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第二十六話 理由と想像
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「リンダのパパさんは侯爵夫人の作品の熱心なファンだ。きっと彼女の創作活動をずっと支えていたのだろう。しかし、侯爵夫人はもういいお年だ。自らの肉体をモデルに創作を続けるのも限界だった。隠れた創作活動をしている侯爵夫人は、表だってモデルを用立てることができなかった。それで困って頼ったのが君のパパさんではないかというのが僕の予想。息子の嫁なら自分の創作のモデルにしても外に情報が漏れないだろう? 別に堂々と頼むわけでもなく、息子夫婦の営みをこっそりと覗けばいいんだろうしさ」
「なんですってぇ!?」
そんなの死んでもお断りだ。なんで姑にそんなのを見られなければならないのか。
「予想だよ、予想。でもそう思えばつじつまが合うんだよ。それと、あともう一つ。ここ数年かけてマルタス侯爵家の財政状態が悪くなっているんだ」
それは知っていた。私の婚約は、家名と金の繋がりだろうと思ったくらいだったから。
「財政が傾いてきている侯爵家を支援したいなら、娘への援助を通じて侯爵家に支援するならあり得ない話じゃないだろう? 何もないのにマルタス侯爵家に個人的に支援したら、リンダのママさんの目だって怖いしだろうしさ。そのためにも娘を婚約させる必要があったんだよ」
「だから、ヘンリーの素行なんてどうでもよかったのか」
ぽつり、とアレックスが呟いた。
「侯爵夫人からしたら、若い娘のモデルも金も手に入る最良の方法だ。しかしそこで問題が起きた」
「それはなに?」
「ヘンリーがフィーにのぼせ上ったんだ。侯爵家の息子だから、家柄で押し切れると思ったんじゃないかな。リンダとの結婚は絶対としても、それ以外に……愛人を持ってはいけないというわけではないだろうと思ったんだろうね。ヘンリー視点からしたら、伯爵家からどうしてもとお願いされての婚約に見えて、自分がどんなふるまいをしたとしてもリンダに婚約破棄をされることはないとタカをくくっていたってところだろうよ。それと侯爵夫人も息子のふるまいを止めなかったみたいだし」
この予想が本当なら、本気で舐められていたんだなぁ、と思う。
しかし、ヘンリーは自分の親の裏の稼業や、思惑を知らずにいたのだろうか。
……知らなかったのだろうな。自分も婚約した後に知ったことが多かったから。
「侯爵夫人からしたら手元に来る若い女性が多ければ多いほどいい。それが息子の妻でも愛人でも。コート男爵家の経済状態が良くなかったことから、金品でコート男爵を抱き込んだのかもしれない。ヘンリーの恋人だか愛人だかなるように娘を説得しろ、とね」
「もしかして、オークションに出品した後、うちにコート男爵が来たのって……」
「うん、たぶん、マルタス侯爵夫人かマルタス侯爵の依頼を受けてだと思う。もちろんコレクションを手放しているかどうかの確認に。コート男爵が元々、リンダのパパさんの趣味を知ってる人かどうかはわからないけれど、もはや関係者なんだろうとは思う」
うわぁ、金で娘を売る親も嫌だけれど、貴族の娘でしかも経済状態が良くないのなら、親の言いなりになる娘の方が多いだろう。
そんな状況でよくフィー様がヘンリーをはねつけられたものだと思う。
「もっと簡単にフィー様がヘンリーの言いなりになると思ったら、意外な伏兵がいて、それがリチャード兄だったんだろうな。フィー様とリチャード兄が付き合っていたことは誰も知らなかった。フィー様の父親のコート男爵ですら」
「ロナードは知っていたの? お兄様の恋人だったことも、彼女に付きまとっていたのがヘンリーだったことも」
「付きまといの方は、リンダに言われて調べてすぐにヘンリーだとわかったね。でもフィー様に恋人がいるらしいことはわかっていたけど、リチャード兄だなんて全然思ってなかったよ」
リチャード兄の情報隠蔽には本当に脱帽だよ、とロナードは肩を竦めた。
「でも、それならどうしてヘンリーはテレーゼと浮気なんてしてたの? フィーという本命がいたのならなおさらおかしいじゃない。テレーゼの家は困っていなかっただろうし、伯爵令嬢だからモデルさせようと抱き込もうとしても無理だったろうし」
「いや、ヘンリーからしたらテレーゼは単なる数ある浮名を流す相手の一人だったんだよ。たまたま君に尻尾を掴まれたのが彼女だっただけ。そしてそれがアレックスの婚約者だっただけ」
女だったら来るものは拒まずというところがあったらしいヘンリー。
本当にテレーゼは遊ばれていただけなんだな、と思って哀れになるが、ロナードは同情するに値しないよ、と首を振る。
「テレーゼからしたら、ヘンリーはアレックスの幼馴染であるリンダの婚約者だったから近づいたし、浮気ごっこを楽しんだんだろうよ。テレーゼのおめでたい頭では、ヘンリーと付き合っていたのも、リンダに対する優越感を得るためだけだったんだろうな。だから、彼女の頭の中では浮気ではなかったんだよ」
「下らない」
本当に下らない。
そういう思考をする人だから、アレックスが自分のことを愛していると思い込むこともできたわけか。あの意味不明な言動が、なんとなく理解できてきた。
「随分と人を舐めてくれたものだな」
アレックスも不快に思ったのか、むすっとしている。
「一度でも人を試そうとする奴は際限なく試していく。あの人と縁が切れて正解だよ。これは許していい問題じゃない」
テレーゼはアレックスと婚約ができて舞い上がって、自分の手の中に転がり落ちてきた幸運をもてあそんでみたくなったのだろうか。
首を振って窓の外を見る。
どうやら馬車はゆっくりと同じ場所をぐるぐると回っているようだった。
話し込んでいる私たちに気遣って、御者がそうしてくれていたのだろう。
「なんですってぇ!?」
そんなの死んでもお断りだ。なんで姑にそんなのを見られなければならないのか。
「予想だよ、予想。でもそう思えばつじつまが合うんだよ。それと、あともう一つ。ここ数年かけてマルタス侯爵家の財政状態が悪くなっているんだ」
それは知っていた。私の婚約は、家名と金の繋がりだろうと思ったくらいだったから。
「財政が傾いてきている侯爵家を支援したいなら、娘への援助を通じて侯爵家に支援するならあり得ない話じゃないだろう? 何もないのにマルタス侯爵家に個人的に支援したら、リンダのママさんの目だって怖いしだろうしさ。そのためにも娘を婚約させる必要があったんだよ」
「だから、ヘンリーの素行なんてどうでもよかったのか」
ぽつり、とアレックスが呟いた。
「侯爵夫人からしたら、若い娘のモデルも金も手に入る最良の方法だ。しかしそこで問題が起きた」
「それはなに?」
「ヘンリーがフィーにのぼせ上ったんだ。侯爵家の息子だから、家柄で押し切れると思ったんじゃないかな。リンダとの結婚は絶対としても、それ以外に……愛人を持ってはいけないというわけではないだろうと思ったんだろうね。ヘンリー視点からしたら、伯爵家からどうしてもとお願いされての婚約に見えて、自分がどんなふるまいをしたとしてもリンダに婚約破棄をされることはないとタカをくくっていたってところだろうよ。それと侯爵夫人も息子のふるまいを止めなかったみたいだし」
この予想が本当なら、本気で舐められていたんだなぁ、と思う。
しかし、ヘンリーは自分の親の裏の稼業や、思惑を知らずにいたのだろうか。
……知らなかったのだろうな。自分も婚約した後に知ったことが多かったから。
「侯爵夫人からしたら手元に来る若い女性が多ければ多いほどいい。それが息子の妻でも愛人でも。コート男爵家の経済状態が良くなかったことから、金品でコート男爵を抱き込んだのかもしれない。ヘンリーの恋人だか愛人だかなるように娘を説得しろ、とね」
「もしかして、オークションに出品した後、うちにコート男爵が来たのって……」
「うん、たぶん、マルタス侯爵夫人かマルタス侯爵の依頼を受けてだと思う。もちろんコレクションを手放しているかどうかの確認に。コート男爵が元々、リンダのパパさんの趣味を知ってる人かどうかはわからないけれど、もはや関係者なんだろうとは思う」
うわぁ、金で娘を売る親も嫌だけれど、貴族の娘でしかも経済状態が良くないのなら、親の言いなりになる娘の方が多いだろう。
そんな状況でよくフィー様がヘンリーをはねつけられたものだと思う。
「もっと簡単にフィー様がヘンリーの言いなりになると思ったら、意外な伏兵がいて、それがリチャード兄だったんだろうな。フィー様とリチャード兄が付き合っていたことは誰も知らなかった。フィー様の父親のコート男爵ですら」
「ロナードは知っていたの? お兄様の恋人だったことも、彼女に付きまとっていたのがヘンリーだったことも」
「付きまといの方は、リンダに言われて調べてすぐにヘンリーだとわかったね。でもフィー様に恋人がいるらしいことはわかっていたけど、リチャード兄だなんて全然思ってなかったよ」
リチャード兄の情報隠蔽には本当に脱帽だよ、とロナードは肩を竦めた。
「でも、それならどうしてヘンリーはテレーゼと浮気なんてしてたの? フィーという本命がいたのならなおさらおかしいじゃない。テレーゼの家は困っていなかっただろうし、伯爵令嬢だからモデルさせようと抱き込もうとしても無理だったろうし」
「いや、ヘンリーからしたらテレーゼは単なる数ある浮名を流す相手の一人だったんだよ。たまたま君に尻尾を掴まれたのが彼女だっただけ。そしてそれがアレックスの婚約者だっただけ」
女だったら来るものは拒まずというところがあったらしいヘンリー。
本当にテレーゼは遊ばれていただけなんだな、と思って哀れになるが、ロナードは同情するに値しないよ、と首を振る。
「テレーゼからしたら、ヘンリーはアレックスの幼馴染であるリンダの婚約者だったから近づいたし、浮気ごっこを楽しんだんだろうよ。テレーゼのおめでたい頭では、ヘンリーと付き合っていたのも、リンダに対する優越感を得るためだけだったんだろうな。だから、彼女の頭の中では浮気ではなかったんだよ」
「下らない」
本当に下らない。
そういう思考をする人だから、アレックスが自分のことを愛していると思い込むこともできたわけか。あの意味不明な言動が、なんとなく理解できてきた。
「随分と人を舐めてくれたものだな」
アレックスも不快に思ったのか、むすっとしている。
「一度でも人を試そうとする奴は際限なく試していく。あの人と縁が切れて正解だよ。これは許していい問題じゃない」
テレーゼはアレックスと婚約ができて舞い上がって、自分の手の中に転がり落ちてきた幸運をもてあそんでみたくなったのだろうか。
首を振って窓の外を見る。
どうやら馬車はゆっくりと同じ場所をぐるぐると回っているようだった。
話し込んでいる私たちに気遣って、御者がそうしてくれていたのだろう。
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