅に出たような心持ちになれるのだ。かの人の筆だとどこも素晴らしい秘境に思えて、猛烈に憧れる。
「うん、本から得る知識はあるね。そういうところからお客様の希望や情報を引き出すきっかけにもなるし。女に生まれてない俺にとっては特にそういうのって大事なんだよ。……それにしても、君は相当な本好きだね」
顎に手を当ててにやっと笑うセユンに思わず笑ってしまった。
「それはお互い様じゃないですか?」
まさか、ここまで読んでいる本の話が合うほど詳しい人がいるとは思わなかった。
「よし、同好の士のためにチェリーの本を一式プレゼントしよう」
そんなことをけろっと言う彼に、もしかして本当にこの人って貴族? それとも単なる金持ち? と目を剥いてしまった。
「一式なんていただけませんよ。高いのに」
いくらすると思っているんですか! とわめく私に、大人な彼はまぁまぁ、となだめてくる。
「でもなんでメイドをしようと思ったんだ? そんなに本が好きなら本屋や印刷所勤めでもいいと思うんだが」
なんたって、立ち読みしてただで本を読めるしね、とサムズアップしてみみっちいことを言うこの人に、本当にこの人は金持ちなのだろうか、と舌の根も乾かぬうちに前言撤回した。
「え、ええと……ちょっと」
一瞬、セユンに本当のことを打ち明けたら探している場所は見つけやすいのではと思ったが……まだ、彼を完全には信頼できていない。
「秘密です」
だから、そう笑顔でごまかすことにした。
なんかすごく想像力過多な人だ。私は何も言わず、答えず、下を向くだけにとどめた。そうしたら勝手に色々と理由を妄想してくれそうな気がして。
「そうか……!」
セユンの目が思い切り同情モードになっている。女性の職場で働いている彼は、もしかしたら家族の理解を得られていないのかもしれない。勝手な妄想で同情したくなった私は彼と同類なことに私は自分で気づいていなかったが。
「頑張ってくれているご褒美に何か買ってあげよう。欲しいものはないかい?」
「やめなさい。若い娘に貴方みたいなおじさんがそういうことすると、犯罪臭しかしないわよ」
後ろからクロエが容赦なくセユンの頭を小突いている。
「おじさん?」
「この人、31よ」
「年齢私のほぼ2倍……」
まさかそんなに年齢が離れているとは思わなかった。だから私が歳を言った時に、ため息をついていたのか。
私がうっかりそんなことを呟いたら、がっくりと肩を落として、どうせおじさんだよ、と落ち込んでいる。
いや、セユンは姿勢もいいし若々しいのでそんな風に見えないからこそ実年齢を聞いて驚いたんであって。
こういう時、どういう風に慰めたらいいのかわからず、私は慌てて両手を振った。
「いえ、本当にいいですよ。お気持ちだけで……」
「ダメよ、レティエさん。男がこういう時は遠慮なく吹っ掛けるのがいい女の証拠よ」
リリンがそんなことを言って焚きつけるものだから、セユンも調子づいて私に頷いているし。なんかお願いを言わないといけない雰囲気になってきた。
「……。……それなら、本でもいいですか?」
「本?」
「はい、チェリー・レイモンドの新しい本を……」
無理だろうなぁ、と思いつつも今、一番欲しいものを言ってみる。人気絶頂の作家の新刊は、どこも売り切れが続出で発売日に並んでも手に入らなかったのだ。
絶対買うのだから予約させてくれればいいのに、そういう仕組みが本屋に存在してないのは売り手市場だからだろう。
「チェリー・レイモンド?」
「あ、ご存じじゃないですよね。女性に人気の小説家なんです」
細やかな女性の心理描写が巧みなロマンス小説作家だが、男性が知ってることはないだろうと思ったが。
「いや、知ってる、大丈夫。彼の本なら全部チェックしてる」
「彼?」
チェリー・レイモンドは覆面作家で性別も年齢も不明だ。なぜ彼? と思ってセユンに聞き直したら、ああ、勘違い、と頭を掻いて照れくさそうに笑われてしまった。
「あ、ごめん、チェリー・レイモンドって、別ペンネームでも小説書いてるって言われてるから、そっちの印象に引きずられて男だと思っちゃってただけ。やっぱりあの作風だと女だよね」
「ええ? そうなんですか? 誰ですか?」
「知らないと思うよ。リズリーっていう犯罪小説作家。『鮮血のナイフ』とか『真夜中の鏡』とかの。そっちも噂だけどね」
ミステリーはおばあ様が好きで買っているし、その中には話題のリズリーの小説も存在していて、私も読ませてもらっていて知っていた。
「そうなんですか!? 作風全然違うじゃないですか!」
「あれ、君、リズリーの小説も読んでるの?」
「はい! 面白すぎて、徹夜したこともありますよ。あれは危険です」
「ぶっ」
私が力説したせいか、セユンがふき出した。
それにしても意外だ。
男性は仕事の資料でのみ文字を目で追うだけで小説などを楽しむ余裕がないのではと勝手に思っていた。自らの父親が本を読まない人間だったので、男という生き物を勝手にカテゴライズしてしまっていたのかもしれない。失礼だったか、と我ながら反省した。
「セユンさんが美容方法に詳しいのはチェリーの本を読んだりしてたからですか?」
かの人の作品は取材が行き届いていてそういう細かい描写が美しく、あまりこの街から離れたことのない私でも旅に出たような心持ちになれるのだ。かの人の筆だとどこも素晴らしい秘境に思えて、猛烈に憧れる。
「うん、本から得る知識はあるね。そういうところからお客様の希望や情報を引き出すきっかけにもなるし。女に生まれてない俺にとっては特にそういうのって大事なんだよ。……それにしても、君は相当な本好きだね」
顎に手を当ててにやっと笑うセユンに思わず笑ってしまった。
「それはお互い様じゃないですか?」
まさか、ここまで読んでいる本の話が合うほど詳しい人がいるとは思わなかった。
「よし、同好の士のためにチェリーの本を一式プレゼントしよう」
そんなことをけろっと言う彼に、もしかして本当にこの人って貴族? それとも単なる金持ち? と目を剥いてしまった。
「一式なんていただけませんよ。高いのに」
いくらすると思っているんですか! とわめく私に、大人な彼はまぁまぁ、となだめてくる。
「でもなんでメイドをしようと思ったんだ? そんなに本が好きなら本屋や印刷所勤めでもいいと思うんだが」
なんたって、立ち読みしてただで本を読めるしね、とサムズアップしてみみっちいことを言うこの人に、本当にこの人は金持ちなのだろうか、と舌の根も乾かぬうちに前言撤回した。
「え、ええと……ちょっと」
一瞬、セユンに本当のことを打ち明けたら探している場所は見つけやすいのではと思ったが……まだ、彼を完全には信頼できていない。
「秘密です」
だから、そう笑顔でごまかすことにした。
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