【完結】夜に咲く花

すだもみぢ

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引っ越し

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 夢を見た。
 変な夢だ。
 夢の中で私はひたすら落ちていく。

 私は高いところが苦手だというのに。

 どうせだったら私のところでなく、スカイダイビングを趣味としている人のようなところにこういう夢が行けばいいのに。

 幸いだったのは、夢を見ている間、これは夢だと思えていたことだけだろうか。
 いや、だからこそ逆にストレスになったかもしれない。
 なんとかやりようがないか? と思ってしまうから。
 自分のやりたいようにできるのが夢であってほしいのに。
 現実がどうにもならないから、夢くらいは自分の思うがままでありたいのに。
 夢でもそんな拘束されているのなら、それこそ悪夢だ。

 目が覚めてどっと疲れが出てしまった。
 夢の理不尽さに無性に腹が立って腹が立って、真っ先にスマートフォンを掴むと『落ちる夢』で検索をかける。
 夢占い的には落ちる夢は運気の低下だのストレスがあるとか夢が警告を表しているだとかろくでもない内容ばかり出てくるのがなおさら腹が立つ。
 夢で言われなくても、それくらい自覚しているのに。

 こんな夢を見た理由はわかっている。
 
 エレベータホールの柵に腰掛けたレイを見たことが、思った以上に私に恐怖を与えていたようだ。
 私がしたわけではないのに、私の方が怖がってどうする。

 もっとも、最後のレイの言葉が私をこんな風に不安定にさせたわけなんだろうけれど。
 あれではまるで遺言のようで。
 でも、あの後、なんか事件が起きたという話は聞かないでいたので、ほっとはしていた。




 しかし、そんな風に夢見がよくなかったようなだるい朝に限って、物事は動いていくようだ。
 
「引っ越すわよ」

 母の言葉は青天の霹靂だった。

「は?」

 元々、タワーマンションが好きでなかった母だから、いつかはここを引き払うのは覚悟をしていたけれど、それは自分の大学進学とか、そういうタイミングであって、こんな何気ない日に唐突に起こるとは思っていなかった。
 いや、我が家にはそのような感慨とか情緒などを求めても仕方ないのだけれど。

「引っ越し先はあんたの高校にちょっと近くなるわよ。嬉しい?」
「めんどい」

 主に引っ越し作業が。私がうんざりした顔をしたのが分かったのか、母はうーん、と首を傾げている。

「荷造りは業者に頼むわよ」
「それなら荷ほどきもしてもらってよ。家じゅうダンボール箱だらけなのやだ!」

 引っ越しした時は段ボールが溜まる。一気にその梱包のゴミを捨てられるわけではないのだ。それではゴミの収集で迷惑をかけてしまうから。
 家の中に開封した段ボールを置くスペースもが必要なのだ。

「じゃあ、段ボール箱を引き取るサービスを頼もうか」
「荷ほどきは自分でやれってことじゃん」
「その辺りは少しでも安く?」

 これ以上労働力の提供を惜しむのは無理そうだ。母の中ではもう決定事項で私の意見が入り込む余地はないのだろうから。
 私があんまり渋い顔をしていたから、さすがに母は何かを気づいたようだ。

「なんか浮かない顔してない? 別にここに友達いるわけじゃないでしょ?」
「娘をぼっち扱いするのやめてくれない?」
「貴方、友達いたの?」

 ものすごく意外そうに言われてしまう。失礼な。

 一応いる。いや、私は友達と思っている。

 この事は私にはすごいことなのだ。友達関係というものは一方通行では成立しないのだから。
 私の方が友達と思っていても、向こうがそう思ってなかったら成立しない。逆もまたしかり。
 私たち、友達だよね? ズッ友だよね、とかいうようなバカらしい気恥ずかしい確認行動をするほどナンセンスなこともしたくはない。
 別に友人関係で悲しい思いをした経験があるわけではないが、私はその辺りでもやもや考えるのがひどく面倒くさくて「じゃあ、友達じゃなくていいや」となってしまう人だ。

 だから、私が誰かを特に「この人は友達」と認識することがなかった。

 でもレイとアズサはそれまでとは何かが違った。
 友達だと身構えなくても「あ、この人達は私と同類で考えていいようだ」と普通に納得できた。
 特別で私と違う存在なのに、友達だと信じてしまえる人達で。

 きっと、あの二人はどこか『はみ出ている』のだろう。
 それはいい意味でもどういう意味でも。それは世間的に言えばずれているという言い方でもできるかもしれない。
 うまい事擬態して誤魔化すようにしているみたいなのだけれど、時々しっぽが出ている気がする。アズサも、レイも。
 あの二人に比べたら私のはみ出方はまだまだなので、私は二人のことを大変だろうなあ、と同情しながら眺める程度なのだけれど、何が異常値を出しているかは具体的にはあまりよくわからないでいるし、それでいいと思う。
 私自身、そういうどっか違うとか変とかいう言われ方はもう慣れたし、飽きてきているからだ。

「友達いるなら早めに引っ越すこと言っておくのよ」

 娘に友達というレアな存在がいたとしても、引っ越しをやめるという選択肢は母にはないらしい。
 それは結局は母が友達とは今の時代、どこにいても連絡がとれるし、どこででも友達は作れると認識しているからだろう。
 産まれた時からの付き合いで、血がつながった母娘でもこんなに感性が違う。なのに同世代で似通った感性の持ち主を探すなんて、それこそ至難の業なのではないだろうか。
 今、離れたら、きっともう二度と巡り合えない友達だって世の中にいるというのに。
 友達でもこれなのに、恋人とか作っている人は本当に尊敬するなぁ、と朝食の目玉焼きとベーコンを食パンにのせ、半分に折り畳んで齧りながら思う。

 どうやって二人に切り出そうか。
 レイは最近来なくなっているから、まずアズサにだけでもそのまま報告をしようか。

 食事が終わるまで考えても、結局、当たり前で平凡なアイディア以外はでなかった。




 ここのエレベーターはガラス張りではないから、外が見えない。
 だから、展望台に出た瞬間に一気に視界が開けるのが好きだ。
 夜が周囲を浸しているような冴えた闇なのに、詩的な心のない私はそのように煌めく光にも、コーヒーゼリーに反射する照明の方を連想してしまっていた。
 
 アズサが私より先に展望台にいる。
 私がアズサに声をかけるより先に、私を待っていたのだろうか。アズサに声をかけられた。

「レイ、いなくなっちゃった」

 アズサの声が少しおかしい。もしかしたら、泣いたのだろうか? いや、まさか。
 しかし、まるで通ってきてた猫が来なくなったみたいな、あっけない言い方でレイについて言われたのだが……。

 その、いないというのはどういう意味だろう。レイも引っ越ししたのだろうか。
 言葉のとらえ方が分からなくて、私は、ただその言葉を聞いたというリアクションだけすることにした。

「そっか」

 でもそれ以上は気になっても聞けない。
 聞いたら今度はアズサもここに来なくなりそうで。

 いや、レイはともかく、アズサより先にここに来れなくなるのは私の方だろう。

 だけどいつもここに帰れば、当たり前のように誰かがいる、そんな風にここの記憶をとどめておきたかったのもある。それは我儘なのだけれど。
 私がもう来れないと言ってアズサもここに来なくなったら、3人の居場所はどうなるのだろう。
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