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第十一話 父の愛
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…………変だと思った。
エレーナ嬢は嘘を言っていないのだろうと、彼女の態度を見て納得してしまった。
元平民とはいえ貴族の家に入り、少しでも教育を受けたものならば、王太子妃の座がどれだけ遠いものかわかるものなのだ。
それにこのエレーネは頭が悪くない。むしろ回転は速い方だし、自分の利になるものを瞬時に読み取ることができる人だと思う。
そうでもなかったら、複数の男をいがみ合わせることなく手玉に取ることなどできるはずもない。
セリス様をひっかけ、上手くいったら未来の王の愛人、欲を言えば妾妃として身分を保証され、甘い汁を吸えるかと思っていたら、とんでもない形に話が転がっていって本人の方が仰天したに違いない。
彼女が手玉に取ろうとした相手が、想像以上にバカだっただけだ。
エレーナ嬢が王太子を口説いていないとは言わせない。しかしそれを真に受けすぎた方も受け過ぎた方だ。
勝手に殿下がはっちゃけちゃった結果がこれなのだろう。
セリス様の方を見もせずに、エレーナ嬢はもう何も言うこともないと頭を下げている。
断固とした拒絶に、セリス様が硬直している。取り付く島もないとはこのことだろう。
「もうよい、分かった。男爵とその娘は下がれ」
結局男爵は一言も口を出さなかったな、と思った。
しかし、彼が退出する時にこちらを見て、びくっと肩を揺らしたのは見逃さなかった。
ああ、懲りてたのね。
疲れ切ったようなカサカサの肌に目の下の深いクマ。きっと、公爵家から受ける経済的なプレッシャーの対応にここ数日追われていたに違いない。
まだ販売先を奪ったり、従業員を引き抜いたりしてないだけマシだろう。
もしかしたら、彼女も王太子妃の座を狙っていたかもしれない。しかしこのままなら公爵家との全面戦争に突入するの予感に怯え、保身に入った可能性もある。
なれるかわからない王太子妃の座を諦め、確実を手にした方がいいから。
ただ、セリス様が王となったら、この恨みでダリオ男爵とエレーナ嬢に何をするかはわからないだろうけれど、それがいつになるかはわからない以上、さっさと逃げた方がいいと判断したのかもしれない。
どちらにしろ、考えられるうちで、一番良い選択をしているだろう。彼女は。
二人が出ていき、付近にいた守衛がドアを静かに閉める。
衆人環視の中でフラれ、立場をなくしたセリス様は、そのまま茫然と立ち尽くしていた。
その息子を目の端で見つつも、陛下が口を開く。
「どうも、何かの誤解があったようだな。迷惑をかけたな、ラナ。こんなことがあったが、これからもセリスと仲良くしてくれると嬉しいんだが……」
「恐れながら陛下、私は先日セリス殿下より婚約を解消し、エレーナ男爵令嬢を王太子妃にしたいという意志を受け、それを承知いたしました。そのためこのしばらくの間は自邸の方に控え、登城しなかった次第でございます」
私が登城していなかったのを知らなかったとは言わせない。気づかなくてもおかしいな、くらいには思っていたはずだ。それが私の病気ではなく反抗心でもなく、ただその権利が消滅していたためにできてなかったと釘をさす。
どういうことだ、と目を見開く陛下の前に、私の隣でただ成り行きを見守っていた父が一歩、足を進めて発言を願う。
それを許されてから口を開いた父の声は、娘でも今まで一度も聞いたことがないくらいに怒りに満ちた低い声だった。
「……この度のエレーナ嬢とセリス殿下の醜聞に際し、なんの瑕疵もない我が娘はセリス王子の一方的な命により婚約を破棄されました。その際、当家には謝罪の1つもなく、それも娘より伝言されただけでのことでした。娘の名誉のために、その事実は表沙汰にならぬよう、当家は黙してその事実を受け止めましたが、このような噂が流れた以上、娘を王都に留めることはやめさせ、領地の方に娘を帰らせるつもりです」
父の言葉に慌てて私も一緒に頭を下げて、これは私の意思でもあるということをアピールをするが、まさかこんなことを父が言いだすなんて思ってもみなかった。
ダリオ男爵と取引を停止させたり、公爵家の仕事に関わることは、父は知っていただろう。
しかし、私が上書きの噂を流したことは父は知らなかった。
だからセリス様たちのせいで、私の名誉が傷つけられたと思い、ひどく怒っているようだ。
そしてこの場でセリス様とエレーナ嬢のやり取りを見て、敏い父がなにも気づかなかったはずはない。
王妃様の王太子妃への扱いのひどさを聞いて、王命に背き、自公爵家が不利になっても私を守ると決断してくれたのだ、と思うと胸が熱くなった。
「婚約破棄? 余は何も聞いておらぬぞ」
どうやら陛下にはこれは男爵令嬢が一方的に王太子妃の座を狙って言い寄り、自分の息子がそれをうまくいなせなかったことによって起きた事件だと思われていたらしい。
そんなことはしていない、とセリス殿下が誤魔化しだす前に、私が口を開く。
「はい、殿下が王妃殿下にお話になり、王妃殿下から国王陛下にお話になるようお願い申し上げると殿下がおっしゃっておりました。王妃殿下から私が辛抱するように、と言われましたので、王妃殿下はご存知の話です」
「アイシャ、どういうことだ」
「セリスの一時の気の迷いと思って私の胸に留めておきましたのよ」
すました顔で言い切る王妃様をよそに、セリス殿下が陛下の御前だというのに私に近づいてくる。
エレーナ嬢は嘘を言っていないのだろうと、彼女の態度を見て納得してしまった。
元平民とはいえ貴族の家に入り、少しでも教育を受けたものならば、王太子妃の座がどれだけ遠いものかわかるものなのだ。
それにこのエレーネは頭が悪くない。むしろ回転は速い方だし、自分の利になるものを瞬時に読み取ることができる人だと思う。
そうでもなかったら、複数の男をいがみ合わせることなく手玉に取ることなどできるはずもない。
セリス様をひっかけ、上手くいったら未来の王の愛人、欲を言えば妾妃として身分を保証され、甘い汁を吸えるかと思っていたら、とんでもない形に話が転がっていって本人の方が仰天したに違いない。
彼女が手玉に取ろうとした相手が、想像以上にバカだっただけだ。
エレーナ嬢が王太子を口説いていないとは言わせない。しかしそれを真に受けすぎた方も受け過ぎた方だ。
勝手に殿下がはっちゃけちゃった結果がこれなのだろう。
セリス様の方を見もせずに、エレーナ嬢はもう何も言うこともないと頭を下げている。
断固とした拒絶に、セリス様が硬直している。取り付く島もないとはこのことだろう。
「もうよい、分かった。男爵とその娘は下がれ」
結局男爵は一言も口を出さなかったな、と思った。
しかし、彼が退出する時にこちらを見て、びくっと肩を揺らしたのは見逃さなかった。
ああ、懲りてたのね。
疲れ切ったようなカサカサの肌に目の下の深いクマ。きっと、公爵家から受ける経済的なプレッシャーの対応にここ数日追われていたに違いない。
まだ販売先を奪ったり、従業員を引き抜いたりしてないだけマシだろう。
もしかしたら、彼女も王太子妃の座を狙っていたかもしれない。しかしこのままなら公爵家との全面戦争に突入するの予感に怯え、保身に入った可能性もある。
なれるかわからない王太子妃の座を諦め、確実を手にした方がいいから。
ただ、セリス様が王となったら、この恨みでダリオ男爵とエレーナ嬢に何をするかはわからないだろうけれど、それがいつになるかはわからない以上、さっさと逃げた方がいいと判断したのかもしれない。
どちらにしろ、考えられるうちで、一番良い選択をしているだろう。彼女は。
二人が出ていき、付近にいた守衛がドアを静かに閉める。
衆人環視の中でフラれ、立場をなくしたセリス様は、そのまま茫然と立ち尽くしていた。
その息子を目の端で見つつも、陛下が口を開く。
「どうも、何かの誤解があったようだな。迷惑をかけたな、ラナ。こんなことがあったが、これからもセリスと仲良くしてくれると嬉しいんだが……」
「恐れながら陛下、私は先日セリス殿下より婚約を解消し、エレーナ男爵令嬢を王太子妃にしたいという意志を受け、それを承知いたしました。そのためこのしばらくの間は自邸の方に控え、登城しなかった次第でございます」
私が登城していなかったのを知らなかったとは言わせない。気づかなくてもおかしいな、くらいには思っていたはずだ。それが私の病気ではなく反抗心でもなく、ただその権利が消滅していたためにできてなかったと釘をさす。
どういうことだ、と目を見開く陛下の前に、私の隣でただ成り行きを見守っていた父が一歩、足を進めて発言を願う。
それを許されてから口を開いた父の声は、娘でも今まで一度も聞いたことがないくらいに怒りに満ちた低い声だった。
「……この度のエレーナ嬢とセリス殿下の醜聞に際し、なんの瑕疵もない我が娘はセリス王子の一方的な命により婚約を破棄されました。その際、当家には謝罪の1つもなく、それも娘より伝言されただけでのことでした。娘の名誉のために、その事実は表沙汰にならぬよう、当家は黙してその事実を受け止めましたが、このような噂が流れた以上、娘を王都に留めることはやめさせ、領地の方に娘を帰らせるつもりです」
父の言葉に慌てて私も一緒に頭を下げて、これは私の意思でもあるということをアピールをするが、まさかこんなことを父が言いだすなんて思ってもみなかった。
ダリオ男爵と取引を停止させたり、公爵家の仕事に関わることは、父は知っていただろう。
しかし、私が上書きの噂を流したことは父は知らなかった。
だからセリス様たちのせいで、私の名誉が傷つけられたと思い、ひどく怒っているようだ。
そしてこの場でセリス様とエレーナ嬢のやり取りを見て、敏い父がなにも気づかなかったはずはない。
王妃様の王太子妃への扱いのひどさを聞いて、王命に背き、自公爵家が不利になっても私を守ると決断してくれたのだ、と思うと胸が熱くなった。
「婚約破棄? 余は何も聞いておらぬぞ」
どうやら陛下にはこれは男爵令嬢が一方的に王太子妃の座を狙って言い寄り、自分の息子がそれをうまくいなせなかったことによって起きた事件だと思われていたらしい。
そんなことはしていない、とセリス殿下が誤魔化しだす前に、私が口を開く。
「はい、殿下が王妃殿下にお話になり、王妃殿下から国王陛下にお話になるようお願い申し上げると殿下がおっしゃっておりました。王妃殿下から私が辛抱するように、と言われましたので、王妃殿下はご存知の話です」
「アイシャ、どういうことだ」
「セリスの一時の気の迷いと思って私の胸に留めておきましたのよ」
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