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幽霊
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「言っとくけど、ショウコも相当変わってるからね」
「変わっている、なんて失礼な。どうせなら特別って言われたいよ。変わってるなんて当たり前すぎるじゃん」
「いや、変わってるのが当たり前と思う人もちょっと珍しい方かもしれないけどね」
私が嫌がったせいかアズサが微妙に言葉を選んで言い直してくれた気がするが、気のせいだろうか。
んーと、と上を向いて言葉を探している。
「変わっているというのも、言葉を変えると特別なんじゃないの? 少なくとも、レイの義眼を見ても触っても、生理的に拒絶するような行動をとらなかったのはショウコが初めてだね。私の知る限りでは」
「なんつー踏み絵するのよ」
身体の中に落ち着いている時はいいのに、そこから外れると気味悪がるなんて、なんかおかしいと思わないのだろうか。排泄物じゃあるまいし。
「それに、それを言ったらアズサもじゃん? アズサも義眼、平気だったでしょ?」
レイが義眼を落とした時に、平然と対処していたのを思い出す。
その姿を覚えていると、アズサは医者じゃなくても、なんでもなれそうだとは思うのだが。
「いや、私は最初はびびくって後ずさったよ」
「そりゃ驚くだろうよ……外れると思わなかったものがいきなり出てくれば」
レイは私にしたことをアズサにもしていたのか。本当に性格悪いな。
もしかしたら、その時の反応で友達にするかどうかを選んでいるのかもしれないけれど。そうだとしたら、やはりなにしてんのと思う。
「でもその後は普通に順応してたんでしょ? 驚き耐性はなくてもグロ耐性はあったってわけ?」
「まあね。それに私は特別だよ。医者になろうという人間が、そういうの平気じゃなかったら最初からその道を選ばないって」
「確かにそうだろうね」
知らんけど。
私みたいな粗忽ものなら医学部に受かってから、自分がダメだったとか気づきそうな気がしないでもないが。実際医者になろうという人は、注意力が欠けてるような人は受からないものなのだろうか。そこは学力では推し量れない違う能力な気もするが。
「義眼か……そこにあると思わないようなものが唐突にあったから驚いたんかな? でもうちの親の驚きようは、毒虫でも見た時のような、生理的嫌悪からの悲鳴だったと思うけどね」
例えば、私がリビングで宙にぷかぷか浮いているのを母が見かけたとしても、思いがけないことに対しての驚きはしてもあのような表情はしなかったと思う。
「だからショウコは変わってるっていうんだよ……お母さんの反応が普通だと思うよ……」
「なんでよ? なんで顔にくっついている時は平気で、外れたら不気味がるのさ。人間、目があろうがなかろうがそこは他人にとってはあんま関係なくない? これが手のひらに目がついてたりしたら、不便そうだなとかは思うけど、私には関係ないし」
おっと話が脱線してしまった。なんの話だったっけ? と考えて思い出した。
「えーと、つまりどこまで人のパーツがなくなったら、その人がその人でなくなるかとか……そういう問題じゃない? だからレイから外れたものを、無条件に怖がる理由がわからん。それが目だろーと手だろーと、それが本物でも偽物でも、取れて落ちて手も驚く理由ないよ」
私が首を振って欧米人のように肩を竦めたら、アズサが首を傾げている。
「ならなんで、ショウコは幽霊を怖いと思うの?」
「どういうこと?」
唐突に話が飛んだ気がして眉をひそめた。
この間、飛び降り自殺の話の流れから、私がそういうのがあまり得意じゃないというのを、彼女は察したみたいだったがここで出てくる話ではないだろうに。でも、アズサ的には話が繋がっていたようだ。
「幽霊って誰かが死んで肉体から離れて霊体だけになりました……じゃないの? たとえ死んでもその人はその人じゃないの? 死んだからって関係が変わるわけじゃないだろうし。だから怖がる必要なくない?」
「……言われてみればそうだね」
考えてみればその通りなのに、なんでこれは感覚が違うのだろう、と少し考えてみて、ああ、そうか、と自分で納得した答えが見つかった。
「んー、幽霊が嫌なのは、私の我儘なんじゃないかな」
「我儘?」
「うん。私は死ぬのが怖いんだよ。だから、自分が死ぬというのを考えさせられるのが嫌だ」
幽霊は、それが元々自分との関係がどんなものだったとしても、相手が死んでいるのが前提だったら、私もいつかそうなることを教えさせられる。それがたまらなく嫌だ。突き詰めればそんな感じ。
「アズサは幽霊怖いの?」
死ぬということに関してなら、アズサも過敏な気がする。レイが柵に座った時の態度を思い返せばそれは容易にわかる。
「怖いというより、なんか自分の判断付かないものが存在するっていうのが嫌だね。言語化できないものがあるみたいなイライラというよりもやもや? それがダメ」
「思考までが理系……」
「ちょっとそれは違うと思うよ。非科学的なものを認めてる時点で、理系脳ではないでしょ」
アズサは苦笑しながら否定する。
しかし白黒つけたい性格の人はグレーな存在をそのままにしておくことが嫌なだけだ、と冷静に自分を分析しているところこそ、理系思考だと思ってしまうのだけれど。
「ま、そういう風に考えれば幽霊自体は怖くないな。怨霊とか悪霊とかこっちの思惑と違うことしてくるような幽霊は嫌だけど、知り合いが死んだだけなら別に怖がる理由はない」
私がそう結論づければ、アズサはうんうん、と頷いた。
「そうそう。だから、私が化けて出ても、怖がることないからね」
「なに、死ぬ予定あんの?」
「さしあたってはないよ。私、90までは生きるつもりだし。でも、私と……レイもだけど、ショウコのとこに幽霊になって行ったとしても、追い払ったり驚いたりしないでね」
「……覚えておくよ」
なんかよくわからないお願いだなぁ、と思いながらも安請け合いをしておこう。口はタダだから。
そろそろ帰るか、とアズサがエレベーターホールに向かって歩きだす。
言うなら今だ、と私はその背中に向かって声をかけた。
「あのさー、うち、もうすぐ引っ越すみたい。先に言っておくね」
精一杯、何気ない様子を装って。
アズサが待ちぼうけにならないように、レイのように自分が来れなくなることを告げておかなければ。
……今後、自分以外の誰かがここに来て、私たちのようにここでの一時を過ごすようになるのだろうか。
アズサが誰かに取られてしまったようで、想像するだけで少し寂しくなる。
アズサは私の言葉を冷静に聞くと振り返った。
「いつ引っ越すの?」
「春になったら引っ越し代金高くなるから、その前までに引っ越しちゃうみたい」
あの母の調子なら、割とすぐな気もするのだが。
「じゃあ、私、もうここに来ないことにするね」
「え、なんで?」
来ないというアズサの言葉に私の方が少し慌ててしまった。そんなことを言い出すと思わなかったから。
私が引っ越すギリギリまでは、アズサとは会えると思っていた。
しかし、その言葉でアズサもこの場所自体に来るのが目的だったわけではなくて、私と会うのを目的にしてくれていたことがわかり、それはそれで嬉しかったが。
「なんか怒ってる?」
「ううん、怒ってないよ」
それならいいのだけれど。少しアズサの言葉が乱暴な気がしてしまったのは、私の罪悪感のせいだったろうか。
アズサの感情を慮る私に気を使ったのか、アズサは「だって」と言葉を続けた。
「ショウコもレイもこないなら、私だけ残された気がして寂しいもん」
「先に出ていく方が早いもん勝ちみたいなこと言って……」
しょうがないなぁ、アズサは、と言いながら彼女の代わりにエレベーターのボタンを押してやった。
離れたくないなら、連絡先教えてよ。
そう言って、この時間を長く引き伸ばしたくなった。
しかしせっかくの、ここの場所だけで会う友人でいられたことが成功しすぎて、その言葉を言ったら、この思い出すら変わってしまうのが怖くて。
彼女がエレベーターに乗る最後までそのことを私から言い出せなかった。
アズサがエレベーターに入っていくのを黙って見送っていれば、アズサがこちらを振り返る。
彼女がエレベーターのボタンを押す瞬間は、無意識に視線を外していた。
もっとも、こちらからでは、何階を押しているかは見れないのだけれど。
「ショウコ」
「何?」
「私たちに付き合ってくれてありがとね」
「何いってんの?」
私なんかに付き合ってくれていたのがアズサたちだと思うのに。
でもその言葉が、これが私たちが交わす最後の言葉なのだ、と思わせた。あー、と息を吐きながら頭を振る。
「なんか怖いから! 自分たちを非実在存在みたいに言うのやめて!」
レイといい、アズサといい、まるで遺言のように言葉を残して私を縛るのをやめてほしい。
私が変な悲鳴を上げれば、アズサはこらえきれないようなニヤニヤ笑いを残している。
「じゃあ、ばいばーい」
まるで電車に向かって手を振る幼児のように。
アズサはずっと私にむけて手を振り続けていた。エレベーターが下がって見えなくなるまでずっと。
そのエレベーターが見えなくなるとすぐ、私はそちらに背を向けて自分の住む二号館の方に向かって歩き出した。
笑顔で別れられた、そのことにほっとしながら。
「変わっている、なんて失礼な。どうせなら特別って言われたいよ。変わってるなんて当たり前すぎるじゃん」
「いや、変わってるのが当たり前と思う人もちょっと珍しい方かもしれないけどね」
私が嫌がったせいかアズサが微妙に言葉を選んで言い直してくれた気がするが、気のせいだろうか。
んーと、と上を向いて言葉を探している。
「変わっているというのも、言葉を変えると特別なんじゃないの? 少なくとも、レイの義眼を見ても触っても、生理的に拒絶するような行動をとらなかったのはショウコが初めてだね。私の知る限りでは」
「なんつー踏み絵するのよ」
身体の中に落ち着いている時はいいのに、そこから外れると気味悪がるなんて、なんかおかしいと思わないのだろうか。排泄物じゃあるまいし。
「それに、それを言ったらアズサもじゃん? アズサも義眼、平気だったでしょ?」
レイが義眼を落とした時に、平然と対処していたのを思い出す。
その姿を覚えていると、アズサは医者じゃなくても、なんでもなれそうだとは思うのだが。
「いや、私は最初はびびくって後ずさったよ」
「そりゃ驚くだろうよ……外れると思わなかったものがいきなり出てくれば」
レイは私にしたことをアズサにもしていたのか。本当に性格悪いな。
もしかしたら、その時の反応で友達にするかどうかを選んでいるのかもしれないけれど。そうだとしたら、やはりなにしてんのと思う。
「でもその後は普通に順応してたんでしょ? 驚き耐性はなくてもグロ耐性はあったってわけ?」
「まあね。それに私は特別だよ。医者になろうという人間が、そういうの平気じゃなかったら最初からその道を選ばないって」
「確かにそうだろうね」
知らんけど。
私みたいな粗忽ものなら医学部に受かってから、自分がダメだったとか気づきそうな気がしないでもないが。実際医者になろうという人は、注意力が欠けてるような人は受からないものなのだろうか。そこは学力では推し量れない違う能力な気もするが。
「義眼か……そこにあると思わないようなものが唐突にあったから驚いたんかな? でもうちの親の驚きようは、毒虫でも見た時のような、生理的嫌悪からの悲鳴だったと思うけどね」
例えば、私がリビングで宙にぷかぷか浮いているのを母が見かけたとしても、思いがけないことに対しての驚きはしてもあのような表情はしなかったと思う。
「だからショウコは変わってるっていうんだよ……お母さんの反応が普通だと思うよ……」
「なんでよ? なんで顔にくっついている時は平気で、外れたら不気味がるのさ。人間、目があろうがなかろうがそこは他人にとってはあんま関係なくない? これが手のひらに目がついてたりしたら、不便そうだなとかは思うけど、私には関係ないし」
おっと話が脱線してしまった。なんの話だったっけ? と考えて思い出した。
「えーと、つまりどこまで人のパーツがなくなったら、その人がその人でなくなるかとか……そういう問題じゃない? だからレイから外れたものを、無条件に怖がる理由がわからん。それが目だろーと手だろーと、それが本物でも偽物でも、取れて落ちて手も驚く理由ないよ」
私が首を振って欧米人のように肩を竦めたら、アズサが首を傾げている。
「ならなんで、ショウコは幽霊を怖いと思うの?」
「どういうこと?」
唐突に話が飛んだ気がして眉をひそめた。
この間、飛び降り自殺の話の流れから、私がそういうのがあまり得意じゃないというのを、彼女は察したみたいだったがここで出てくる話ではないだろうに。でも、アズサ的には話が繋がっていたようだ。
「幽霊って誰かが死んで肉体から離れて霊体だけになりました……じゃないの? たとえ死んでもその人はその人じゃないの? 死んだからって関係が変わるわけじゃないだろうし。だから怖がる必要なくない?」
「……言われてみればそうだね」
考えてみればその通りなのに、なんでこれは感覚が違うのだろう、と少し考えてみて、ああ、そうか、と自分で納得した答えが見つかった。
「んー、幽霊が嫌なのは、私の我儘なんじゃないかな」
「我儘?」
「うん。私は死ぬのが怖いんだよ。だから、自分が死ぬというのを考えさせられるのが嫌だ」
幽霊は、それが元々自分との関係がどんなものだったとしても、相手が死んでいるのが前提だったら、私もいつかそうなることを教えさせられる。それがたまらなく嫌だ。突き詰めればそんな感じ。
「アズサは幽霊怖いの?」
死ぬということに関してなら、アズサも過敏な気がする。レイが柵に座った時の態度を思い返せばそれは容易にわかる。
「怖いというより、なんか自分の判断付かないものが存在するっていうのが嫌だね。言語化できないものがあるみたいなイライラというよりもやもや? それがダメ」
「思考までが理系……」
「ちょっとそれは違うと思うよ。非科学的なものを認めてる時点で、理系脳ではないでしょ」
アズサは苦笑しながら否定する。
しかし白黒つけたい性格の人はグレーな存在をそのままにしておくことが嫌なだけだ、と冷静に自分を分析しているところこそ、理系思考だと思ってしまうのだけれど。
「ま、そういう風に考えれば幽霊自体は怖くないな。怨霊とか悪霊とかこっちの思惑と違うことしてくるような幽霊は嫌だけど、知り合いが死んだだけなら別に怖がる理由はない」
私がそう結論づければ、アズサはうんうん、と頷いた。
「そうそう。だから、私が化けて出ても、怖がることないからね」
「なに、死ぬ予定あんの?」
「さしあたってはないよ。私、90までは生きるつもりだし。でも、私と……レイもだけど、ショウコのとこに幽霊になって行ったとしても、追い払ったり驚いたりしないでね」
「……覚えておくよ」
なんかよくわからないお願いだなぁ、と思いながらも安請け合いをしておこう。口はタダだから。
そろそろ帰るか、とアズサがエレベーターホールに向かって歩きだす。
言うなら今だ、と私はその背中に向かって声をかけた。
「あのさー、うち、もうすぐ引っ越すみたい。先に言っておくね」
精一杯、何気ない様子を装って。
アズサが待ちぼうけにならないように、レイのように自分が来れなくなることを告げておかなければ。
……今後、自分以外の誰かがここに来て、私たちのようにここでの一時を過ごすようになるのだろうか。
アズサが誰かに取られてしまったようで、想像するだけで少し寂しくなる。
アズサは私の言葉を冷静に聞くと振り返った。
「いつ引っ越すの?」
「春になったら引っ越し代金高くなるから、その前までに引っ越しちゃうみたい」
あの母の調子なら、割とすぐな気もするのだが。
「じゃあ、私、もうここに来ないことにするね」
「え、なんで?」
来ないというアズサの言葉に私の方が少し慌ててしまった。そんなことを言い出すと思わなかったから。
私が引っ越すギリギリまでは、アズサとは会えると思っていた。
しかし、その言葉でアズサもこの場所自体に来るのが目的だったわけではなくて、私と会うのを目的にしてくれていたことがわかり、それはそれで嬉しかったが。
「なんか怒ってる?」
「ううん、怒ってないよ」
それならいいのだけれど。少しアズサの言葉が乱暴な気がしてしまったのは、私の罪悪感のせいだったろうか。
アズサの感情を慮る私に気を使ったのか、アズサは「だって」と言葉を続けた。
「ショウコもレイもこないなら、私だけ残された気がして寂しいもん」
「先に出ていく方が早いもん勝ちみたいなこと言って……」
しょうがないなぁ、アズサは、と言いながら彼女の代わりにエレベーターのボタンを押してやった。
離れたくないなら、連絡先教えてよ。
そう言って、この時間を長く引き伸ばしたくなった。
しかしせっかくの、ここの場所だけで会う友人でいられたことが成功しすぎて、その言葉を言ったら、この思い出すら変わってしまうのが怖くて。
彼女がエレベーターに乗る最後までそのことを私から言い出せなかった。
アズサがエレベーターに入っていくのを黙って見送っていれば、アズサがこちらを振り返る。
彼女がエレベーターのボタンを押す瞬間は、無意識に視線を外していた。
もっとも、こちらからでは、何階を押しているかは見れないのだけれど。
「ショウコ」
「何?」
「私たちに付き合ってくれてありがとね」
「何いってんの?」
私なんかに付き合ってくれていたのがアズサたちだと思うのに。
でもその言葉が、これが私たちが交わす最後の言葉なのだ、と思わせた。あー、と息を吐きながら頭を振る。
「なんか怖いから! 自分たちを非実在存在みたいに言うのやめて!」
レイといい、アズサといい、まるで遺言のように言葉を残して私を縛るのをやめてほしい。
私が変な悲鳴を上げれば、アズサはこらえきれないようなニヤニヤ笑いを残している。
「じゃあ、ばいばーい」
まるで電車に向かって手を振る幼児のように。
アズサはずっと私にむけて手を振り続けていた。エレベーターが下がって見えなくなるまでずっと。
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