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第10話 人気のある男
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私と彼のやり取りを見ていたサティがクスクス笑っている。
からかわれていることが分かっているのに、勝手に頬が赤くなってしまう。そんな自分の顔を冷やそうと冷たい手で触れていたら。
「あれ? 頬赤い? 日焼けした? それともここ暑いかな?」
と、真顔でセユンはぼけている。もう、それは違います。
どうしたらいいかわからず、そのままぼんやりとしてしまったが、セユンはなぜか私の頬あたりをじっとみている。彼の視線の先に目ヤニや落ちまつげでもないか唐突に心配になってしまった。しかし、そうではなかったようだ。
「レティエくんは肌がちょっと弱いね……紫外線に過敏なんじゃないかな。夏に灼けても黒くならなくて、肌が赤くなったり具合悪くなったりしない?」
「すごいですね! 当たりです!」
今のこの状況に対してならセユンの洞察は見事に外れていたけれど、私の肌が紫外線に弱いのは事実だ。そのせいもあって、外で遊ぶのは昔から好きではなかった。特に日差しの暑い夏場は。
「外を歩く時は日傘を差すようにね。帽子もかぶって日焼け止めは唇や耳に塗るのも忘れないようにして……」
「は、はいっ」
これは私の健康に対する諸注意というより、モデルをする上での必要な美容上の注意なのではないだろうか。それなりにはしているつもりだったけれど、考えが甘いと言われたようで反省をしなければならない。
セユンはそのまま私の顔を真剣に覗き込んで、マッサージの仕方やらパックの仕方やらを丁寧に教えてくれている。
近くの温泉で産出する泥が肌にいいとか、砂サウナは肌をもちもちにするとか、どこからそういう情報を仕入れてくるのだろう。
「よく知ってますね……」
「あ、うん、まぁね。仕事だからね。接客する以上、そういう情報も知っておかなきゃ、話合わせられないから。大まかにいうと、女性を美しくするのが俺の役目だから」
照れくさそうに、でもその熱い視線は少年のようで。
この人は平民とか、貴族とか関係なく、自分と違う世界に住んでいる人なんだな、となんとなく思わされてしまう。そして自分にもこのような情熱を傾けられるような何かが欲しいな、と憧れてしまった。そんなことを言ったらモデルの仕事があるよ、と言われるのがオチだろうけれど。
「ね? 博識でもあるし意外とモテるのよ~、セユンさんてば。一見きりっと整った容姿なのに、巧みな語り口調だからサロンのマダムたちに大受け」
「レティエくんに変なこと吹き込まないでくれよ!」
いい年した男が焦っている様子に、お針子のマダムたちも声を上げて笑った。この人たちは仲がいいのだろう。あのクールなクロエがこの輪の中に入ったらどういう風になるのか、いまいち想像がつかないが。
「セユンさん、口上手いですもんね、なんとなくわかります……」
私が否定しないで頷いていたら、レティエくんまで!? とセユンは天井を仰いで嘆いている。
「でも貴族のサロンにはお針子も行くんですか?」
ブティックお抱えのお針子は平民ばかりだろう。招待状のない平民が貴族のサロンに足を踏み入れることができない。貴族に対する礼儀の教育をされていないだろうし、サロンはいわゆる表舞台の社交の場。お針子は裏方仕事だから行くとしても使用人などが控えるような場所からは出ないのが普通だ。
「もちろん前に出ないのだけれど、ファッションショーでは後ろで手直しをしたりする必要あるから待機せざるを得ないのよ」
なるほど。サロンに呼ばれるということは出し物の一種と同じ扱い。ステージを見せて人を楽しませる劇団員みたいなものだろう。
私が頷きながら聞いていれば、リリンがさらに追い打ちをかけてきた。
「レティエさん、まだ未婚でしょう? セユンさんなんてどう? ちょっと歳食ってるけど、悪くないでしょ?」
からかうように唐突に変なことを言われて、ぎょっとした。
どう? というのは、やっぱりその、異性としてどうか、という事だろう。
私は先ほどより赤くなると、両手を顔の前で大きく振った。
「いえ、遠慮させていただきますっ!」
「秒でふられたわね、セユンさん」
また冷やかされて頭を掻いているセユンに、マダムたちが笑っている。
からかわれるのも心臓に悪いけれど、男性であっても独身でいるのには歳がいっているように見えるセユン。まだ独身だったのか、とそちらも驚いた。
私の心臓の音が早くなっていることなんて、きっと相手にはわからないはずだから、これでいい。そう、これは突然、思いがけないことを聞かれた驚きの心拍のはずだから。きっと。
しかし、みんなはこういうことが冗談として言えるような大人で、羨ましい。
さりげなく、セユンと自分たちはそういう関係ではないとアピールをしている面もあるのだろう。女性の職場に男が一人だなんて、勘ぐられてもおかしくないことだから。
こんな時、ミレーユだったらどういう風に切り返すのだろう。彼女はきっと如才なく笑顔で、私のように戸惑うこともなくかわしたのだろう。
相手がセユンだからとかそういうことは関係なく。
今後、女性向けのサロンだけでなく、一般の場にも出るようなことになったらどうしよう。
こんな風にもっとからかわれるだろうし、父に発覚する率も高くなるだろう。
そうなる前に早く目的のおばあ様の思い出の場所を探し当てないと、と気を引き締めた。
からかわれていることが分かっているのに、勝手に頬が赤くなってしまう。そんな自分の顔を冷やそうと冷たい手で触れていたら。
「あれ? 頬赤い? 日焼けした? それともここ暑いかな?」
と、真顔でセユンはぼけている。もう、それは違います。
どうしたらいいかわからず、そのままぼんやりとしてしまったが、セユンはなぜか私の頬あたりをじっとみている。彼の視線の先に目ヤニや落ちまつげでもないか唐突に心配になってしまった。しかし、そうではなかったようだ。
「レティエくんは肌がちょっと弱いね……紫外線に過敏なんじゃないかな。夏に灼けても黒くならなくて、肌が赤くなったり具合悪くなったりしない?」
「すごいですね! 当たりです!」
今のこの状況に対してならセユンの洞察は見事に外れていたけれど、私の肌が紫外線に弱いのは事実だ。そのせいもあって、外で遊ぶのは昔から好きではなかった。特に日差しの暑い夏場は。
「外を歩く時は日傘を差すようにね。帽子もかぶって日焼け止めは唇や耳に塗るのも忘れないようにして……」
「は、はいっ」
これは私の健康に対する諸注意というより、モデルをする上での必要な美容上の注意なのではないだろうか。それなりにはしているつもりだったけれど、考えが甘いと言われたようで反省をしなければならない。
セユンはそのまま私の顔を真剣に覗き込んで、マッサージの仕方やらパックの仕方やらを丁寧に教えてくれている。
近くの温泉で産出する泥が肌にいいとか、砂サウナは肌をもちもちにするとか、どこからそういう情報を仕入れてくるのだろう。
「よく知ってますね……」
「あ、うん、まぁね。仕事だからね。接客する以上、そういう情報も知っておかなきゃ、話合わせられないから。大まかにいうと、女性を美しくするのが俺の役目だから」
照れくさそうに、でもその熱い視線は少年のようで。
この人は平民とか、貴族とか関係なく、自分と違う世界に住んでいる人なんだな、となんとなく思わされてしまう。そして自分にもこのような情熱を傾けられるような何かが欲しいな、と憧れてしまった。そんなことを言ったらモデルの仕事があるよ、と言われるのがオチだろうけれど。
「ね? 博識でもあるし意外とモテるのよ~、セユンさんてば。一見きりっと整った容姿なのに、巧みな語り口調だからサロンのマダムたちに大受け」
「レティエくんに変なこと吹き込まないでくれよ!」
いい年した男が焦っている様子に、お針子のマダムたちも声を上げて笑った。この人たちは仲がいいのだろう。あのクールなクロエがこの輪の中に入ったらどういう風になるのか、いまいち想像がつかないが。
「セユンさん、口上手いですもんね、なんとなくわかります……」
私が否定しないで頷いていたら、レティエくんまで!? とセユンは天井を仰いで嘆いている。
「でも貴族のサロンにはお針子も行くんですか?」
ブティックお抱えのお針子は平民ばかりだろう。招待状のない平民が貴族のサロンに足を踏み入れることができない。貴族に対する礼儀の教育をされていないだろうし、サロンはいわゆる表舞台の社交の場。お針子は裏方仕事だから行くとしても使用人などが控えるような場所からは出ないのが普通だ。
「もちろん前に出ないのだけれど、ファッションショーでは後ろで手直しをしたりする必要あるから待機せざるを得ないのよ」
なるほど。サロンに呼ばれるということは出し物の一種と同じ扱い。ステージを見せて人を楽しませる劇団員みたいなものだろう。
私が頷きながら聞いていれば、リリンがさらに追い打ちをかけてきた。
「レティエさん、まだ未婚でしょう? セユンさんなんてどう? ちょっと歳食ってるけど、悪くないでしょ?」
からかうように唐突に変なことを言われて、ぎょっとした。
どう? というのは、やっぱりその、異性としてどうか、という事だろう。
私は先ほどより赤くなると、両手を顔の前で大きく振った。
「いえ、遠慮させていただきますっ!」
「秒でふられたわね、セユンさん」
また冷やかされて頭を掻いているセユンに、マダムたちが笑っている。
からかわれるのも心臓に悪いけれど、男性であっても独身でいるのには歳がいっているように見えるセユン。まだ独身だったのか、とそちらも驚いた。
私の心臓の音が早くなっていることなんて、きっと相手にはわからないはずだから、これでいい。そう、これは突然、思いがけないことを聞かれた驚きの心拍のはずだから。きっと。
しかし、みんなはこういうことが冗談として言えるような大人で、羨ましい。
さりげなく、セユンと自分たちはそういう関係ではないとアピールをしている面もあるのだろう。女性の職場に男が一人だなんて、勘ぐられてもおかしくないことだから。
こんな時、ミレーユだったらどういう風に切り返すのだろう。彼女はきっと如才なく笑顔で、私のように戸惑うこともなくかわしたのだろう。
相手がセユンだからとかそういうことは関係なく。
今後、女性向けのサロンだけでなく、一般の場にも出るようなことになったらどうしよう。
こんな風にもっとからかわれるだろうし、父に発覚する率も高くなるだろう。
そうなる前に早く目的のおばあ様の思い出の場所を探し当てないと、と気を引き締めた。
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