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第二十四話 兄の恋人
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ヘンリーに冷たい視線が集中し、皆に見られた彼は冷や汗をかいている。フィーは社交界でも好感度が高い女性だったからこう見られるのは当然だろう。
「ヘンリー様、貴方はたとえ浮気をしていても、私と結婚することは変わらないとおっしゃってましたわよね? となると、フィー様は愛人になるように迫ったということですか?」
なんという恥知らずな。
「この分では多かれ少なかれ、他にも言い寄った女性がいるのでしょう? 相手に迷惑になることも構わずにね」
「それは嘘だ! その女は嘘をついている!」
「フィー様が嘘をついてまで私をかばう理由などあるのですか?」
私がフィーの助け船を出そうとしたが、フィーは自ら負けじとヘンリーに反撃をする。
「嘘ではありません。ご自身の家格が高いことより、どんな相手でもご自身に敵うものはないだろう。だから自分に従えとおっしゃられました。我が父まで巻き込んで」
確かに、貧乏侯爵でも侯爵は侯爵。大体の家門は負けるけれど、女を口説くのに家格しか誇れないとは最低な口説きだな、と白けた空気も流れてしまった。
「私に口説かれたというのも、相手がいるというのも口から出まかせだろう? そんな女のいう事など信用ならない。本当にそんな相手がいるのなら、どうして今日、相手はここにいない? 将来を誓いあっているというのなら、パートナーを連れてくればいいだろう?」
「そういうことができないお相手なんです。嫡子でありながら現当主と仲がお悪く、先に触れ回ることで当主様から私になにかされてはいけないから、それまで仲を隠していようと……」
「ふん、そんなの関係を隠そうとしている時点でそなたもその男に遊ばれているだけではないか」
「侮辱なさらないでください! 貴方と違って、かの方は誠実で立派な方です!」
フィー様の手が怒りだろうか、怯えだろうか小さく震えている。
私は彼女の傍に寄ると囁いた。
「貴方の恋人の名前を公表なさることを、そんなに嫌がる方なのですか?」
「いえ、私を気遣って隠してくださっているだけなので……」
「その方の名前を言っておしまいなさい、フィー様。こういう時に思いを寄せる女性に迷惑をかけられ、頼られるのも男の甲斐性というものですわよ」
知らないけど。
しかし、私のために追い詰められてしまったフィーのためにも、フィーの恋人は一肌脱いでほしいと思う。
「リチャード様です。アナルトー家の……」
フィーが申し訳なさそうに私をちらちら見て、口にした名前を聞いて、時間が止まったように感じた。
「なん……だと!?」
ヘンリーも仰天していたが、私の方が驚いた。
…………。
ええええええええ!!???
社交界に咲く大輪の花とは違い、野に咲く花のように楚々とした美しさを持つ、フィー様の恋人がうちの兄!??
もしかして、前に馬術倶楽部で会った兄は、あの後、彼女のところに行っていたのだろうか。
むしろあの兄のどこがいいの!? 男を見る目ないの!? って失礼なことを思ってしまった。
悲痛の叫びがギャラリーからも聞こえたような気もする。もしかしたらお兄様狙いな人もいたんだろうなぁ。まだ婚約者いなかったから。
「リチャード様は伯爵家の嫡男ですから、妙な噂になりかねないと隠れてお付き合いをしておりました」
「ヘンリー様に口説かれていたことを、お兄様は知ってるのですか?」
「いいえ……ヘンリー様はリンダ様と婚約なさっておりますし。そこに本当のことを打ち明けたらややこしいことになるかと思って黙っておりました」
確かにそうだ。
下手したらヘンリーは未来の義姉になるかもしれない女性を口説いていたということなのか。
「リチャード殿ねえ。単なる口約束だろう? 遊ばれているだけかもしれないではないか」
ヘンリーが鼻で嗤ってそう口にする。
勢いがある伯爵家の嫡男と人気があるとはいえ貧乏男爵家では確かにつり合いが取れない。信じられない思いを口にしたのだろうけれど、それは私の兄を侮蔑しているのとわかって言っているのだろうか、この人は。
「この指輪をいただいております」
彼女が手袋の下から見せてくれた指輪に見覚えがあった。
「あ……家紋が入ってますね。我が家の。……母が婚約した時に父から受け取ったもので、兄が成人の時に将来のお嫁さんになる人に渡せと預けていたものですよ」
アナルトー家の娘として、そして実妹としてそれが本物だと保証します、と私が言いきれば、ヘンリーはぐうの音も出なくなったようだ。そんなものがなくても祝福するけど。
兄とフィー様の関係が信じられなくて、関係を隠すような付き合い方も理解できなくて、「もしかして我が兄もこのお嬢様を騙しているのでは」とうっすら疑ってしまっていたのだけれど、どうやら本当に思いあっている恋人同士のようだ。
お兄様、疑って本当にごめんなさい。
そうなると今度は、婚約者がいるのに恥ずかしい振舞いを暴露されたヘンリーだけが残った。
「ど、どけ!」
彼は顔を真っ赤にして、そのままそこから足早に出ていこうとするが、誰も彼を止めることはない。人の波が割れて彼は逃げるように去っていく。
ここにエスコートしてきたパートナーを置きざりにしての逃亡は、彼の貴族としてのマナー違反もいいところだ。
これに懲りて、このまま婚約解消となればいいのだけれど……、と私は天を仰いだ。
「ヘンリー様、貴方はたとえ浮気をしていても、私と結婚することは変わらないとおっしゃってましたわよね? となると、フィー様は愛人になるように迫ったということですか?」
なんという恥知らずな。
「この分では多かれ少なかれ、他にも言い寄った女性がいるのでしょう? 相手に迷惑になることも構わずにね」
「それは嘘だ! その女は嘘をついている!」
「フィー様が嘘をついてまで私をかばう理由などあるのですか?」
私がフィーの助け船を出そうとしたが、フィーは自ら負けじとヘンリーに反撃をする。
「嘘ではありません。ご自身の家格が高いことより、どんな相手でもご自身に敵うものはないだろう。だから自分に従えとおっしゃられました。我が父まで巻き込んで」
確かに、貧乏侯爵でも侯爵は侯爵。大体の家門は負けるけれど、女を口説くのに家格しか誇れないとは最低な口説きだな、と白けた空気も流れてしまった。
「私に口説かれたというのも、相手がいるというのも口から出まかせだろう? そんな女のいう事など信用ならない。本当にそんな相手がいるのなら、どうして今日、相手はここにいない? 将来を誓いあっているというのなら、パートナーを連れてくればいいだろう?」
「そういうことができないお相手なんです。嫡子でありながら現当主と仲がお悪く、先に触れ回ることで当主様から私になにかされてはいけないから、それまで仲を隠していようと……」
「ふん、そんなの関係を隠そうとしている時点でそなたもその男に遊ばれているだけではないか」
「侮辱なさらないでください! 貴方と違って、かの方は誠実で立派な方です!」
フィー様の手が怒りだろうか、怯えだろうか小さく震えている。
私は彼女の傍に寄ると囁いた。
「貴方の恋人の名前を公表なさることを、そんなに嫌がる方なのですか?」
「いえ、私を気遣って隠してくださっているだけなので……」
「その方の名前を言っておしまいなさい、フィー様。こういう時に思いを寄せる女性に迷惑をかけられ、頼られるのも男の甲斐性というものですわよ」
知らないけど。
しかし、私のために追い詰められてしまったフィーのためにも、フィーの恋人は一肌脱いでほしいと思う。
「リチャード様です。アナルトー家の……」
フィーが申し訳なさそうに私をちらちら見て、口にした名前を聞いて、時間が止まったように感じた。
「なん……だと!?」
ヘンリーも仰天していたが、私の方が驚いた。
…………。
ええええええええ!!???
社交界に咲く大輪の花とは違い、野に咲く花のように楚々とした美しさを持つ、フィー様の恋人がうちの兄!??
もしかして、前に馬術倶楽部で会った兄は、あの後、彼女のところに行っていたのだろうか。
むしろあの兄のどこがいいの!? 男を見る目ないの!? って失礼なことを思ってしまった。
悲痛の叫びがギャラリーからも聞こえたような気もする。もしかしたらお兄様狙いな人もいたんだろうなぁ。まだ婚約者いなかったから。
「リチャード様は伯爵家の嫡男ですから、妙な噂になりかねないと隠れてお付き合いをしておりました」
「ヘンリー様に口説かれていたことを、お兄様は知ってるのですか?」
「いいえ……ヘンリー様はリンダ様と婚約なさっておりますし。そこに本当のことを打ち明けたらややこしいことになるかと思って黙っておりました」
確かにそうだ。
下手したらヘンリーは未来の義姉になるかもしれない女性を口説いていたということなのか。
「リチャード殿ねえ。単なる口約束だろう? 遊ばれているだけかもしれないではないか」
ヘンリーが鼻で嗤ってそう口にする。
勢いがある伯爵家の嫡男と人気があるとはいえ貧乏男爵家では確かにつり合いが取れない。信じられない思いを口にしたのだろうけれど、それは私の兄を侮蔑しているのとわかって言っているのだろうか、この人は。
「この指輪をいただいております」
彼女が手袋の下から見せてくれた指輪に見覚えがあった。
「あ……家紋が入ってますね。我が家の。……母が婚約した時に父から受け取ったもので、兄が成人の時に将来のお嫁さんになる人に渡せと預けていたものですよ」
アナルトー家の娘として、そして実妹としてそれが本物だと保証します、と私が言いきれば、ヘンリーはぐうの音も出なくなったようだ。そんなものがなくても祝福するけど。
兄とフィー様の関係が信じられなくて、関係を隠すような付き合い方も理解できなくて、「もしかして我が兄もこのお嬢様を騙しているのでは」とうっすら疑ってしまっていたのだけれど、どうやら本当に思いあっている恋人同士のようだ。
お兄様、疑って本当にごめんなさい。
そうなると今度は、婚約者がいるのに恥ずかしい振舞いを暴露されたヘンリーだけが残った。
「ど、どけ!」
彼は顔を真っ赤にして、そのままそこから足早に出ていこうとするが、誰も彼を止めることはない。人の波が割れて彼は逃げるように去っていく。
ここにエスコートしてきたパートナーを置きざりにしての逃亡は、彼の貴族としてのマナー違反もいいところだ。
これに懲りて、このまま婚約解消となればいいのだけれど……、と私は天を仰いだ。
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