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第二話 森崎組のお家騒動

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「……直人さん」


 誰もいない公園。月明りの中の逆行でも、彼のゆるやかなウェーブがかかった髪は影だけでもわかる。
 信じられない人を見つけた驚きで、思わず声をかけてしまった。

 目の前にいる彼は、一週間前に亡くなった森崎組組長の次男。直人だった。


 一週間前、オヤジこと組長が死んだ。死因は元々の持病の悪化で抗争とか物騒なものではない。
 オヤジと言っても自分と組長は本当に血が繋がっているわけではなく、いわゆる盃で繋がっているという義理の関係だ。 
 そんな自分とは違い、本当にオヤジと血を分けた家族は、この目の前にいる直人とあともう一人、自分が坊ちゃんと呼び仕えている直史だけだ。

「なんであんたが、ここにいるんだよ」

 直人の不機嫌そうな顔や反発を示すポーズなどどうでもいい。周囲を見回し、見知った人間がいないことを確かめる。
 オヤジが死んだことで、今、森崎組は緊張状態になっている。
 いわゆる跡目争いだ。




 直史は正妻である姐さんの子であり長男。しかもこの直人とは10歳以上も歳が上で跡継ぎとして申し分ない。任侠としての肝も座っている。
 対する直人は妾の子であり、カタギの中で育っている。歳をとってからの子である直人を組長が可愛がって育てたせいだ。
 だから直人が跡目になる可能性などあるはずもないのに、血にはやる若い衆は、坊ちゃんが跡目になる障害になるものとして直人を排除したがっているのだ。

 とりあえず、本人の意思はどうなのか。
 組長になりたいという意志がないにしても、直人が闇社会に関連するような仕事をしたいという意志を持っているとしたら、問題になる。
 今までは子供だったから許されていた安穏さ。
 しかし、直人は21歳。どの世界を選ぶかという選択を迫られる時期と、闇社会の大物の死ということが重なってしまった。

 問答無用に大人になることを強要されているのだ。

 彼の覚悟、考え、意思。それらを知りたくて、彼の家まで訪れようとしていた。


「それはこちらのセリフですよ。どうしてこんなところにいるんですが。お母様に連絡して、家にいてくださいと言ったでしょう?」
 
 自分の方は、ワールモーノが現れたとしろぽんが言うので、急遽ここに駆け付けたのだが。
 りりんのストーカーみたいなのも湧いてるようなので、もしかして直人がそれかも、と疑ってしまうが、ありえないかと首を振る。
 最近は動画投稿サイトに盗撮された自分とカンナの雄姿が流れるようにもなったらしいのだが。それを弟分から聞いた時にはどうしようかともっていきようのない怒りと恐怖に震えた。

「ああ……うん、近くで用事があって、さ」

 口ごもる直人から、伝言はちゃんと届いていたようだとほっとしたが。自分だって家に行くという用事をほっぽらかしてここに来たのだから人のことは言えない。

「それより、なんでうちにくんの? 金魚の餌なら間に合ってるぜ」

 ふいっと顔をそむけた直人が漏らす言葉に。

「金魚の餌?」

 なんのことだろう、と首を傾げる。
 彼の家に大きな水槽があり、金魚が飼われていることは記憶しているが、金魚の餌の話をした記憶はない。
 自分の返事が不愉快だったのか、小さく舌打ちした直人を見るが、思い出せないものは思い出せない。
 露骨なまでに自分を拒絶する姿に、彼の父親の面影を重ねてしまう。
 彼の兄より、直人の方が亡くなった先代組長に似ている気がする。
 整った顔立ちに少し濃い目の眉ではあるけれど、肌が人より白くてまつ毛が長いのは母親譲りのようだ。


「家まで送ります」
「……勝手にしろ」

 ひとまず彼の身の安全を確保しないと。彼の家に着いたのなら、そこで今後の方針を話し合わないとならないだろう。
 この一週間、葬儀だの相続だのなんだのをしていて、正直、直人の方は放置していた。
 こんな様子では彼が素直に話してくれる可能性は低いが、子供の我儘で済まないくらいの緊張状態があることを、そこまでバカではないだろう彼はきっと、肌で感じているだろう。

 自分と彼は、直人が幼児の頃からの付き合いだ。
 まだ若衆であった自分がオヤジの護衛として妾宅に行く度に付き添い、それで顔見知りになった。

 幼い時は、物おじしない、とても素直な性格をしていた直人。
 こんな顔をしているから、人に嫌われることが多い自分にも懐いてくれて、肩車したり色々一緒に遊んだりしていた。今考えると、直人が自分と遊んでくれていたのかもしれない。
 直人が自分を見ると嬉しそうにしてくれるのが嬉しくて、退屈なはずの子ども相手の遊びも楽しくて仕方がなかった。
 直人が歳を重ねて反抗期を迎え、自分に対して昔のように笑顔を見せてくれなくなったのは、淋しくなったけれど、仕方がないことだと諦めて。
 そして、オヤジについて妾宅に行っても直人が家にいることは、ここ数年なくなってしまっていた。

 追いかけるように、過去より高くなった彼の背中を見つめて歩く。
 随分と身長が伸びた。とはいえ、自分よりかは頭半分くらい低いのだけれど。

 本当だったら目の前の彼を殺した方が楽なのはわかっている。
 傍目からしたら、彼の命を狙う筆頭は坊ちゃん……正妻の子派である自分であるだろう。しかも組内切っての武闘派と言われている身だ。脳筋と思われるのはイヤなものだが。
 ただ、オヤジさんと敬愛していた先代組長の思いを継ぐ自分はそんなことはできない。彼は、この子は普通の世界に暮らさせたいと、血生臭いものから離れた生活をさせたいと願っていただろうから。
 いくら面倒なことになろうと、自分はその希望を尊重するしかできないし。

 それに、過去の記憶が自分の拳を鈍らせる。


 そんなことをしんみり思いながら歩いていたが、ボディバッグの中のしろぽんがごそごそ動いているのに気づき、バッグの上から正拳突きをお見舞いした。
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