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素直な娘
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母は家で仕事をするのがあまり好きではないらしく、在宅が可能な職種だというのに家で作業することはあまりなかった。しかし今日は私の学校があったため、さすがに素直に家で仕事をすると決めていたようで、帰ってきてからずっと部屋にこもっている。
私は課題をやったりネットを見たりだらだらしていて、時間が過ぎるのをなんとなく待っていた。
もっとも母が家にいてもいなくても、私がすることはいつも同じなのだけれど。そして時計を見て立ち上がった。
「ちょっと出かけてくるね」
「どこ行くの?」
「1号館の展望台~」
「あ、いつものとこね」
家にいる時は一声かけて。しかし母がいない時でもその時間帯、私はそこにいるのだろうと母は気づいているのだろう。しかし、それについていく理由を訊かれたことはなかった。
私が家を出ようと靴を履いていたら、見送りのためか母が書斎から出てきた。
玄関に座り込んで紐靴を結んでいる私を後ろから見ていたが、ぽつんと呟いた。
「あんたって素直よね」
「あ?」
「普通、あんたくらいの年頃って、親に行先とか言うの嫌がるもんなんじゃないの? あんたからほっといて!とかうるさい!とかいうの聞いたことないんだけど……あんた、思春期大丈夫なの? 反抗期とかきてるの? 正常な発育してる? いい子すぎて不安なんだけど」
なんだこの親、逆にうっとうしい。
「それはお母さんがそうだったから?」
「そうとも言う」
最近遊びに行くこともなくなった祖母の顔を思い出す。この母の反抗期の頃なんて面倒くさかっただろうなぁと、それを相手してただろうことをなんか同情してしまった。
「あ、私の場合、単なる興味本位だから、教えてくれなくてもいいから。ただ、何かあった時に居場所わからなかったら困るから、電波通じるところにはいてね」
そしてにやぁといやらしい笑みを浮かべると肘でツンツンしてくる。
「こっそり彼氏と逢引きとかでもいいからね」
逢引きって……いつの時代の言葉だろう。
「あいにく、貴方の娘はそういうのと一番縁がない存在だから」
嫌そうな顔浮かべて母に言ってのけると、ふっと鼻で嗤われた。
「それはそれで残念なんだけれどね。別にいいわよ? あんたが未婚の母とかになっても。私、育てられる自信あるし」
「なんでそうなるの!」
「んー、何かあった時の覚悟しているだけ?」
もし、そんなことが起きたら、私は聖マリア様として崇めたてまつられるしかないが。相手しているのも馬鹿らしくなって。
「行ってきます!」
そう言い捨てるとドアを叩きつけるようにして家を出た。恐ろしいことに、この母なら本気で高校生の娘が妊娠したとしても喜んで育てそうだ。体裁が悪いとかそういうのはまるで無視する人だから。
娘を信じているのかそれとも信じていないのか。母の達観ぷりは今に始まったことではないし、こういう母だから父を野放しにしてしまうのだろう。
いつものルートを通り、エレベーターで最上階の展望台まで上がると、そこには誰かがいた。
珍しくここまで上がった人がいるのかな、となぜかお客さんでも迎える気分になって、その人に近づけば、なんてことはない。レイだった。
今日、会えると思ってなかったから、返そうと思っていた義眼を持ってくるのを忘れた。
まぁいいか。
今度持ってくればいい。
レイはぼんやりとして外を見ている。エレベーターが上がってくれば展望台のどこからでもわかるようになっているのに、私が来たことにレイは気づいていないようだ。
よほど何かに気を取られているのか、それとも考えことをしているのか。
「レイ~」
声を掛ければ、ようやく私の存在に気づいたようでレイが振り返った。
よかった。その右目にはちゃんと新しい目がはまっている。
それは私がもっているような紅い目ではなく、緑がかったような鳶色だったのだけど、前のものより違和感なく馴染んで収まっているように思える。
「早いね」
「ショウコも早いじゃん」
早いどころか、レイがここに来るのは不定期だから待ち合わせをしているわけではない。もっともレイの方は私がどの時間に来ているかわかっているだろうけれど。
もしかしたら私が来てない時にふらっと来て、外を眺めているのかもしれない。まるで通い猫のようだ。
「なんか変な顔してるけど? ショコたん、なんかあったん?」
不意に真顔になってレイが私の顔を覗き込んでくる。その拍子に彼女の長くて手入れの行き届いた髪がさらりと形のいい肩を流れたのが見えた。
この髪を維持するのにどれくらい髪の毛の手入れをしているのだろうか。どれくらい時間を費やしているのかなあ。そんなことを思っていたが。
「ちょっとねー」
個人的なことは踏み込まない。それがここでの暗黙のルールだから、私がここで心に思っているもやもやをぶちまけて一人すっきりするのは彼女に申し訳がないだろう。
そう思っているのに。
「話したくないことなら聞かないけど、言いたいことなら聞くからお姉さんに言うんだよ?」
そんな風にレイは甘やかすのだ。
見た目と違ってどこかひょうきんで、見た目と違っていい奴だから。
私は課題をやったりネットを見たりだらだらしていて、時間が過ぎるのをなんとなく待っていた。
もっとも母が家にいてもいなくても、私がすることはいつも同じなのだけれど。そして時計を見て立ち上がった。
「ちょっと出かけてくるね」
「どこ行くの?」
「1号館の展望台~」
「あ、いつものとこね」
家にいる時は一声かけて。しかし母がいない時でもその時間帯、私はそこにいるのだろうと母は気づいているのだろう。しかし、それについていく理由を訊かれたことはなかった。
私が家を出ようと靴を履いていたら、見送りのためか母が書斎から出てきた。
玄関に座り込んで紐靴を結んでいる私を後ろから見ていたが、ぽつんと呟いた。
「あんたって素直よね」
「あ?」
「普通、あんたくらいの年頃って、親に行先とか言うの嫌がるもんなんじゃないの? あんたからほっといて!とかうるさい!とかいうの聞いたことないんだけど……あんた、思春期大丈夫なの? 反抗期とかきてるの? 正常な発育してる? いい子すぎて不安なんだけど」
なんだこの親、逆にうっとうしい。
「それはお母さんがそうだったから?」
「そうとも言う」
最近遊びに行くこともなくなった祖母の顔を思い出す。この母の反抗期の頃なんて面倒くさかっただろうなぁと、それを相手してただろうことをなんか同情してしまった。
「あ、私の場合、単なる興味本位だから、教えてくれなくてもいいから。ただ、何かあった時に居場所わからなかったら困るから、電波通じるところにはいてね」
そしてにやぁといやらしい笑みを浮かべると肘でツンツンしてくる。
「こっそり彼氏と逢引きとかでもいいからね」
逢引きって……いつの時代の言葉だろう。
「あいにく、貴方の娘はそういうのと一番縁がない存在だから」
嫌そうな顔浮かべて母に言ってのけると、ふっと鼻で嗤われた。
「それはそれで残念なんだけれどね。別にいいわよ? あんたが未婚の母とかになっても。私、育てられる自信あるし」
「なんでそうなるの!」
「んー、何かあった時の覚悟しているだけ?」
もし、そんなことが起きたら、私は聖マリア様として崇めたてまつられるしかないが。相手しているのも馬鹿らしくなって。
「行ってきます!」
そう言い捨てるとドアを叩きつけるようにして家を出た。恐ろしいことに、この母なら本気で高校生の娘が妊娠したとしても喜んで育てそうだ。体裁が悪いとかそういうのはまるで無視する人だから。
娘を信じているのかそれとも信じていないのか。母の達観ぷりは今に始まったことではないし、こういう母だから父を野放しにしてしまうのだろう。
いつものルートを通り、エレベーターで最上階の展望台まで上がると、そこには誰かがいた。
珍しくここまで上がった人がいるのかな、となぜかお客さんでも迎える気分になって、その人に近づけば、なんてことはない。レイだった。
今日、会えると思ってなかったから、返そうと思っていた義眼を持ってくるのを忘れた。
まぁいいか。
今度持ってくればいい。
レイはぼんやりとして外を見ている。エレベーターが上がってくれば展望台のどこからでもわかるようになっているのに、私が来たことにレイは気づいていないようだ。
よほど何かに気を取られているのか、それとも考えことをしているのか。
「レイ~」
声を掛ければ、ようやく私の存在に気づいたようでレイが振り返った。
よかった。その右目にはちゃんと新しい目がはまっている。
それは私がもっているような紅い目ではなく、緑がかったような鳶色だったのだけど、前のものより違和感なく馴染んで収まっているように思える。
「早いね」
「ショウコも早いじゃん」
早いどころか、レイがここに来るのは不定期だから待ち合わせをしているわけではない。もっともレイの方は私がどの時間に来ているかわかっているだろうけれど。
もしかしたら私が来てない時にふらっと来て、外を眺めているのかもしれない。まるで通い猫のようだ。
「なんか変な顔してるけど? ショコたん、なんかあったん?」
不意に真顔になってレイが私の顔を覗き込んでくる。その拍子に彼女の長くて手入れの行き届いた髪がさらりと形のいい肩を流れたのが見えた。
この髪を維持するのにどれくらい髪の毛の手入れをしているのだろうか。どれくらい時間を費やしているのかなあ。そんなことを思っていたが。
「ちょっとねー」
個人的なことは踏み込まない。それがここでの暗黙のルールだから、私がここで心に思っているもやもやをぶちまけて一人すっきりするのは彼女に申し訳がないだろう。
そう思っているのに。
「話したくないことなら聞かないけど、言いたいことなら聞くからお姉さんに言うんだよ?」
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