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第十三話 オークション
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「オークション?」
オークションといえば競売の事だろう。
実物がないのにオークションなんてできるのだろうか。
「オークションは開催される時、どんなものが出品されているかカタログが作られるんだ。それをオークション参加者にあらかじめ配られておくんだよ」
なるほど。そういう仕組みなのか。確かにあらかじめこういうのが出るとわかっていれば、自分が欲しいと思っているものが出品されているようだから行こうかということになるものね。
「トップコレクターが持っているようなものの名前が書いてあれば、同じ趣味を持つ人なら、君のパパが持っているというのは知っているはずだから、それを出品したと思うだろう?」
「でも、現物はないのに、そんなことできるの?」
「出品直前に取りやめになったというのはよくあることだよ。だから平気」
噂を流したり、嘘をついたり騙したり……ロナードはどうしてこういう悪賢い風に育ってしまったのだろうか。そういうところが面白くて友人としてなら好きだけれど。
「なるべく価値がありそうで高価そうなものコレクションがあればいいのだけれど……君、そういうのわかるか?」
「わかると思うわ」
あの時、母は言っていた「この中には高名な画家が描いたものもある」と。それならば自分ですら知っている名前の画家のものだったり技術の粋を尽くしたものとか、高価な画材のものがいわゆる『良いもの』なのではないだろうか。もしくは片っ端からメモを取ってこよう。
「父が持っているはずのものが出されたと思って、当日オークションに来たり問い合わせた人が、父と同じ趣味を持つ人ということ?」
「そう。ヘンリーの家側の人にもし動きがあったら、君は父親の趣味繋がりでヘンリーと結婚をすることを決められたんだとわかるよね」
もし父の趣味が原因とまではいかずとも、一因で私の結婚が決まったというのなら、それは嫌だなぁと思う。しかもあんな趣味だし。
「もちろん、そうでなかった場合の可能性も考えておくけどね」
そう慎重に言うロナードに、私としてはその可能性であることを祈るばかりだ。
自宅に戻って真っ先にするのは、自分以外の家族がいるかどうかの確認だ。最近そんなことばかりしているような気がするが、今日は幸い誰も帰ってきてないようだ。
だいたい昼間なんて仕事でいつもいないような父だから、部屋に忍び込むのも簡単で。
しかし、あんまり何度も入っていると使用人に怪しまれて密告されるかもしれない。
だから私は一計を案じることにした。
「父の机に花を飾りたいのだけれど、邪魔にならないかしら」
そう、帰りがけに花売りから花を買って帰って来た。このためだけに。
「え?」
「お父様はタバコの匂いがするでしょう? お部屋もきっとそうだと思うから、少しは花を置けば匂いが紛れるんじゃないかしら」
そう声をかけたけれど執事の反応が鈍い。普段父にしないような気づかいなので怪しまれただろうか。
しかし彼の反応がそうだったのは、理由が違うところからだった。
「お嬢様、お気づきだったんですか? ご主人様が喫煙なさっていることを」
「娘ですもの、当然でしょう?」
父は私にタバコを喫っていることを気づかれないようにしていたようだ。確かに私の前ではタバコを吸わなかったし。きっと秘密にしたかったのだろう。
そう執事に偉そうに言うが、気付いたのはついこの間なのだけれど。
「気づいてほしくなさそうだから、気付かないふりをしておくわ。花を飾るくらいはいいでしょう? これはとってもいい香りだから」
そう言って父の部屋を目指して歩く。途中で侍女に花瓶を用意させて運ばせて。自分が父の部屋で活けるとなれば、誰も意識しないだろう。
「下手くそで恥ずかしいから見ないで」
そう言って人払いをして。念のため部屋の中からドアに鍵を掛けた。
大急ぎで適当に花瓶の中に買ってきた花をまとめて全部挿すと、家族しか知らないやり方で秘密の通路を開けた。
あの部屋に急いで歩いていけば、あの時同様、鍵のかかってないドアが音もなく開いた。
紙を取り出すと、真っ先にあの時、母が指さしながら教えてくれたあの絵に近づく。大きい物は描く時にバランスが崩れやすく難しいと聞いた。
それにこれは高い絵の具がふんだんに使われているから、きっとお高いのではないだろうか。
「サイン読めない……」
絵を見て呻いた。
部屋が暗すぎて画家のサインが読めないのではない。
サインが達筆すぎて読めないのだ。
仕方なく私は絵の端に書かれているサインをなるべくそっくりそのままになるように模写をすることにした。それと、絵の構成などもそのままに。恥ずかしいなんて言ってられないけど、なるべく見ないようにして。
もし画家の名前が判明したらその作品の記録からわかるかもしれない。
そう思いながら書き写していたが、ふ、と顔をあげたところにあった本棚から、1冊だけシンプルな装丁で薄い本を見つけた。
どうやらそれはノートのようで。表紙の几帳面だけれど丸っこい悪筆から父のものだとわかってしまう。
中を開いてみたら、それはこの部屋のに納められているものの記録簿のようだ。
「……これだけなら、持ち出してもいいかも」
物を盗んだら盗難だ。しかし、目録を運んだのなら盗難ではないと思う。
大急ぎでこれを書き写して元に戻せばいいのだから。調べれば、どのような価値のものがここに納められているかもロナードなら調べられるかもしれない。
そう思って私はそのノートを一冊だけ盗ってそこから離れることにした。
オークションといえば競売の事だろう。
実物がないのにオークションなんてできるのだろうか。
「オークションは開催される時、どんなものが出品されているかカタログが作られるんだ。それをオークション参加者にあらかじめ配られておくんだよ」
なるほど。そういう仕組みなのか。確かにあらかじめこういうのが出るとわかっていれば、自分が欲しいと思っているものが出品されているようだから行こうかということになるものね。
「トップコレクターが持っているようなものの名前が書いてあれば、同じ趣味を持つ人なら、君のパパが持っているというのは知っているはずだから、それを出品したと思うだろう?」
「でも、現物はないのに、そんなことできるの?」
「出品直前に取りやめになったというのはよくあることだよ。だから平気」
噂を流したり、嘘をついたり騙したり……ロナードはどうしてこういう悪賢い風に育ってしまったのだろうか。そういうところが面白くて友人としてなら好きだけれど。
「なるべく価値がありそうで高価そうなものコレクションがあればいいのだけれど……君、そういうのわかるか?」
「わかると思うわ」
あの時、母は言っていた「この中には高名な画家が描いたものもある」と。それならば自分ですら知っている名前の画家のものだったり技術の粋を尽くしたものとか、高価な画材のものがいわゆる『良いもの』なのではないだろうか。もしくは片っ端からメモを取ってこよう。
「父が持っているはずのものが出されたと思って、当日オークションに来たり問い合わせた人が、父と同じ趣味を持つ人ということ?」
「そう。ヘンリーの家側の人にもし動きがあったら、君は父親の趣味繋がりでヘンリーと結婚をすることを決められたんだとわかるよね」
もし父の趣味が原因とまではいかずとも、一因で私の結婚が決まったというのなら、それは嫌だなぁと思う。しかもあんな趣味だし。
「もちろん、そうでなかった場合の可能性も考えておくけどね」
そう慎重に言うロナードに、私としてはその可能性であることを祈るばかりだ。
自宅に戻って真っ先にするのは、自分以外の家族がいるかどうかの確認だ。最近そんなことばかりしているような気がするが、今日は幸い誰も帰ってきてないようだ。
だいたい昼間なんて仕事でいつもいないような父だから、部屋に忍び込むのも簡単で。
しかし、あんまり何度も入っていると使用人に怪しまれて密告されるかもしれない。
だから私は一計を案じることにした。
「父の机に花を飾りたいのだけれど、邪魔にならないかしら」
そう、帰りがけに花売りから花を買って帰って来た。このためだけに。
「え?」
「お父様はタバコの匂いがするでしょう? お部屋もきっとそうだと思うから、少しは花を置けば匂いが紛れるんじゃないかしら」
そう声をかけたけれど執事の反応が鈍い。普段父にしないような気づかいなので怪しまれただろうか。
しかし彼の反応がそうだったのは、理由が違うところからだった。
「お嬢様、お気づきだったんですか? ご主人様が喫煙なさっていることを」
「娘ですもの、当然でしょう?」
父は私にタバコを喫っていることを気づかれないようにしていたようだ。確かに私の前ではタバコを吸わなかったし。きっと秘密にしたかったのだろう。
そう執事に偉そうに言うが、気付いたのはついこの間なのだけれど。
「気づいてほしくなさそうだから、気付かないふりをしておくわ。花を飾るくらいはいいでしょう? これはとってもいい香りだから」
そう言って父の部屋を目指して歩く。途中で侍女に花瓶を用意させて運ばせて。自分が父の部屋で活けるとなれば、誰も意識しないだろう。
「下手くそで恥ずかしいから見ないで」
そう言って人払いをして。念のため部屋の中からドアに鍵を掛けた。
大急ぎで適当に花瓶の中に買ってきた花をまとめて全部挿すと、家族しか知らないやり方で秘密の通路を開けた。
あの部屋に急いで歩いていけば、あの時同様、鍵のかかってないドアが音もなく開いた。
紙を取り出すと、真っ先にあの時、母が指さしながら教えてくれたあの絵に近づく。大きい物は描く時にバランスが崩れやすく難しいと聞いた。
それにこれは高い絵の具がふんだんに使われているから、きっとお高いのではないだろうか。
「サイン読めない……」
絵を見て呻いた。
部屋が暗すぎて画家のサインが読めないのではない。
サインが達筆すぎて読めないのだ。
仕方なく私は絵の端に書かれているサインをなるべくそっくりそのままになるように模写をすることにした。それと、絵の構成などもそのままに。恥ずかしいなんて言ってられないけど、なるべく見ないようにして。
もし画家の名前が判明したらその作品の記録からわかるかもしれない。
そう思いながら書き写していたが、ふ、と顔をあげたところにあった本棚から、1冊だけシンプルな装丁で薄い本を見つけた。
どうやらそれはノートのようで。表紙の几帳面だけれど丸っこい悪筆から父のものだとわかってしまう。
中を開いてみたら、それはこの部屋のに納められているものの記録簿のようだ。
「……これだけなら、持ち出してもいいかも」
物を盗んだら盗難だ。しかし、目録を運んだのなら盗難ではないと思う。
大急ぎでこれを書き写して元に戻せばいいのだから。調べれば、どのような価値のものがここに納められているかもロナードなら調べられるかもしれない。
そう思って私はそのノートを一冊だけ盗ってそこから離れることにした。
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