【完結R18BL】どうしようもない俺に推しが舞い降りた

すだもみぢ

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第一章

第十話 消えた存在

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「ただいまぁ」
「はい、お帰り」

 家に入るなり、ただいまを言うスティアはいい子だ。
 それを後ろから笑いながら応えるが、もしかしたら自分はこの家にいる時に、ただいまも言ったことがなかったし、お帰りはもちろん言ったことがなかった。
 もしかしたら、スティアも今まで言ったことがなかったのかもしれないと思ったのは、後ろを向いて照れ臭そうに笑ったことから、そう思った。

「ああ、重かった」

 手荷物を玄関口にどさどさ置いてしまう。
 買いそろえたものは二人で手分けをして運んだけれどそれでも重くて。
 彼の今までの高慢なふるまいからしたら、俺が全部持つのが当たり前だと思っていたけれど、逆にツンとして「貸してください」と荷物を半分取られてしまった。
 やはり彼のあの言動は、大人相手の仕様で虚勢を張ってるだけなのだろうな、と思う。

 彼は今は服屋で買った最後のロングTシャツとジーンズを着ているけれど、試着しないでサイズと柄だけで買ったパジャマなどはどうだろうか。
 白くて綺麗な肌をしているから、化繊に負けたらどうしようと思って心配するのは過保護だろうか。

「とりあえず、部屋着に着替える?」

 家でリラックスできるようの服も買った。彼が試着で着ていた、彼にはぶかぶかなアラン織のニットも。
 白いそれを腕を折るようにまくり上げて、家の中で着たいとおねだりされてはイヤと言えなかった。
 それに合わせるように短パンも買って。
 中は男物のトランクスを穿いているとわかってはいても、白い太腿がマイクロミニ丈から覗いていると変な気分になりそうだからだ。

「そうですね。皺になるし」

 そういうと大事そうに今着ている服を脱いでいくスティア。
 男同士なのだから、そこは気にしなくていいはずなのに、思わず目を反らしてしまう。
「普段着用なんだから、その服着つぶしてもいいのに」

 そうは言っても気になるのか、スティアは納得してくれない。

「それに、この服着たいから」
「気に入ったのか?」
「……まぁね」

 少し意味深な間を残して、スティアが頷く。
 目に毒だけれど、その服は似合っていると思う。

「夕ご飯、何を作るの?」
「普通の和食……にしようかなぁ、と。食べられないものとかある? サバの味噌煮に卵焼きに味噌汁にって感じだけど」

 後はパックの納豆にキムチに漬物くらいだろうか。
 地味な旅館の朝ごはん風だが、そういうのは若い子の口に合うかわからない。オムライスが食べたいと最初に言った彼だから大丈夫だろうとは思って訊いたら、大丈夫と頷かれた。

「夕飯、一緒作りたい」
「いいよ。じゃあ、味噌汁の具材を切るの頼んでいいかな?」

 彼に包丁を頼み、自分はサバの味噌煮の調理に入る。お湯を沸かしてサバをくぐらせて。タレを用意しながらスティアの様子を見る。
 最初はぎこちない手つきだったが、次第に調子が上がってきたようで、なかなか手際がいい。

「上手だね。器用だな、スティアは」

 そう褒めると得意そうにくすぐったそうに微笑む。そんな彼を応援するように、彼の能力を帯びたコンロは口頭で適温を保持してくれるし、炊飯器も圧力をかけて早炊きしてくれる。
 いつも無機質だった食事の支度も、こうして二人なら至福の時間になる。



 ********



 この時代のものに一通り触れたスティアは、しっかり順応しているようだ。
 好奇心いっぱいに手を出してきて、手伝ってもくれて、そして、成功も失敗も、年相応の子供のように楽しんでいる。
 交代で入る風呂も湯舟は、彼が先に入ったものだと意識してしまって自分がダメになるから、軽くシャワーだけで済ませることになったけれど。どこか変態ぽいと自覚しよう。

「じゃあ、お休み」
「蒼一郎は寝ないの?」
「俺はあっちで寝るよ」

 今日もラグの上で転がって寝るつもりだ。昨日試したけれど、思ったより寝やすくて助かった。

「一緒に寝るのは、ダメ? 狭い?」

 ベッドの上を指さされて、じっと見つめられる。それは夜のお誘いのような淫靡さではなくて、友達同士が一緒の布団に入るような無邪気さだった。

「いいけど……どうしたんだ?」
「うん、ちょっと」

 甘えたいのだろうか。そう察すると。

「いいよ」
 そう言って大人の余裕の笑みを見せてやれば、ほっとしたように彼が笑顔を漏らした。
 彼の寝そべるベッドに横たわるが、下手に寝返りをすると彼が起きてしまいそうで動けない。そのまま何十分経っただろうか。そのまま彼の様子をうかがう。

「……」

 寝たふりをしているけれど、彼は起きている気がする。
 寝息が一定ではないし、どこか息も押し殺しているようだし。そんなに俺の存在を気にしているのに、どうしてベッドに招き入れてくれたのかわからない。
 でも、そんな彼に気づかないふりをして、そっと掛布団をかけなおしてやれば、ほんの少しだけ、びくっとその体が揺れた。
 しかし、そうしながらも彼の温もりを楽しんで、その息遣いを聞いていたら、本当に彼は眠ってしまったようだった。

 ベッドを抜け出して、自分はリビングの方に行こう。
 彼は忘れたふりをしてくれているのかもしれないけれど、自分はやはりスティアの隣で寝るのにもっともふさわしくない存在で、彼の匂いだけでもふしだらなことを考えてばかりだから。
 いい大人のふりは、彼が起きている間だけで十分だ。

「あ……そうだ」

 思いついて、書棚に足を向ける。
 怖くて確認ができなかったのだけれど、逃げ回っている場合ではない。いいかげん自分は覚悟を決めるべきだ。
 そう思い、本を手に取る。それは何度も読み返した双銀の鎮魂歌の四巻。スティアの初登場シーンだ。彼がこの世界に来ていることで、小説自体に何か変化はないか、確認をするのが怖かったのだ。

「え……?」

 思い描いていたシーンが現れず、ぱらぱらめくりながら前後を読む。しかしあったはずの事柄がない。そんなばかな、とそのまま他の巻も手に取るが、双銀の鎮魂歌の中に、スティアというキャラクターがいない。
 Leadersという組織の中にも。そしてもちろんあのスティアと主人公たちが戦う描写も、全部消え失せている。

 眠るスティアを見つめる。
 ここにスティアがいるから、物語の中のスティアがいなくなったのだろうか。
 そのままリビングに行って、撮り溜めたアニメを確認する。スティアが現れる前までに見ていた録画には。

「……なんで」

 確かに自分は見たというのに。それはスティアが爆弾を起動させようと命じるシーンではない。火の手をかいくぐり、機械と戦う主人公たちの緊迫したシーンが続いている。

 パソコンを起動させようとして、スティアを起こしてしまう可能性に気づき、スマートフォンを取り出すと、タップする。
 ウィキペディアや公式サイト、SNSや二次創作サイトにいたるまで、スティアを検索して探しても彼に関わったものがなくなっている。
 自分がダウンロードしていた二次創作のものは残っていたのに、とその差異を考えたが、ここにスティアがいることが何か関連しているのかもしれない。
 公式に関わるものが、消えた条件なのだろうか。

 その規則性と原因を考えながら、そのままスティアがいなくなった双銀の鎮魂歌を読み進め、一人ごちた。

「……このままでも読めるな」

 スティアというキャラクターがいなくなったことで、作品全体の華やかさや、Leadersという悪の組織の多様性さは薄くなっている気がする。しかし、それが作品全体に与える影響は少ない。
 それはスティアが、作品の世界……いや、あの時代に与えている影響の薄さを感じさせて、切なくなった。

「それなら俺がもらってもいいじゃないか」

 誰のものでもなく、誰も欲しがらなく、“彼のいるべき世界”すら存在意義を重視しないスティア。
 それなら、彼を欲してならない自分のものにしてしまってもいいはずだ。

 ある人は手のひらに、たくさん光る石をもっていて。
 そのうちの小さな一つの石が転がり落ちたとしても、両手の石がさらに落ちるのを恐れるならば、その小さな1つは見捨てられる運命を持っている。

 そのたった1つの石は、誰かの宝物……宝石となる。

 その宝石が俺にとってのスティアなのだから。
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