23 / 28
第二十三話 証人喚問
しおりを挟む
「ねえ、アレックス様、貴方が愛しているのは私でしょう?!」
「例え愛していたとしても、結婚前にこんな醜聞を流すような相手なんて願い下げだ。最初から君を愛してたことなんかないしな」
「嘘……嘘よ! あんなに優しくしてくれたじゃない」
子供が駄々をこねるかのように騒いでいるテレーゼに、周囲のひそひそ声がここまで聞こえる。
ねえ、なんであの人、アレックス様と婚約できたわけ?
優しくしてくれた婚約者を裏切って、何してるの?
アレックスの人気が高かったからこそ、テレーゼをせせら笑う声が高まっていく。
他人の不幸は蜜の味。それが妬みややっかみも交じって、テレーゼへの悪意になっていく。
いい男の数は限られていて、彼につり合いの取れてないテレーゼがその妻の座に収まろうとするのを、うらやむ女子は多かったのだから。
「なんでそんなにアレックスが大事なのです? 貴方はヘンリー様とお付き合いなさっているのでしょう?」
「私、アレックスに追いかけてほしかっただけだもの!」
「アレックスを試していただけなの? それなら本当に浮気しちゃダメじゃない?」
「あんなの浮気なんかじゃないわ。単なる遊びだもの。だから信じて! 私、ヘンリー様と何もしてないし」
「婚約者でもない男性に膝枕してあげて、頬にキスしてたのに?」
私が言い放つと、さすがに場が静まり返った。
「どうしてそれを!?」
「この目で見たからですが。ピクニックしてたでしょう? ヘンリー様と二人きりで。郊外の丘で」
周囲のざわめきが大きくなった。
どこまでが許容範囲なのかは人によるだろうけれど、肉体的接触は絶対的なタブーだ。
二人きりで会うこと自体が問題行動だというのに。
空気が悪く、明らかに劣勢だとわかったのだろう。
テレーゼがすがるようにアレックスを見つめる。アレックスは吐き捨てるように言い切った。
「俺は試されるのは嫌いだ」
テレーゼの目に涙が盛り上がり、どうしようとばかりにヘンリーの方に目を向けた。しかし、ヘンリーは冷ややかな目でテレーゼを見ると、そのまま何事もなかったかのように目を背けた。
「ヘンリー様!?」
絶望しきった顔をして、テレーゼは会場から走り去る。アレックスはその背中を見つめただけで、追う事はしないようだ。
「一人で帰れるでしょ、子供じゃないんだから」
これでいい。
本当はもうちょっと整った場所で、彼女を完膚なきまで叩きふせたかった。
少々消化不良な気分でもあったが、しかし、アレックスの誇りを踏みにじるようなことをした彼女を、あのまま大人の対応で流すことはできなかった。
しかし。
「私の方が喧嘩売られたのに、なんで私が悪役みたいになっているのかしら。私がテレーゼ様をいじめたみたいじゃない。」
ひどい話だ。
「我々も帰ろう、リンダ」
私の腕を取ろうとするヘンリーの手を、ぱしっと音が鳴るくらい乱暴に振り払う。
テレーゼに同情をしたわけではけっしてない。
しかし、この男がどうしようもなく憎かった。テレーゼと同じことをしている男だというのに、この男は許されて生きるのが当たり前と思っているようなのが許せない。
「触らないでください。この場を持って、私もヘンリー様との婚約を解消したいと思います。ヘンリー様はテレーゼ様と、そして他の令嬢にも声をかけて、無節操な行動にほとほと愛想が尽きました」
広間に通るくらいの声で言い切れば、ヘンリーが困った人だというように、ため息をつく。
「貴族の娘がそういった我儘を通すことはできないとわかっているだろう?」
「我儘かもしれませんわね。でも、それはお互いがお互いを尊重するという義務を果たした上で成り立つこと。結婚前にこのような醜聞まで引き起こすのは、契約違反ではないですか? お父様が何を思って貴方との婚約を成立させているのかはわかりませんが、私の方はごめんですから」
「何を言ってるのやら。俺が他の女と浮名を流している? あれは思い込みの激しいテレーゼ嬢の勘違いのようだし」
私が目撃しているのを知っていて、そしてこういうアピールをするのは、証拠がないよと言いたいのだろう。証拠はたっぷりと取ってあることを、この男は知らないようだが。
テレーゼは結局、ヘンリーと仲良くしているということは認めたけれど、交際しているということを認めたわけではなかったわけだし。
再度、緊迫し始めた空気の中で、聞き覚えある呑気な声が響いた。
「そのヘンリー様の不貞の証人なら、ここにいるのではないかなぁ。そうでしょう? フィー様」
「え!?」
いつの間にギャラリーの中にいたのか、ロナードがフィーの腕をぎゅっと握りしめている。逃がさないよとでもいうように、そしてその微笑みが怖い。
「わ、私!?」
いきなり修羅場に連れ出されたフィーは真っ青になっている。
「不貞の相手というより、ヘンリー様に言い寄られて困っていたとかありませんでしたか?」
「そ、それは……」
ロナードに訊かれたフィーが口ごもる。男爵家の娘が侯爵家の息子に対して迂闊なことを言えば問題になるから彼女は何も言えない。
それがわかっていてなお、ロナードはフィーを問い詰めているのだろうか。
「ヘンリー様は男爵様にもご迷惑をかけておりませんでしたか?」
そして、小声でフィーに囁いているのが口の動きでわかった。
「正直なところを打ち明けてくださらないと、リンダ嬢が困ることになりますよ。助けると思って真実を打ち明けてください。」
「……はい……」
その脅しがきいたのか、フィーがしっかりと頷いた。何度も唇を舐めて震える声を張り上げようとして話し出した。
「私には将来を誓った人がいると申し上げているのに、自分のものになれと、ヘンリー様に何度も圧力をかけられました」
「例え愛していたとしても、結婚前にこんな醜聞を流すような相手なんて願い下げだ。最初から君を愛してたことなんかないしな」
「嘘……嘘よ! あんなに優しくしてくれたじゃない」
子供が駄々をこねるかのように騒いでいるテレーゼに、周囲のひそひそ声がここまで聞こえる。
ねえ、なんであの人、アレックス様と婚約できたわけ?
優しくしてくれた婚約者を裏切って、何してるの?
アレックスの人気が高かったからこそ、テレーゼをせせら笑う声が高まっていく。
他人の不幸は蜜の味。それが妬みややっかみも交じって、テレーゼへの悪意になっていく。
いい男の数は限られていて、彼につり合いの取れてないテレーゼがその妻の座に収まろうとするのを、うらやむ女子は多かったのだから。
「なんでそんなにアレックスが大事なのです? 貴方はヘンリー様とお付き合いなさっているのでしょう?」
「私、アレックスに追いかけてほしかっただけだもの!」
「アレックスを試していただけなの? それなら本当に浮気しちゃダメじゃない?」
「あんなの浮気なんかじゃないわ。単なる遊びだもの。だから信じて! 私、ヘンリー様と何もしてないし」
「婚約者でもない男性に膝枕してあげて、頬にキスしてたのに?」
私が言い放つと、さすがに場が静まり返った。
「どうしてそれを!?」
「この目で見たからですが。ピクニックしてたでしょう? ヘンリー様と二人きりで。郊外の丘で」
周囲のざわめきが大きくなった。
どこまでが許容範囲なのかは人によるだろうけれど、肉体的接触は絶対的なタブーだ。
二人きりで会うこと自体が問題行動だというのに。
空気が悪く、明らかに劣勢だとわかったのだろう。
テレーゼがすがるようにアレックスを見つめる。アレックスは吐き捨てるように言い切った。
「俺は試されるのは嫌いだ」
テレーゼの目に涙が盛り上がり、どうしようとばかりにヘンリーの方に目を向けた。しかし、ヘンリーは冷ややかな目でテレーゼを見ると、そのまま何事もなかったかのように目を背けた。
「ヘンリー様!?」
絶望しきった顔をして、テレーゼは会場から走り去る。アレックスはその背中を見つめただけで、追う事はしないようだ。
「一人で帰れるでしょ、子供じゃないんだから」
これでいい。
本当はもうちょっと整った場所で、彼女を完膚なきまで叩きふせたかった。
少々消化不良な気分でもあったが、しかし、アレックスの誇りを踏みにじるようなことをした彼女を、あのまま大人の対応で流すことはできなかった。
しかし。
「私の方が喧嘩売られたのに、なんで私が悪役みたいになっているのかしら。私がテレーゼ様をいじめたみたいじゃない。」
ひどい話だ。
「我々も帰ろう、リンダ」
私の腕を取ろうとするヘンリーの手を、ぱしっと音が鳴るくらい乱暴に振り払う。
テレーゼに同情をしたわけではけっしてない。
しかし、この男がどうしようもなく憎かった。テレーゼと同じことをしている男だというのに、この男は許されて生きるのが当たり前と思っているようなのが許せない。
「触らないでください。この場を持って、私もヘンリー様との婚約を解消したいと思います。ヘンリー様はテレーゼ様と、そして他の令嬢にも声をかけて、無節操な行動にほとほと愛想が尽きました」
広間に通るくらいの声で言い切れば、ヘンリーが困った人だというように、ため息をつく。
「貴族の娘がそういった我儘を通すことはできないとわかっているだろう?」
「我儘かもしれませんわね。でも、それはお互いがお互いを尊重するという義務を果たした上で成り立つこと。結婚前にこのような醜聞まで引き起こすのは、契約違反ではないですか? お父様が何を思って貴方との婚約を成立させているのかはわかりませんが、私の方はごめんですから」
「何を言ってるのやら。俺が他の女と浮名を流している? あれは思い込みの激しいテレーゼ嬢の勘違いのようだし」
私が目撃しているのを知っていて、そしてこういうアピールをするのは、証拠がないよと言いたいのだろう。証拠はたっぷりと取ってあることを、この男は知らないようだが。
テレーゼは結局、ヘンリーと仲良くしているということは認めたけれど、交際しているということを認めたわけではなかったわけだし。
再度、緊迫し始めた空気の中で、聞き覚えある呑気な声が響いた。
「そのヘンリー様の不貞の証人なら、ここにいるのではないかなぁ。そうでしょう? フィー様」
「え!?」
いつの間にギャラリーの中にいたのか、ロナードがフィーの腕をぎゅっと握りしめている。逃がさないよとでもいうように、そしてその微笑みが怖い。
「わ、私!?」
いきなり修羅場に連れ出されたフィーは真っ青になっている。
「不貞の相手というより、ヘンリー様に言い寄られて困っていたとかありませんでしたか?」
「そ、それは……」
ロナードに訊かれたフィーが口ごもる。男爵家の娘が侯爵家の息子に対して迂闊なことを言えば問題になるから彼女は何も言えない。
それがわかっていてなお、ロナードはフィーを問い詰めているのだろうか。
「ヘンリー様は男爵様にもご迷惑をかけておりませんでしたか?」
そして、小声でフィーに囁いているのが口の動きでわかった。
「正直なところを打ち明けてくださらないと、リンダ嬢が困ることになりますよ。助けると思って真実を打ち明けてください。」
「……はい……」
その脅しがきいたのか、フィーがしっかりと頷いた。何度も唇を舐めて震える声を張り上げようとして話し出した。
「私には将来を誓った人がいると申し上げているのに、自分のものになれと、ヘンリー様に何度も圧力をかけられました」
6
お気に入りに追加
1,982
あなたにおすすめの小説
言いたいことは、それだけかしら?
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】
ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため――
* 短編です。あっさり終わります
* 他サイトでも投稿中
【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。
えんとっぷ
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】
アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。
愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。
何年間も耐えてきたのに__
「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」
アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。
愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。
幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。
メカ喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。
学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。
しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。
挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。
パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。
そうしてついに恐れていた事態が起きた。
レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

婚約破棄にはなりました。が、それはあなたの「ため」じゃなく、あなたの「せい」です。
百谷シカ
恋愛
「君がふしだらなせいだろう。当然、この婚約は破棄させてもらう」
私はシェルヴェン伯爵令嬢ルート・ユングクヴィスト。
この通りリンドホルム伯爵エドガー・メシュヴィツに婚約破棄された。
でも、決して私はふしだらなんかじゃない。
濡れ衣だ。
私はある人物につきまとわれている。
イスフェルト侯爵令息フィリップ・ビルト。
彼は私に一方的な好意を寄せ、この半年、あらゆる接触をしてきた。
「君と出会い、恋に落ちた。これは運命だ! 君もそう思うよね?」
「おやめください。私には婚約者がいます……!」
「関係ない! その男じゃなく、僕こそが君の愛すべき人だよ!」
愛していると、彼は言う。
これは運命なんだと、彼は言う。
そして運命は、私の未来を破壊した。
「さあ! 今こそ結婚しよう!!」
「いや……っ!!」
誰も助けてくれない。
父と兄はフィリップ卿から逃れるため、私を修道院に入れると決めた。
そんなある日。
思いがけない求婚が舞い込んでくる。
「便宜上の結婚だ。私の妻となれば、奴も手出しできないだろう」
ランデル公爵ゴトフリート閣下。
彼は愛情も跡継ぎも求めず、ただ人助けのために私を妻にした。
これは形だけの結婚に、ゆっくりと愛が育まれていく物語。

王子が親友を好きになり婚約破棄「僕は本当の恋に出会えた。君とは結婚できない」王子に付きまとわれて迷惑してる?衝撃の真実がわかった。
window
恋愛
セシリア公爵令嬢とヘンリー王子の婚約披露パーティーが開かれて以来、彼の様子が変わった。ある日ヘンリーから大事な話があると呼び出された。
「僕は本当の恋に出会ってしまった。もう君とは結婚できない」
もうすっかり驚いてしまったセシリアは、どうしていいか分からなかった。とりあえず詳しく話を聞いてみようと思い尋ねる。
先日の婚約披露パーティーの時にいた令嬢に、一目惚れしてしまったと答えたのです。その令嬢はセシリアの無二の親友で伯爵令嬢のシャロンだったというのも困惑を隠せない様子だった。
結局はヘンリーの強い意志で一方的に婚約破棄したいと宣言した。誠実な人柄の親友が裏切るような真似はするはずがないと思いシャロンの家に会いに行った。
するとヘンリーがシャロンにしつこく言い寄っている現場を目撃する。事の真実がわかるとセシリアは言葉を失う。
ヘンリーは勝手な思い込みでシャロンを好きになって、つきまとい行為を繰り返していたのだ。
ヒロインは辞退したいと思います。
三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。
「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」
前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。
※アルファポリスのみの公開です。

幼馴染が恋をしたら、もれなく巻き込まれました
mios
恋愛
幼馴染が恋をした。相手には婚約者がいて、しかも彼女とは別に秘密の恋人とやらがいる。子爵令嬢でしかない幼馴染には絶対に絡まない方が良い人物であるが、彼女の行動力のおかげで、思わぬ方向に話は進んでいき……
※タイトルに誰視点かをつけてみました。読み易くなればよいのですが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる