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第一章

第九話 買い物デート

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 スティアを隣に連れて街に出る。
 それだけで幸せな気分になるけれど、やはり彼と一緒に歩くのはそれだけで目立つようだ。
 隣にいる彼が双銀の鎮魂歌のスティアであると思う人はさすがにいないだろうけれど、でも、美少女と見まごう可愛い男の子であるのは事実なのだから。
 街行く人が振り返ったり、すれ違いざまに野郎が彼に見とれるのはなんとなく不愉快で、彼の肩を抱き寄せて威嚇してしまう。

「寒くない? 大丈夫かな」

 自分の予備の上着を貸してあげているから、寒くはないかもしれないけれど、そんな理由をつけないと、抱き寄せたことを説明できないから。

「大丈夫ですよ」

 そんな自分の意図が分かっているのかいないのか。
 スティアはほわり、と笑いかけてくれる。

 お目当ては一番近くにある有名なファストファッションの店で、五階建てのビル全てが同じ店の系列だ。
 この大きさの店舗なら、スティアが欲しいものはだいたい揃うだろう。

「どのフロアから行く?」
 男性用のシャツかズボンか。彼だったらMよりSがちょうどよさそうだなと思いフロアガイドを見ようとしたら。
「女性用のでもいいんですか?」
「女物の方がいいのか?」

 言われた内容に驚くと、ぺろっと舌を出される。

「嘘、ですよ。でも、蒼一郎が着てほしいっていうのなら、着ますけど? 下着も」
「もー、大人をからかわないの」

 そういうと、ふふっと笑いながら自然に腕を絡めてくる。
 それは信頼から来ている仕草なのだろうけれど、傍目からは仲のいい恋人同士のように映っているかもしれない。
 女物の下着を着たスティアを想像するだけで鼻血が出てしまいそうだ。
 妄想の中なのだから女体化したスティアを想像すればいいのに、男の躰で着ている彼に欲情しそうになっている自分がイタイ。

 彼のサイズに当たりをつけて、好きそうな服を探していく。
 手に取った服を試着しようとスティアが試着室に入っていった。

「蒼一郎、こんなのはどうです?」

 手招きされて試着室を覗き込むと、魅惑の生足が目に入った。
 大きめのアラン織りのニットをだぼっと着たスティアが中にいた。
 襟ぐりが大きく開いて、鎖骨が見えている。膝上何センチなんだろうか。30cm? まるでマイクロミニのワンピースのように着こなしている。
 普通ならそれにスパッツなどを合わせたりするのだろうけれど、素足だからこそ艶めかしい。

「似合ってるけど、それはダメ」

 ばっさり拒絶した。
 あー、イヤだ。自分が。
 見苦しい嫉妬もいいところだ。眼に見えない、スティアを見る誰かの視線に嫉妬してしまって、彼の好みを否してしまう。

「可愛いくない……ですか? 可愛いって言ってほしかったんです、けど……ダメ、ですか?」
「……どうして?」
「蒼一郎が、好きかなって……」

 上目遣いで不安そうに自分の体を抱きしめるスティアに悶えそうになる。
 しかし、なんでそんな不安そうなのだろう。
 俺の知ってる君は強気そうにふるまっていて自分に自信たっぷりで。実際にとても可愛いことを知っているのに。

「めちゃくちゃ似合ってるし、可愛いけど、着てほしくない。あー、いや、違うな。俺の前だけで、とかそう思っちゃう心の狭い俺がやだ」
「そう、ですか。よかった」

 そう本音を言うと、ほっとしたように相好を崩す。

「スティアだったら、むしろ何でも似合うから。でも、今は外に着ていける服選んで? そういうのが欲しかったら買ってもいいけど、着るのは俺の前だけにして」

 そんな煽情的な服を着て外を歩かれたら、自分の心臓がもたない。それに男共も悩殺されるだろう。欲目が多分に入っているけれど。

「元々、蒼一郎の前でしか着るつもりないですけど……」
「なんかいった?」
「いいえ」

 なぜかスティアがどこか怯えているというか、態度がいつもと違う。いつもと言っても、知っているのは一方的に見知っている作中の彼と、この世界にやってきての一晩のこと。まだ24時間も経っていないのだけれど。
 もしかして、スティアは身の置き方が分からずに不安なのだろうか。だからこそ体で自分を繋ぎ止めようとしているのだろうか。
 そういう心配の必要はないと言っているつもりなのだけれど、通じてないのだろうか。

「無理しないで」

 スティアの頭を撫でてやる。
 そうすると、目をぱちぱちさせて自分を見上げてくるので、自分の中でできるだけ優しい感情が見えるように微笑んだ。

「スティア、心配しなくてもいいよ。君を追い出したりするつもりはないから」
「ち、ちが……」

 しかし、スティアは何も言わずに黙ってしまう。

 結局、彼の服は無難なジーンズを数本と、ロングTシャツなどになってしまったのだけれど、スティアは何も言わなかった。下着も飾り気のないシンプルなものだし。
 可愛い服が好きなのかな、と思ったけれど、そういうわけでもなかったようだ。
 となると、スティアがいつものあの服を着るのには、何か訳があるのだろう。あれは明らかに女性ものだから。

 彼のことがもっと知りたい、とは思うけれど、彼の過去が複雑なのを知っているから、深く追求するのも悪い気がしてなかなかできない。



「腹減ったろ? 飯食って帰ろうか」
 この辺で食べるところと言ったら立ち食いソバ屋かファーストフード屋で。
 大荷物を抱えたままならファーストフード屋の方がいいだろうとそちらを選ぶ。
 席を取るとスティアに荷物番がてら待っててもらって。きょろきょろしているところを見ると、物慣れないらしいから、適当に自分が選んでも大丈夫だろう。
 彼が住む近未来の食糧事情は、小説の描写では人工の合成食糧をレーションのように食べている貧民層と、豪華なレストランで贅沢な天然素材で食べている富裕層があった。
 彼はその後者出身だろうと設定からは思えていて。
 あの世界にファーストフードがあったとしても、きっとスティアは食べたことがないだろう。

「お待たせ」

 そう彼の前に自分と同じセットを出すと、どうやって食べたらいいのか、というように自分を見つめられる。まるで物語に出てくるお嬢様を庶民の生活に連れまわしているヒーローの気分だ。
 そしてそれは、あながち間違いではない

「こういうの食べるの、初めてだから嬉しい」

 両手でハンバーガーをもって、一生懸命かぶりつこうとして。食べなれないのがまるわかりで、頬にソースがついて、慌ててペーパーで拭きとっている。
 中からパティが飛び出して崩れそうになっているのを一生懸命指で押さえて食べようとしていて。

 う……可愛いがすぎる……っ!!

 傍から見ているとお兄さんなんでもおごっちゃうよ、と怪しい人になっているが、心の中は幼児がアイスを食べているのを見守っている親の気分だ。

「美味しい?」

 頬張ってて返事ができないのを知っててそう訊くと、こくん、と頷く。

「気に入ったならまた来ような」

 その言葉にまた微笑んで頷く彼に自分の心も癒されて。
 こういう約束も、あのメールで言うところの“絆”になりえるのだろうか。薄くどこかに不安が残ってしまうが。
 しかし、隣の座席に置かれた大量の服、そして買いそろえる日用品は、彼がここに残るためにそろえる『未来』だ。

「夕飯、何食べる?」
「今ご飯食べてるのに、気が早いですね」

 くすっと笑うスティアに、食べたいものあったら買い物しないといけないから、と返して。

 ――この時間が永遠に続きますように、と未来に祈った。
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