【完結】夜に咲く花

すだもみぢ

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よくばり

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「…………」

 レイが興味本位とは別な部分で心配してくれているのが伝わってくる。
 私の事を想ってくれているのはわかるが面白がる方が先に出ているようなうちの親に爪の垢を煎じて飲ませたいなんて古臭い格言を思ってしまった。

「いや、単に将来したいことが決まってなくて担任に注意されただけなんだけどね」

 言葉にすると悩む価値も見つけられないくらいにダサい話だ。
 アズサの将来の夢は聞いたことがあったが、レイはどうなのだろう。様子をうかがうようにちらっとレイの方を見るがレイは自分がそう見られているなんてことにも気づかず、うんうん、と大きく頷いて自分を視線で探られているなんてことに気づいていない。

「あー、そっかそっか。そういうことってあるよね」

 他人事のように言っているが、彼女もきっと高校生くらいだろう。同じような立場なのにそういう反応ということは、彼女は将来の夢が既に決まっていて、進路が決まらない人間の気持ちがわからないということなのだろうか。
 そう思うと、言う相手を失敗したな、と鼻白んでしまった。

「ショウコは積み重ねていくものを考えすぎて、今をおろそかにしてるんだよ」
「どゆこと?」
「今、なにしたいんよ。まず自分が何をしたいかだけを考えてみりゃいいじゃん。欲張ってんじゃないの? 将来儲かりそうな職業就きたいから、それに有利そうな進路を選びたいとかさ。んなのどうなるかわかんないし、そんなんじゃ、選択肢狭まらなくて悩むの当然じゃん」
「…………」

 欲張りと言われて、ぐっさり来た。気づかないうちにそういう風に思っていたかもしれなかったことを思い知って。
 優しい言葉を求めていたわけではないけれど、レイは私を容赦なく突き落としてくる。
 甘やかしてくれたとしても、それだけでは終わらせない。レイがそういう子だというのはそれなりに付き合いが長くなってきてわかってはいて、それでいてそこが好きだったりするのだが。マゾだろうか、私は。

「私の場合はやりたいことたくさんありすぎて、序列つけるのも難しくて、思いついたのを手当たり次第にやってみたいけどね」
「レイはなんでもやりたがりだもんね」

 今まで聞いたレイの数々の武勇伝を思い出す。
 大体、私なら面倒くさくて月下美人が咲くのを一晩見ようなんて思わない。

「うん、やりたいことはすぐにやるのが一番楽しいじゃん。鉄は熱いうちにうて、だよ」
「でもなんですぐにやろうと思うの? 例えば、アメリカの本場のディズニーランドに行きたいって思ったら今行くの?」
「そうだよ。なんで待たなきゃいけないの?」

 きょとんとしているレイに、話も価値観も合わないことも思い知らされた。

「なんで大人になるまで待たないの!? 今すぐに行こうとする方がよほど大変じゃん!」

 学校だってあるし、女の子一人で海外なんて親だって反対するだろうし。お金の問題とか考えることもいっぱいだ。成人して自由度が高くなってから夢を叶えるでもいいだろうに。
 確かにこれはたとえの話だから『ネタにマジレス』は意味ないのだけれど、でも彼女の表情は口先だけの話ではないと言っているようだった。

「だから言ってるじゃん。行きたいのは今だから、だよ」
「どうやって行くの?」
「そんなのいくらでも方法あるよ。まず行くということを決める。それから私の計画を応援してくれる人を探す。お金を出してくれそうな人も当たる。他にもアメリカに無料で行ける方法を探してみる。みんなに相談してみる。そんな風にしてやりたいことをかなえる方法を見つけていくんだよ」
「…………」

 開いた口がふさがらないとはこのことか。
 もしかしてレイはいつもこの調子で好奇心を満たしていたのだろうか。一人ではなく皆を巻き込んで。

「そんなの、すごーく面倒くさくない?」
「面倒くさいよ。でもやりたいと思うことをやる方が優先じゃない? 手段なんて構ってらんないよ」

 ははっ、とレイが鮮やかな笑顔をみせる。その時に後ろから声がした。

「手段を考慮しないのはレイが短絡的で刹那的なだけでしょ」

 いつの間に来ていたのだろう。話に夢中で、エレベーターが上がってきたことすら気づかなかった。
 アズサはよっこいせ、とバッグを床に置くとレイの隣に立つ。そんなアズサをレイはスマートフォンで突っついた。

「難しいこと言ってもわかんないって」
「考えなしなおバカって言ってんの!」
「ひっど!」

 聞いているだけだとまるで喧嘩をしているようだけれど二人は笑っている。その遠慮のなさが二人の距離感を表しているようで。いわゆるどつき漫才のようなものだろうか。

「レイに感化される必要はないよ。ショウコはそれでいいんだよ」
「…………」

 私に優しく笑うアズサは私が何かに悩んでいることに気づいているのだろうか。途中から来た彼女は私の愚痴を聞いていないはずなのに。私が無言だったせいか、アズサはレイの方を見て肩を竦めた。

「レイみたいなのが二人もいたら迷惑だ」
「おい」

 レイがアズサに怒ったふりをするのを見て、この二人に出会ったのが今でよかった、と唐突に思った。

 高校生で出会ってよかった。
 これが中学生だったら、自分はもっと尖っていたから。
 本当の中二だった頃の、自分の心の狭さを思い出す。
 母は私のことを反抗期がない娘だと言ったけれど、そんなことはない。ただ母にいら立ちを向けてなかっただけだし、ひいては外に向けてないだけだ。
 あの頃に比べてほんの少しだけ大人に近づけた私は、相手を優しさにくるめるようになった。
 それはきっとこの二人も同じなのかもしれない。

 異質さを持つ彼女たちのような人は、普通以外の何物にもなれない自分を慰めてくれているのだろう。
 それは特別ゆえの傲慢なのだけれど、私はそれを笑顔でやりすごす社交性も身に着け始めていた。
 社交辞令は大人の優しさだから。
 ただ、彼女たちの優しい嘘を信じ、素直に受け止められない子供っぽい私がここにいるだけだ。

 不意にレイが真顔になった。その唐突に変わった表情に、私の隠し事がばれたのだろうか、とひやっとしてしまう。

「そうだよ。ショウコを見ていると安心するんだよ。普通になりたかったらショウコに合わせればいいんだって思うよ」
「どういう意味?」
「そのままのショウコでいてほしいってだけ」

 ますます、レイの求めていることが分からなくなった。
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