【完結】夜に咲く花

すだもみぢ

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紅い瞳

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 私が世間一般に埋没するような普通の高校生だとしたら、この二人は特別な高校生だと思う。たぶん、二人とも高校生だろう。聞いたことはないけれど。私もどこの高校に通っているかとか訊かれたことがなかったから、相手に聞いたことはなかった。
 それでも二人が特別な高校生だということは話していれば感じとれる。
 特別さの種類はアズサが大人に頼られるような優等生的な特別さだとしたら、レイは大人の保護欲をかきたてられるような特別さという違いはあるが。
 アズサの特別さは別に物珍しいものではないが、レイのことはきっと会った人は彼女のことはいつまでも忘れられないだろう。
 彼女のことを知る人が、彼女を話題に出せば「ああ、あの子」とすぐに特定できるくらいレイは特異だ。
 確かに彼女は人目を引くような美少女ではあったが、彼女を特徴づけているのはそれだけではなかった。
 唐突にレイが下を向いて喉の奥で呻くような音を出した。彼女の長い髪がそれに伴い落ち、彼女の表情を隠していく。
 
「目が疼く。ウズベキスタン」
「はぁ?」
 
 うずべきすたん? と思ったけれど、それは別に単に語呂がいいから付け加えているだけのようだった。
 彼女が何を言っているのか察したようにアズサがごそごそと自分の持っていたバッグを漁っている。
 
「出しちゃえば?」
「んー、洗浄液持ってきてないからなぁ、今」
 
 二人のやり取りを聞いて、ようやくそこでレイは目が痛いんだと察した。
 
「水でもいいんだけど」
「水ならあるよ」
 
 バッグから水の入ったペットボトルとタオルを取り出したアズサがレイの手を取った。二人はそのまま、当たり前のようにエレベーターホールの方へ戻っていく。
 一人暗闇の中に取り残されるのが嫌で、私も慌てて後をついていった。
 レイの場合は目にゴミが入って痛いどころではない。そもそも躰に異物をずっと入れているようなものなのだから。
 レイは右目の上下に指を押し込むと中から眼球を取り出した。よほど痛いのか、左目からは生理的な涙を流している。
 手の中にコロン、と落ちたそれは天井からの暗い照明に反射してまばゆく煌めき、それは瞳孔の部分が紅く輝いていた。
 義眼だとわかっていても、本物さながらなその目が人間の手のひらの上に置かれているとどこか怖い。
 レイは慣れた手つきでアズサから受け取った水で洗うと、元の位置に戻そうとしている。落ちくぼんだ眼窩を見るのは少し怖いけれど、暗くてよく見えないのが逆に救いだ。
 レイと対面で話していると、微妙に目の焦点が合っていないのがわかる。そしてとび色の左目と紅い右目はオッドアイになっていて、美しい顔立ちを引き立てていた。
 その目が義眼だと私が知ったのは、目の前で目を落とされたからだった。
 サイズが合わないとそういうことが稀に起きるらしい。
 目の前で歯を落とす人ならいるかもしれないけれど、目を落とす人は初めてだった。きっとこれから先もそんな人は彼女だけだろうけれど。
 彼女の目の色が右と左で違うなんて、彼女がそんなアクシデントを起こすまで知らなかった。
 私たちはいつも暗い中で出会っていたから。
 そして人間の目は暗い中では色を感知できないから。

 そんな中、レイの手から光るそれが床にこぼれ落ちた。
 カツンと硬質な音が響き渡り、転がっていく。
 値段を訊けば六ケタ以上するのが当たり前だとか言っていたっけ。
 なのに成長に合わせて作り変えなければならなくて、金銭的に大変そうだな、と聴いた時に思ったものだったが。
 
「ぎゃあ!二十万円!」
 
 汚い悲鳴を上げたのはそれの持ち主のレイではなくショウコの方だった。
 レイが義眼を嵌めそこねて足元に落としたのだ。慌ててそれをアズサが追いかけて拾い、丁寧に撫でまわしながら無事かどうか確認していたが。
 
「あちゃー、欠けちゃってる」
 
 残念そうに指で傷ついた場所を撫でている。
 
「結構丈夫そうに見えるのに、壊れるんだね。プラスチックでも傷は入るか」
「ここの床が固いんだよ」
 
 アズサから義眼を渡されたレイは困ったようにそれを見ていた。
 傷が入っているというのなら危ないからそれを装着することはできないだろう。レイは自分でもその傷を撫でて確認すると諦めたように握りしめている。
 
「大丈夫? スペアある?」
「うん、家に」
 
 義眼は着けておかないと成長するにつれて顔が歪んだりするらしい
 スペアがあることを聞いてほっとしていたら、レイが私の手にそっとその義眼を握らせた。
 
「これ、あげる」
「要らないよ!」
「まぁまぁ、私のほんの気持ちです」
 
 無理に押しつけられてなんとなく受け取ってしまったけれど、どうしろというのだろう。
 手のひらを開いて、それに目を落としたら、レイの片目と目が合った。
 
「でもさすがに綺麗だなー。なんで瞳孔の色を赤にしてんの? 両目の色揃えた方が自然じゃない」
 
 それは人工の宝石のようで。
 左右の目の色が違うと目を引いてしまって、それでレイの左目が義眼であることを知った人もいるだろうに。しかし、レイは朗らかに笑っている。
 
「だって、その方が面白いじゃん。せっかく色を変えられるんだからさ」
「なるほど。カラコン入れるのと同じか」
 
 自分が片目がないということを知った相手がどのように自分を扱うか、他の人がまごついたりする様を見て楽しむのだろう。なんとも悪趣味な話だ。
 
「中二病狙うんだったら、眼帯の方がいいよね」
「それ、いいね。私作ろうか?」
 
 レイをからかってアズサと二人で盛り上がっていたら、レイが顔を顰めている。
 
「人の顔で遊ぶなよ。そんなの着けてたら顔に変な風に日焼けしちゃうじゃん」 
「日焼け止め塗らないの?」
「んー、めんどい」
 
 日焼け止めを塗らなくてもそこまで白い肌をキープできるのが羨ましい。美少女は遺伝子からして凡人と違うようだ。
 レイの義眼を手の中でもてあそびながら話していたが。
 
「おーい、君たち、10時になったよ。締めるから出てね」
「あ、はーい」
 
 もう顔見知りになってしまった警備のおじさんが、エレベーターホールから声を掛けてくれる。
 彼の前にはショッピングカートがある。これから彼は深夜までやっているスーパーにそれを戻そうとしているのだろう。
 行儀の悪い住人が隣のスーパーから持ってきて、そのままその辺に放置しているのをよく見かける。それを見かけては戻していくのも彼の仕事の範囲になってしまっているようだ。
 
「じゃあねー」
 
 夜の逢瀬の後は私だけそのまま渡り廊下を渡って二号棟の方に歩いていく。
 展望台があるのは一号棟だけだ。
 二つの棟は5階と、その上からは末尾に0の付く階で渡り廊下で繋がっていて自由に行き来ができる。二号棟に入ってエレベーターホールに入ると、私は8階のボタンを押した。エレベーターが五基もあるのですぐにエレベーターが到着したが、仕事帰りだろうか、一階から乗ってきていた人と乗り合ったので頭を下げて挨拶をするのは、ここで覚えた処世術だった。
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